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日常の脳波計

NEWSWEEK TECH & SCIENCE
2016年3月4日版
BY BETSY ISAACSON


読書中の女性の脳波を測定する
ドイツ・ボン大学癲癇研究室で

脳は、目を瞬いたり、考えるたり、何かの動作をする時に電気を発生する。この脳の発する電気信号を解読すれば、人の心が読めることになるが、個々の神経細胞から発信される電気信号は微細で検知は難しい。脳全体でも20ワットと言う、小さな電球を明るくさせる程度である。

脳波計は脳を調べる有力な器機で、従来これで、睡眠、覚醒、癲癇等を調べて来た。しかし、頭髪をそり、無電気の部屋に入り、べたべたするゲルで電極を頭皮固着させると言う面倒な作業が必要で、一般には応用が難しかった。

2007年にカリフォルニア大学のフィリップ・ローが、SPEARSと呼ばれる簡易脳波計を考案した。この簡易脳波計は、たった一つの電極で神経細胞群の動作を捉えることが出来た。

しかし、おもちゃのマーケットでは、シリコンバレーのニューロ・スカイ社が出したビデオゲームが既に一電極の脳波計を使っていた。このゲームは、安い一電極の脳波計ヘッドセットをかぶって念力でゲームの主人公を動かす。

ニューロ・ボーイと呼ばれるこのビデオゲームはおよそ20,000円で、ローの脳波計にその正確さでかなわなかったが、乾燥電極を使うと言う意味で画期的であった。乾燥タイプは、時々電極が頭皮に接触しているかどうか確認するだけで、時間制限もなく、医学関係者の注目する所となった。

この進歩が、エモーティブ・システムのCEOであるタン・レの目にとまった。エモーティブ・システム社は、消費者向けの脳波計を生産していて、今までは一部のマニア向けの商品を販売していた。脳波計の進歩を目の前にしたタン・レは、この乾燥タイプの脳波計をフィットビッ ト(活動量計)やアップルウォッチに応用しようと考えた。

健康な心を読む
「不安症、鬱病、統合失調症、痴呆、アルツハイマー病、パーキンソン病、自閉症等は皆、発展性の脳の障害で、症状が出るかなり前から変化があるはずだ。早い段階で異常を検知すれば、病気の解明に役立つだろう」とレは言う。 「現在の神経科学は発症後を研究していて、重要な前半が欠落している」と彼は言う。

近年の携帯健康器機の発達で、脳を日常的にモ
ニターする時代がやって来た。 単に病気の人の脳を調べるだけでなく、健康な人の脳波データが集められる。この脳波データーベースが出来上がれば、病気の早期診断が期待できる」とレは言う。

フィリップ・ローも同じ考えだ。彼はSPEARSを開発した直ぐ後に、脳波計専門のニューロ・ビジルと言う会社を作った。この会社はVIP向けの脳波計アイブレインを作っている。一電極脳波計で、物理学者のステファン・ホーキング氏も会話器機として使っている。 NASAではこの装置を宇宙飛行士の携帯キットとして採用している。

 「今は規模を拡大する時だ。老人福祉関係者が、痴呆が始まるはるか前からの脳を調べたがっている。現在”老人のための家協会”と言う組織と協議を重ねていて、既に幾つかの老人福祉機関にアイブレインを配布することが決まっている。将来はアイブレインを血圧計と同じように、誰でも使える脳波計にしたい」とローは言う。

「向精神薬がどれほど脳に作用するか、それを脳波計が果たして捉えられるか。患者も医者も、薬を飲み始める前と後で、どのような変化があるか知りたいでしょう」とローは言う。

ローが脳波計に拘るのは、彼の父が逮捕された一件にもよる。彼が10歳の頃、彼の父は、銃を銀行家に向けた疑いで逮捕された。この銀行家は父をだましたらしい。間もなく釈放されたが、その理由として、飲んでいた睡眠剤が問題とされた。十代のローには理解できなかったが、大学に行って神経生物学を学び、クリスチャン・ギリン氏に会ってから気持ちが変わった。クリスチャンは彼に「睡眠薬を使った実験は止めた方がいい。 睡眠薬を飲むと気がおかしくなる」と言った。

大衆への普及
最近の脳波計の進歩は著しく、大衆から脳波データーを集める時代は間もなく到来する。まず、費用が大幅に安くなっている。2009年の12月時点では、エポックと呼ばれる脳波計の値段が50,000円したが、2011年の12月には、パキスタン・ペシャワルの国立大学の学生が、ルーゲーリック病の患者が使う脳波計をわずか1,200円で作っている。

一方、広く一般から脳波データーを集めるのは、プライバシーが問題になる。既に、コンピューター情報がグーグルに読まれているように、脳波計のデーターも第三者に読まれるようになる。自分の病気診断で脳波計を医師に読んでもらうのと、匿名の科学者が無作為に脳波を見るのでは意味が違う。(法律は医師が患者の脳波のデーターを秘密にすることを要求しているが、一般消費者向けの脳波器具には制限項目はない)。

それでもエモーティブの脳波計を愛用する人たちは協力的だ。初期の頃からの愛用者は進んで、年齢、性別、利き手、教育程度、社交性、言語、弾ける楽器を知らせている。今後は、何か生活を揺るがす出来事、例えば引っ越し、結婚、離婚、喪失、怪我、特に頭部の怪我、脳震盪等の情報が欲しい。

これ等の情報がないと、脳波を読むのが大変難しいためだ。脳波計に習熟している専門家でも、エモーティブの商品であるインサイトやアイブレインが検知する脳波データーを判読できない。
いよいよ、歴史上始めて、脳神経細胞の交信の様子を一般の人から得られるようになる。エモーティブ社もニューロ・ビジル社も、社会一般から集めた脳波計データーを処理する用意が出来たと言う。

脳波の解読は、エモーティブやニューロビジルのような会社だけでなく、素人や研究機関でも出来る。パキスタンのチームは12ドルで脳波をノートパソコンで読めるようにした。自宅で脳波分析をしたいと思うなら、基本情報を取り寄せ、自分流の安い脳波計を作ればよい。自分の脳波を分析すれば、より自分への理解が深まるのではないか。



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