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がっかりする抗鬱剤

By Sharon Begley | NEWSWEEK
2010年1月29日版 
新年早々、私は困った問題を抱えている。私の友人が新年の抱負として今年こそすっきり鬱を治したいと言い出した。彼は過去何年も薬箱いっぱいの薬を飲み続けてきたが、どの薬も満足な効果が出なかった。次第に副作用に耐えられなくなり、薬の服用を停止したら今度は激しい禁断症状(痙攣、めまい、頭痛)に見舞われたと言う。何か新しい薬で慢性的鬱症状を改善できるものがあるであろうかと聞いてきた。

私は古い三環系抗うつ薬から比較的最近のSSRIまで、研究報告には精通しているつもりである。SSRIとは神経伝達物質であるセロトニンをターゲットにするゾロフト、パクシル、プロザックとそのジェネリックであり、新しいものには神経伝達物質であるノルエピネフィリンをターゲットとするエフェクサーやウェルブトリン等まである。ニューヨークタイムズでウェイル・コーネル医科大学のリチャード・フリードマンが「抗鬱剤の安全性と効果は科学的に証明されている」と書いているように、今まで抗鬱剤は飲む人の4分の3で症状が改善していると言われている。

しかし1998年に発表された衝撃的研究以来、抗鬱剤の効果については大きな星印がつくようになった。先月の”The Journal of the American Medical Association”誌でも、抗鬱剤の効果に疑問を呈する研究発表があった。発表では抗鬱剤が多くの患者の鬱状態を回復させているのは間違いないが、その効果は偽薬を上回るものではないとしている。要するに抗鬱剤とは高価な甘菓子と言う判定だ。

偽薬効果とは薬に見せかけた錠剤を飲ませて得られる医学的効果であり、患者の期待、信用、希望の3つの心理に大きく依存している。効果は全て彼等の脳の中にあり、抗鬱剤の効果はディズニー映画の象のダンボが羽で空を飛ぶようなもので、魔法が解けるとひとたまりもなく地上に激突してしまう。でもこの事実を今必死に鬱からのがれたい人に言えるであろうか。彼には「新しい抗鬱剤が良く効くと言う報告があります。なんなら医学関係文献データベース(PubMed)を見たら良いですよ」と返事をしておいた。

1998年に抗鬱剤の臨床テスト38件を分析した報告が発表された。この臨床テストは製薬会社がスポンサーになって3000人以上の鬱病患者を対象に実施されたものである。コネチカット大学心理学のアービン・カーシュとガイ・サパースタインがそのリポートを書いている。彼等も分析の結果、SSRI、三環系、モノアミン酸化酵素阻害薬等が患者の鬱改善に寄与しているのを認めている。この臨床テストで見られた改善効果が巷で言われている”抗鬱剤は鬱状態改善に効果がある”の根拠になっているのだが、実際にはその効果は偽薬のそれと比べて見て殆ど違いがなかったとカーシュ等は結論した。偽薬だけでも実薬の効果の75%ほどもあり、実薬効果はわずか4分の1であった。「奇跡の薬と言われている抗鬱剤が実はこの程度だと分かった時、どう言ったらよいのであろうか」とイギリス・ハル大学のカーシュは言う。

この研究発表にも関わらず、アメリカでは抗鬱剤を飲んでいる人が1996年の1330万人から2005年に2700万人へと倍に増えている。カーシュは抗鬱剤が数千万の人達を助けている事実も認めていて、抗鬱剤を飲むのを停止するようには言わない。ただし、抗鬱剤が鬱病治療の最初の選択肢ではないであろうと考える。心理療法も効果を発揮するし、患者によっては抗鬱剤と心理療法を同時にやって効果を上げている場合もある。問題は抗鬱剤がどのように薬理で効果を出しているかだ。カーシュの研究によると、効果の大半は飲めば鬱状態が改善するだろうと言う期待よるものであって、決して薬の薬理作用ではない。特に軽、中度の鬱病でそうであった。過去10年間に抗鬱剤の使われ方が倍に増えているのは、抗鬱剤が効果があるからではなくて、”効果があるかないかを問うな”であった。

当時の彼の論文の反響は芳しくなく、多くの友人を勝ち取ることが出来なかった。”Prevention & Treatment”誌の編集部も、「この論文は”研究の統合評価(meta-analysis)”を使っていて問題が多い」と警告した。誌に寄せられた批評のうち6本はカーシュに好意的であったが、他は彼の分析は偏見に満ちていて、使われたデーターには間違いが多いと批判した。この理屈はおかしい。研究に使われたデーターはアメリカ食品薬品安全局に抗鬱剤を申請するために提出されたデーターでもあるからだ。ただ、カーシュが分析したのは研究データーの全てではなかったから、全部を分析していたら抗鬱剤が偽薬よりずっと効果があるの結果が出たかも知れない。

ある日、カーシュはジョージワシントン大学の健康政策アナリストであるトーマス・ムーアから手紙をもらった。「アメリカ食品薬品安全局に要求して製薬会社が提出したデータの全てを見せてもらったら良い。公表されてないものが沢山あるに違いない」と彼は言った。1998年ムーアは情報公開法に基づきアメリカ食品薬品安全局にデーターを請求し、それを得て夢中で読んだ。全部で47本あり、プロザック、パクシル、ゾロフト、エフェクサー、セルゾン、セレクサに関するものであった。(余談になるがその臨床試験データの40%が公開されていない。カリフォルニア大学のリサ・ベロによると、この率は異常に高く、一般的には臨床試験データの22%が公表されない。「この公開されないデータは恐らく十分成果を上げてなかった分であろう」とカーシュは言う)

この公開非公開のデータを詳細に調べ、カーシュ等は2002年に抗鬱剤は偽薬ほどにしか効果がないと発表した。「公表されたデータだけでも抗鬱剤の効果は更に低く、実際には75%ではなく82%が偽薬効果であった」とカーシュは述べている。医師が鬱状態を測定するときに使う54ポイントの鬱状態判定スケール(医師が患者に質問して気分、睡眠状態に応じてポイントをつける)ではわずか1.8ポイント実薬が偽薬を上回った。睡眠の改善は6ポイント、そわそわ改善度は2ポイントであった。「抗鬱剤が化学的薬理作用で鬱病を治すは間違っていた」と彼は結論した。

2002年の彼の研究発表は激しい論争を引き起こした。以来、専門家もカーシュが何か重要なものを指摘しているのでは無いかと考え始めた。ひょっとすると、抗鬱剤なるものは売り方上手が科学を上回ったの例では無いかと専門家も考えた。

抗鬱剤を擁護する人達もその効果は限定的であるのを否定しない。「良くない話ではあるが、従来から抗鬱剤の効果が偽薬のそれとあまり変わらないと言う事実は知られていたのです」とバンダービルト大学のスティーブン・ホロン等は言う。英国では既に政府が軽度から中程度の鬱状態への抗鬱剤処方を制限して、支払いリストから消去していた。

専門家が抗鬱剤の怪しい効果を知っていたのに対して、患者と医師はそうではなかった。医師の中には処方を変えた人もいたが、多くはカーシュの意見に反対した。鬱病は生活を破壊する大変な病気であるのに、選択肢の薬の効果が蜃気楼程度のものだと言われても医師はどうしたらよいのだという事だろう。

現在カーシュのリポートに対する反論には2種類がある。最初のものは抗鬱剤を擁護する側からであり、アメリカ食品薬品安全局が効果のない薬の販売を許可したなんてあり得ないとしている。その説明として、アメリカ食品薬品安全局が薬を許可するには”偽薬より効果があると証明する2つの臨床試験”を要求しているとしている。ただ2つだけであり、他の多くの試験が効果がないと証明していても良く、統計上意味があると認められればよいだけである。

第二の反論は、医師は抗鬱剤が効果ある事を自分の目と心で確認していると言う。しかし医師らは偽薬を使うことは殆どないから、偽薬が1錠400円もする薬と同等の効果があるとは考えない。「抗鬱剤を処方して鬱が改善したと見ると、それは薬が効果を示したと取る。それゆえに奇跡の抗鬱剤迷信が今日まで生き延びた」とカーシュは言う。

製薬会社はカーシュの発表には直接反論しないが、カーシュの数字には薬効が出た患者と薬効が出ていない患者が混ざっていると反論する。
プロザックを生産する会社であるイーライリリーのスポークスマンは「鬱病は特に個人差が大きく、一つの薬に必ずしも同じように患者は反応しない。」と言う。
パクシルを生産するグラクソ・スミス・クラインのスポークスマンは、カーシュが読んでいるデータはグラクソ・スミス・クラインが政府に提出したデータとは異なっていると言う。「ゆえに直接論評は避けるが、カーシュの研究は抗鬱剤をカウンセリングや生活習慣の変化に次ぐもう一つの選択肢として特徴付けるものであろう」と言う。
ゾロフトを生産するファイザーは「抗鬱剤の効果が偽薬とあまり違わないと言う事実はアメリカ食品薬品安全局や専門家、製薬会社の間で十分知られていた」という。
他の製薬会社はカーシュは彼等が生産した抗鬱剤を調べていないと反論している。

カーシュはある晩、彼の自宅から臨床試験の様子を説明してくれた。
ボランティアの患者は抗鬱剤か偽薬かを受け取るが、患者もテストを実施する側も服用する薬が本物か偽薬かは分からない。当然多くの患者は本物の薬をもらいたがるが、薬を服用し始めてしばらくすると副作用を感じ始める。本物を飲んでいる証明であるが、これが期待感を高め効果が高かく現れる。ゆえに実薬が偽薬より多少効果が高めに出る。

王様が裸だと言った少年は王様の一行の誰にも遠慮する必要がなかった。カーシュもその少年と同じ立場だろう。しかし2002年には、カーシュとの共同研究には補助金を出さないような圧力がかかった。それから4年後、カーシュの研究を引用しながら抗鬱剤の効果に疑問を呈する別の発表があった。この発表はある有名な雑誌に掲載されて評価を得たが、執筆者の所属する部門からやはり圧力がかかった。それでもこれほど売り上げを伸ばした抗鬱剤が患者の期待値による偽薬効果だけだろうかの重大な疑問が専門家の興味を引いた。

一方薬を擁護する側からはあまり強い反論の材料が見当たらない。彼等は重度の鬱病の患者だけには偽薬以上の効果があると言い出した。
1月の”the Journal of the American Medical Association”では、6つの大きな臨床試験を分析した結果、重度の患者でも本物の薬の効果はまったくないか、無視してよいほどであると結論した。鬱状態指数で23以上の重度の鬱病患者にのみ統計的に意味のある効果があったと判定した。重度の鬱病患者とは患者全体の13%を占める。

「殆どの人では薬は必要ないのです。砂糖の錠剤でも医師との会話でも薬を飲んだときと同じ位効果を上げる。重要なことは治すために何かをしていると言うことです。しかし重度の患者では話が違う。重度の鬱状態では偽薬も効果が無いほど落ち込んでいるのですね」とバンダービルト大学のホロンは言う。論文を共に書いたロバート・デルビーズも何故偽薬が重度鬱病に効果が無いかは不可解と言う。

抗鬱剤研究のようなあやしい領域を研究する人達は、科学的証拠と人々の気持ちには大きな落差があるのを認めている。「医師、政治家、消費者は製薬会社が言う抗鬱剤の効果は重度の鬱病患者を対象としたものだと気がついていないと思う。薬の宣伝文句にその一行を書かせないといけない」と彼等は言う。

このような記事を書くと患者は顔をしかめて、「どうしてセロトニンのレベルを高める抗鬱剤が脳にさっぱり作用しないのか」と質問してくる。確かにセロトニンのレベルを上げるとシナプスでのケミカルバランスが回復して鬱状態を改善すると言っているが、この理論の根拠は十分と言えない。

セロトニン理論の始まりは、1950年代にひょんな事からイプロナイアジッドと呼ばれる薬が鬱状態を改善する効果があると発見されたことに始まる。イプロナイアジッドは脳内のセロトニンとノルエピネフィリンのレベルを上げるから、神経伝達物質のレベルが低い状態が鬱状態を引き起こすであろうと言われるようになった。以来50年経つが、これが抗鬱剤の基本理論になっている。

しかし最近はセロトニンのレベルを下げても気分は変化しないと言われだした。新しい薬でチアネプチンと呼ばれるの薬があり、この薬がプロザックと同じような効果を上げている。でもこの薬は脳内のセロトニンのレベルを下げる。「もしセロトニンのレベルを下げる薬が上げる薬と同じ効果があるなら、化学作用は一体どうなっているのだ」とカーシュは言う。

抗鬱剤は処方の量を多くすれば効果が上がるとする説もある。残念ながらカーシュはその事実を発見していない。鬱指数で改善度合いを示すと、量を多く飲んだ場合9.97で、多く飲まない場合の9.57と大差なかった。でも多くの医師は効果が現れないときは増量し、患者もそれで効果が出たと言う。増量が効果があるかどうかを調べる臨床試験があって、低い量では反応しない患者に多く飲ませたところ、72%の患者が鬱が半分程度に回復したと言う。でもこの実験では、患者の半数には多い分量を実際には与えていなかった。すると72%の患者の半分が期待値で反応したのだ。

同じ理由で、ある抗鬱剤で効果が出なかった場合、2つ目あるいは3つ目の薬で効果が現れる現象も説明がつく。2006年に実施された”うつ病軽減のための代替的連続治療法=STAR*D”でその現象が確認された。 この試験では、患者が最初の薬に反応しない場合は2番目の薬、それにも反応しない場合は3番目、それでも駄目な場合は4番目の薬が試された。最初の薬で37%が改善し、2番目の薬で19%、3番目の薬では6%、4番目の薬では5%が改善した。しかし半分の患者が一年以内に再発している。このテストでは偽薬はテストしなかった。

STAR*Dは鬱病を回復させるためには患者にあう薬を探すべきと結論したかも知れない。しかし2番目、3番目の薬で改善すると言っても気分は日々変化するし、日々の出来事にもよる。STAR*Dでは偽薬を使ったコントロールテストを実施していないからなんとも言えないが、2,3番目に偽薬を使ってもかなりの数の患者の状態が改善したに違いない。

ここで偽薬効果に注目してみよう。2008年の臨床試験では偽薬は実効があるばかりでなく持続力もあると分かった。「偽薬の抗鬱効果は短時間と考える人が多いが、何となくそう思うかそうであって欲しいと考えているのではないか」と”Journal of Psychiatric Research”誌上で専門家が書いている。偽薬の効果はそれほど強いから製薬メーカーの立場をなくしてしまうほどである。痛み、喘息、過敏性腸症候群、接触皮膚炎、パーキンソン病の治療に使われる薬剤にもかなり強い偽薬効果が認められる。(鎮痛剤では偽薬効果は50%とされている)。

毎年アメリカでは1,300万人から1,400万人の人が鬱病を発病する。少なくても3,200万人の人が人生のどこかで鬱病を経験し、その内の57%が治療を受けている。薬の効果を続けるためには薬を信じないとならないが、信じると言うことは薬の常用につながる。常用すれば副作用が問題になり服用を停止する人も出てくる。しかし副作用を気にして急に服用を止めない方が良いとカーシュは警告する。急にやめると離脱症状に襲われ、ひきつけ、震え、視野のぼやけ、むかつき、鬱状態、不安を起こす。

カーシュの意見が正しいと信じている人も彼がそう主張し続けて良いかどうか迷っている。何故なら、この事実が知れ渡れば抗鬱剤の偽薬効果までも奪い去ってしまうからである。
抗鬱剤よりも心理療法の方がより効果がある場合もあるのを指摘したいが、それには現実が伴わない。アメリカでは鬱病患者の治療の殆どが専門の精神科医ではなくて初期治療医師(primary-care doctors)で行われている。専門の精神科医は多くなく、特に地方及び子供、青少年の専門家が少ない。保険会社は専門精神科医による治療の費用を支払いを拒否する場合もあるし、精神科医のなかには保険診療を拒否する人もいる。そのような現実を見ると何もしないより抗鬱剤を処方したほうが良いことになる。

でも、そろそろ抗鬱剤の効果をうやむやにするのを止めるべき時期に来ているのかも知れない。もし偽薬が鬱病を改善するなら、費用を節約する上にも副作用を避ける上にも抗鬱剤を使わないで治療したほうが良いに決まっている。抗鬱剤の効果は結局、裸の王様の衣服であったのである。「真実を知ることは重要で無いですか」とカーシュは問いかけるが、真実の与える衝撃を考えると、「多くの人に知らせるのはどうか」と言わざるを得ない。



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