今も生きるフロイトの影響


ニューズウィークインターネット版から
2006年 3月22日
By Jerry Adler
Newsweek

ウィーンのフロイトの研究室

療法文化の創設者であるフロイトが生まれて今年で150周年になるが、今も隠然たる影響力を持っている。何故この嘘が暴かれた精神科医が、尚我々の心をつかんでいるのであろうか。

我々は今、文明の分岐点に立っている。我々の文明は、見境無く破壊する敵に囲まれており、内省を心良しとしない政府のリーダーに運命を委ね、社会は嘘を散りばめたベストセラー回顧録で乗っ取られている。

本から目を転じれば、物陰には冷笑を浮かべてはいるが、厳粛で疲れた表情の有名な人物がいる。「貴方は心の問題を簡単に解決したいと思っているでしょう。MRIに頭を突っ込み、薬を飲み、テレビの前で告白して、最後のコマーシャルが終わるまでには治したいと思う。しかし、そもそも貴方の心の問題の本質は一体何なのか、分かっているだろうか」と彼は問いかける。

そう、この人物はジークムント・フロイトである。ナチの迫害を逃れてウィーンを離れ、1939年にロンドンで死んだ。彼は無意識と言う広大な心の世界を探検した理論家である。無意識とは苦痛に満ちた記憶の地下牢であり、時々夢の形で出現し、思わぬ言い間違いや心の病気の原因になると彼は説明する。幼児期の経験は人種や家族の運命を決定すると言うより、人格の根源であるとした。精神分析と言う新しい治療法を考案し、およそ診断できる病気は、全て言葉により治癒できるとする革命的概念を我々にもたらした。祈りとか悪魔払い、生贄の儀式では無く、もちろん薬でも手術でもダイエットでも無く、療法専門家の指導による過去想起と内省による病気の治療であった。

フロイトのこの考えは、プロザックが蔓延する現在の科学万能時代にはマッチしない。以前のように、1週間に4日も精神分析家の長いすに座って分析を受ける人は少なくなったが、ユング・アドラー派の分析療法、認知行動療法、サイコダイナミック療法等が今も盛んな所を見ると、今でも並々ならないフロイトの影響力が残っているのを否定できない。

フロイト理論はこの1世紀に渡り、知識階級に格好の雑談の材料を提供した。フロイトがいなかったらウディ・アレンは間抜けであり、トニー・ソプラノは悪漢であった。エディプスはいてもエディプスコンプレックスは存在し無い。ジョージ・ブッシュの長男であるブッシュ現大統領が、何故サダム・フセインをこれだけ倒そうとするのかを説明する人も現れないであろう。(ある室内ゲームで、フロイトはナポレオンについて、兄との対立が生涯ナポレオンの生き方の根幹になっていると説明している。ジョセフィーンと呼ばれる女性への心酔と、聖書に出てくるヨセフの足跡をたどってエジプトに遠征したのもその現れと言う)。

今も、アメリカには40位の精神分析医を養成する機関があるが、それ以外の一般社会では、フロイトは科学と言うより文学の人物として取り扱われている。去年、ニューズウィークはある特集で、ダーウィンは今でも科学的妥当性を保っているのに対して、フロイトとカール・マルクスはその世紀は終わったと述べた。今年の5月6日がフロイト生誕150周年になるが、恐らく津波の様に押し寄せる講演、セミナー、印刷物の数々があると思う。これ等から身を守る為に、あるいは罪滅ぼしの為に、「フロイトは一体死んだのか、もし死んでないとすると何が彼を生かしているのか」と自問しよう。

彼の影響力が未だあるのは驚きであるが、例えば、「フロイト」とサーチエンジンに入力して検索すると、フロイトを弾劾中傷するサイトが山ほど出てくる。批判は彼が19世紀に最初に出版した頃から始まる。単にフロイトが間違っていると言うだけでは、これほどの中傷が出てくるとは思わない。何故なら、熱烈なフロイト支持者も多くの点でフロイトの間違いを認めているからである。彼等は次のように言い繕う。「無意識と言う言葉は人を酷く脅迫する意味合いがある。我々はあたかも見えない、コントロール出来ない力により動かされているように感じ、我々の自己愛を酷く傷つける」とベイラー医科大学の精神科教授であるグレン・ギャバード氏は言う。

フロイトに対する抗議活動の歴史は早く、フロイト理論の根幹である子供がセックスの空想を持つとする意見に対して、既にブルジョアジーが批判している。ニューズウィークの調査によると、アメリカ人は76対13の割合で子供のセックスの空想を否定している。面白い事にフロイトが侮辱したのは西洋ばかりでなく、イスラムの世界も同じなのである。先月、ニューヨーカー誌のデイビッド・レムニック氏が、ハマスのリーダーであるナイェフ・ラジョブ氏とのインタビューで、ナイェフ氏は、地上でのイスラエルの破滅が必然なのは、ユダヤ人であるフロイトがモラルを破壊したからであると述べている。

更にフェミニストのグループからは、女性の男性ペニス羨望は嘘であると反対の声があがった。女性を不完全な男性とするフロイトの性理論もあまりに間違っている為に、彼に同情的な伝記著者であるピーター・ゲイも「もし、フロイトがハーバードの学長であるなら、直ぐ辞めないとならないであろう」と冗談半分に言う。

フロイトの評価が最低にまで落ち込んだのは、多分1990年代の始めではないであろうか。その当時、女性はテレビのトークショーに出て、子供時分に受けた性的虐待をしゃべったものだ。子供時分の性的虐待とは、フロイト的手法により無意識から探り当てたものであったが、これがフロイトを窮地に陥れた。このような場合、彼は何時も両方の立場支持するような言い方をする。性的虐待をしたと非難を受けた親や兄弟の側に立つ人達は、フロイトが抑圧された性的虐待の記憶が神経症の原因になると言う、デタラメな理論を打ち立てたからとフロイトを非難した。一方、性的虐待を受けた人達の側は、フロイトが臆病にも社会の圧力に負けて、幼児期の性的虐待の記憶は単なる子供時代の空想であると前言を翻したと非難した。「フロイト派の精神分析医に女性を送るのはナチにユダヤ人を手渡すのとあまり違わない」とグロリア・シュタイネム氏が当時言っていた。

フロイトの評価は未だ少しも改善していない。抑圧された記憶をめぐる論争の結果、何十年も封印さえていたアメリカ議会図書館の中にある膨大なフロイトに関する文献が、専門家に公開された。それにより、フロイトの嘘を裏付ける文献が次第に出てきている。彼がしたとされる治療例の殆どが、希望的観測と意識的作り話の所産であり、彼の理論は循環論法の汚水溜めの上に成り立っているのが証明されつつあるのだ。

フロイトの理論を裏付ける為の、脳スキャンを含む各種の科学実験は、未だ始まったばかりであり、結果は出ていない。「残念ながらフロイトが言った事は全て嘘であった。こんな事を言うと裏切りになるが、エディプスコンプレックスからペニス願望、幼児期のセックス等、全てが間違っていた」とフロイトの伝記を執筆しているピーター・クレイマー氏は言う。

一体どれほどの嘘曝露にフロイトは持ちこたえるであろうか。シカゴ大学のジョナサン・リア−は、フロイト理論の中心コンセプトである、人間は基本的に葛藤していると言う考えが今の社会にも影響力を持っていると指摘する。この葛藤は、欲望やら本能から出で来るものだから、水面下に隠されている。欲望が親とのセックスを意味しているとは考えたく無いであろう。何故なら我々はそんな欲望を認めるわけには行かないからである。精神分析とは、この葛藤が何か別のシンボルの形を取って出現してきた時にそれを指摘して、解消するのが仕事であるとリアーは言う。

フロイトの熱心な支持者でさえも、フロイトの仕事の細部に渡って支持しているわけではない。それより、フロイトが我々に残した大きな影響力を指摘する。「彼はあまりに間違いが多すぎたが、その間違いこそが我々に強い影響力を残した。彼は物事を見るのに全く新しい手法を編み出し、その意味と動機を知らせた。又、仕事にも愛にも意味があるのを教えてくれてた」とセントルイス医科大学のリーン・モリッツ氏は言う。確かに一部の人にはそうだろうが、それは科学者より詩人に対して言うべき言葉であろう。

この深い意味こそモーリッツの率いるグループ(現在3,400人で1998年の3,200人より殆ど増えていない)のメンバーに必要なのだ。ライバルの組織であるthe National Association for the Advancement of Psychoanalysisではメンバーは僅か1,500人である。この数はthe American Psychiatric Associationの33,500人と比べて見ると違いが大きい。

サイカイアトリスト(Psychiatrist)とは心を担当する職業医師で、病院やクリニックに勤務し、比較的重い病気の治療に当たる。The American Psychological Associationは専門の医師教育を受けていない心理セラピストの集まりであり、現在メンバーは15万人いる。ニューズウィークの調査によると、現在のアメリカの大人の20%はセラピーやらカウンセリングを受けた事があり、4%が今も通っている。脳細胞のシナプスへ直接薬を送り込んで病気を治せれば、精神分析医は必要無くなるが、まだそこまでは行っていない。薬と心理セラピーの併用が良い効果を現す事もある。

モーリッツによれば、青少年の境界領域神経症には精神分析が最も効果があると主張する。フロイトに戻ると、彼は短期間ではあるが、薬の処方を積極的に薦めたことがあった。残念ながらその薬とはコカインであったのだが、それが恐らくアメリカ人がフロイトを放り出さない理由であろう。

精神分析が流行らなくなった原因の一つに、保険会社が支払いを拒否した事も挙げらる。精神分析では1ヶ月に20万円以上費用がかかる場合があり、しかも終わりが見えない。1950年代では精神分析は一種のステイタス・シンボルであり、知的証明であった。しかし、アポロの命令である”汝を知れ”に従うのは、今でも時間とお金がかかる。「薬や短期の心理療法では効果が無い場合が多いから、聞いてもらいたい、理解してもらい、症状の奥に隠れている真実を探してもらいたいと言う人が出てくるのです」とガバード氏は言う。

例えば、モーリッツの一人の患者で、ドリーンと言う40歳台の女性がいる。ドリーンとは我々がつけた仮名で、フロイトが治療した有名なドラと言う人物にあやかっている。ドリーンは当時のウィーンの患者と似ていて、教育のある中産階級の女性で、静かな満足した生活をしている。やはり他の患者と同じように、症状は広範で明確でない。神経症は昔のように、ヒステリー性盲目とかヒステリー性麻痺の形では現れない。「私は現在の生活は幸せだと思っている。しかし、もう少し良くなるはずだとも思っているのです」とドリーンは言う。仕事場では嫌な顔をせず仕事を引き受ける。家庭では、ユーモアと茶目っ気を控える必要を感じている。多分多くの人は、彼女が精神分析を毎週4時間、それを4年間も続ける事に疑問を持つであろう。しかし彼女には価値があるのだ。「自己を精査する事により、自分の態度、信念、行動は何処から出てきているのか次第に分かってきます。現在の私は以前より余ほど幸せです。モーリッツ先生は色々質問をして探索の助けをしてくれるわけです。痛みを伴う過去を直視し立ち向かい、問題を解決します」とドリーンは言う。

フロイトは人の心を探検する事に取りつかれた男なのである。1901年に書かれた”日常生活の心理病理学”にもこのエッセンスが多く見られる。この本の中で、彼のたまたま出合った若い男性が、古代ローマの詩人であるベルギリウスの詩の一節の中のアリキウス(誰かの意味)をどうしても思い出せなかった。彼はこの機を逃さす精神分析を開始した。専売特許である自由連想の技術を用いて、その記憶の途切れは”血液”を意味するのを発見した。実は、その若い男は親しくしていた女性の生理が最近無いのを心配していたのだ。

いや、何と精神分析とは凄い離れ業をするものだ!!

フリーランスの歴史家であるピーター・スウェールズが言っているのであるが、多分この話に出てくる若者は実在しなく、記憶の喪失はフロイト自身に起きた現象であったのであろうと言う。その若者が心配した女性とはミナ・バーニーであり、フロイトの妻の妹であったのだ。これ聞くと誰しもフロイトを疑い始める。

しかしリアー氏は疑わない。「フロイト理論を研究している人がそのように話しを変えてしまった可能性もある。でもそれはあまり重要な事ではないでしょう」と氏は言う。

もしアインシュタインが義理の妹と恋に落ちても、光のスピードに関する彼の理論に影響は無い。しかしこれは精神分析であり、フロイトの考えや感情が、正しく彼の打ち立てた精神分析理論の素材になっているのである。彼は今時のプラトンであり、世俗の聖オウガスチンである。カリフォルニア大学の名誉英文学教授であるフレデリック・クルーズのように、フロイトを罵倒して有名になった人達をも魅了している。フレデリック・クルーズはこの現象を痛烈に皮肉って「人間性を研究する専門家は、シンボルと手軽な解釈と断定のフロイト的世界に入ると、洞察と分析に事欠かなく、本やエッセイを書きまくれるわけだ」と言う。クレイマーは、TSエリオットの夢のようなシンボリズムやジョイスの”ダブリナー”の中にフロイトの影響を見る。

「我々がある人を、受動的攻撃性であると言う時はフロイトを引き合いに出すが、100年前の受動的攻撃性がどんなものだったかは知らない」とクレイマーは言う。

一方「シェークスピアは精神分析用語を使わなかったが、実に多くの人間性を表現している」とカリフォルニア大学で意識を研究するパトリシア・チャーチランド氏は言う。氏によれば、現在、精神分析用語は脳科学専門用語に取って代わられている。例えば、エンドルフィンと言えば沈静を意味し、性急な人を”frontal”と呼ぶが如くで、ちなみにfrontalとは前頭前野皮質を意味し、衝動を抑える重要な脳の部分である。

解釈学は今のアメリカ社会では流行っていない。自我(id)を主張する政治、スポーツ、ビジネスの世界ではフロイトは結論の無い男に見える。自己分析と言う融通性の無い貨幣を払いながら5年もやっていける。2004年にジョージ・ブッシュ大統領が、イラク戦争を再検討するのに精神分析はいらないと言った。ニューヨーク医科大学の精神科教授であるケリー・サルコウィック氏はそれを聞いて憤慨し、ニューヨークタイムズに抗議の手紙を送っている。サルコウィック氏はこの手の態度を氏の直接体験で知っているのだ。

彼は会社のトップを相手に精神分析をしているが、洞察に到達するのに苦労しているらしい。「ビジネスの世界では、実行とか行動とかが余りにも強調されている。行動と内省は相容れないものでは無いと伝えようとするのだが難しい」と氏は言う。フロイトの理論は会社の中でも応用でき、例えば取締役レベルでも感情転移を示す事がある。子供時分に親にせがんだものを自分の上司に求める例がそうである。「フロイトのグループ力学や兄弟間の拮抗に関する理論は、会社の経営者には役立つ。でもフロイトの名前を直接言う事は無い」とサルコウィック氏は言う。なるほど、フロイトの名前を隠しておけば効果があるかも知れない。

陰でフロイトがイライラして次のように言うであろう。「金儲けしか考えないアメリカ人よ。私は文明の将来を危ぶむ」と。

フロイト自身はヨーロッパ文明に根ざしていて、1909年にアメリカを短期間訪れているだけでアメリカについては殆ど書いていない。しかし彼が書いた古典である「文明とその不満」の中に彼の態度が簡潔に書かれている。フロイトが既に老境にある1930年に出版されたこの本は、社会契約に対する心理的瞑想である。文明の安全と慰めを得る代わりに攻撃と性の支配に対する人間本能の放棄と言っている。

しかし、それはたやすい取引では無い。我々の本能は強力であるから、抑圧すると意識下で葛藤を起す。その葛藤が病名不明の病気の原因であり、治す事が出来ない。何故なら、葛藤は人間に本来備わっているからである。

1990年にフロイトの評価が最低になったのは、回復された記憶に関する騒動の件ばかりでなく、ソ連との冷戦に勝利した楽観主義が影響している。フランシス・フクヤマがその頃”歴史の終焉”と言う本を書いてベストセラーになった。フクヤマはソ連の解体は世界の自由民主主義の勝利であり、民主主義を世界に押し進めることになると述べたが、2001年のある晴れた朝起きた、ニューヨークトレードセンターへのテロ攻撃で、もろくも破綻する事になる。「フクヤマの”歴史の終焉”は、人間の闘争が終わったとする希望的観測であるが幻想であった」とリア−は言う。精神分析が病気を一人も治さないとしても、フロイトが言わんとしている、「歴史に終わりは無い」は聞く価値がある。何故なら歴史は人間により作られるからである。


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