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脳地図作成

NEWSWEEK TECH & SCIENCE
2016年4月25日版
BY SUSAN SCUTTI

脳白質神経線維の束を示す、3次元拡散強調磁気共鳴画像。
画像はヒト・コネクトームプロジェクトから得られたデーターとソフトウェアを元に作成された。ヒト・コネクトームプロジェクトはこの技法から脳地図を作製しようとしている。
脳は我々の最愛の友であると共に、我々を苦しめる敵でもある。脳のお蔭で、色々経験し学習して危険をかわし、脳は信念を与えてくれる。今まで、科学は脳を除く体の全てを解き明かして来たが、脳に関してほとんど分かっていない。未だ脳はブラックボックスであり、一体何が中でお起きていているのか、さっぱり分からない。しかし、最近の技術的進歩により、少しずつではあるが分かって来た。次に紹介するのはニューズウィーク最新号に記載された脳探検シリーズの最初のものである。

「我々は脳を理解する日が一体来るのであろうか、私は悲観的に見ている」とデイビッド・バン・エッセンは言う。バン・エッセンは、人の脳配線図を作る国際共同研究である”ヒト・コネクトーム・プロジェクト”の主任研究者である。このプロジェクトは、簡単に言えば、脳の各部の連結具合を詳しく調べる共同研究プロジェクトである。

バン・エッセン自身、自分を脳地図作成職人と呼ぶ。彼は脳を地球になぞらえて、「地球の表面に沢山の山や谷があるように、脳にも沢山のひだがある。この形体的、地理学的特徴は重要でるが、それより政治的区分を知ることが更に重要だ。国や州が地球に住む70億人の通信と組織により作られているように、脳も1000億と言われる神経細胞が、神経細胞の国や州を形成している」と言う。

バン・エッセンがコネクトームで実現したいのは、この国や州に当たる細胞群の通信配線図を作ることだ。ワシントン大学、ミネソタ大学、オックスフォード大学の100人以上の科学者から成るヒト・コネクトームプロジェクトは、今ある技術を使って最高の脳図表を完成しようとしている。

例えば、”拡散強調磁気共鳴画像”と言う技術は、今まで神経障害の研究と治療に使われて来たが、この装置で脳白質の中の神経回路を見ることが出来る。脳白質は神経細胞軸索の集合で、コンピューターで言えばケーブルに当たり、情報を伝える役割をしている。

関連する技術にfMRIがあり、この装置は灰白質の活動状況を見ることが出来る。(灰白質とは神経細胞の本体で、白質から送られて来た情報を処理すると考えられている)。灰白質の活動状況を調べるには、被験者はfMRI装置の中に入り、脳の動きを観察する。もし複数の領域が同時に活動開始したならば、その領域が共同作業をしている事になる。

「同時発信、同時連結」とコネクトーム研究者は言う。灰白質は情報を処理する場所であるから、一塊の灰白質が、もう一塊の灰白質と会話をする様子を見れば、脳の通信状態が分かり、脳理解へ大きな前進だ。灰白質は脳全体に見られるが、特に大脳皮質にある灰白質が重要で、高度の判断をし、言語を作成し、意識がここに存在すると考えられている。2mmから3mmの厚さで大脳皮質を覆っていて、ここだけで脳全体の神経細胞の5分の1を占める。

大脳皮質各部はそれぞれの特有の機能を有していて、例えば、後頭葉は視覚の中枢である。しかし、未だ細かい事は分かっていない。ヒト・コネクトームプロジェクトは、従来の医学教科書に書かれているものよりはるかに精密な、21世紀の大脳皮質地図を作製したいと考えている。

バン・エッセン研究チームは、脳の片側だけでも150から200の明確な皮質区分が存在していると見る。その内の幾つかは従来の区分に一致するが、多くは新しい区分であると修士であるマシュー・グラッサーは言う。丁度、ヨーロッパ、中東、アフリカと大雑把に見ていたものが、実は、ヨーロッパも中東も沢山の国の集まりであると分かったようなものだ。

脳地図作成が如何に大事か、プリンストン大学計数神経科学のセバスチャン・スンは「我々の個性を作るのは、脳の配線図なのです。脳の各部の連結が分かれば、精神病の病理も分かるし、何が健康であるか、何が病気であるか分かるであろう。健康な脳の配線状態が分かれば、配線異常から症状を予測出来る分けです」と言う。

今、ヒト・コネクトームプロジェクトは情報集めが終わり、バン・エッセン等はデータを分析している。特に、一卵性双生児の脳配線図を比較することが重要だ。どの配線が遺伝で、どの配線が経験により獲得されたかを調べる。そこから分かったのは、脳のしわのパターンは一卵性双生児でも驚くほど異なっていて、しわを作るのは遺伝子だけではなさそうだ。
「基本的に脳配線図は遺伝子により決定されるが、経験はそれに変更を加え、再組織化するであろう。遺伝子と経験は、共に脳を形成する重要な二つの因子なのです」とバン・エッセンは言う。

アメリカ国立衛生研究所は、今、三つのヒト・コネクトームプロジェクトを資金支援している。何れも子供と大人の脳配線図を比較して、経験は脳にどのような変化をもたらすかを調べている。得られた情報は世界の研究者に共有される。

今まで得られたデーターから分かり始めた事実を、イェール大学放射線学教授のトッド・コンスタブルが説明する。「126人の脳から、268か所の脳各部の動きを観察した所、各人の脳配線図には、指紋のような個性があるのを発見した。休んでいる時や想像に耽っている時は、各人は独特の脳配線図を示したのに対して、運動している時は似ていた。ここで脳の指紋とは、特異な形体を示すものではなく、脳各部を連結する時に使う、各自の暗号を意味する。

このコードは各自独特で、特に前頭葉と頭頂葉を結ぶネットワークでそれをはっきり読み取れる。この部分は計画、決定等の高度の判断をする脳で、個性を作る部分でもある。ここは進化的に最後に形成されていて、人間を動物から際立たせている部分でもある」とコンスタブルは言う。

ヒト・コネクトームは又、流動性知能を測定することが出来る。流動性知能とは柔軟性思考とも言って、知識の蓄積では得られない知能を言う。

ヒト・コネクトームプロジェクトは脳のミステリーの全てを解き明かす分けではない。どの部分の脳が何をして、どの部分の脳と、どの部分の脳が、何をする時共同作業をするのかを調べる。それ以外の脳を解き明かすには、現在の技術ではあまりにも精密さに欠ける。これを可能にするにはマイクロ・コネクトームが必要になり、それでは、1000億ある脳神経細胞の一つ一つの連結する様子を見る必要がある。

セバスチャン・スンは、脳配線図がマイクロレベルになったら、記憶を読み取ることが出来るのではと期待している。でも、それが達成されるには、今のスピードでコンピューター技術が進歩したとしても、20年から30年かかり、我々が生きている内には難しいかも知れない。しかし、現在でも大雑把な配線図は可能であり、心理学者、神経学者は利用している。

コンスタブルは、注意欠陥障害児の脳配線図を作り、診断に役立てたいと考えている。丁度、腫瘍のエックス線写真を見るように、脳配線図の異常を見ながら心の病を診断できるなら、精神科医師は主観的評価から解放される。更に、医師は脳配線図を見ながら、新しい治療法を試すことも出来るはずだ。

「我々は単に脳を理解するだけでなく、出来るなら脳そのものを改善したい」とセン氏は言う。



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