ニューズウィークロゴ

消費癖の科学

NEWSWEEK
2011年9月30日版


我々の脳は未来より今に反応するため貯蓄は難しく出来ている。しかし脳の訓練によりその性向を変えることが出来る。

セントルイスにあるワシントン大学も例に漏れず、教職員に対してその子供の同校への入学には授業料を免除している。そこで心理学のレオナード・グリーン教授は、娘さんに同大学入学を強く勧めた。大学の授業が素晴らしいこと、校風が良いこと、課外活動が魅力的なこと等を述べて、もし彼女がワシントン大学に入るなら学生4年間の生活に対して8万ドル、卒業の祝福に2万ドルの計10万ドルを約束した。しかし彼女はニューヨーク大学に行ってしまった。

これが典型的な近視眼的着想の一例で、今日の喜びを追及するあまり将来払わなければならないお金を忘れてしまった。ハナー・グリーンは親から独立したいのとニューヨークに行きたいあまり、親の保護や学生ローンを忘れてしまったのだ。

実際、貯金するより使ってしまいたいが人間の基本的欲求なのかも知れない。特にアメリカ人はこの傾向が強い。別の言い方をすれば、今日の新品の靴、アイフォン4Sの購入、カリブ海への旅行が未来に優先する。

我々は今や総て数秒で情報を得て買い物をする時代に入った。商品はインターネットで瞬時に見られ、注文すれば翌日には配達されるし、映画はオンディマンドで見られる。この環境では若い人達に、今を我慢して未来のために備えよと言っても効果がない。
「我々にとって将来より今を楽しみたいのは、たぶん我々の脳がそのように出来ているからでしょう」と北東大学のウィリアム・ディケンズ氏は言う。

最近の脳科学の研究によると、消費を控える人と今買ってしまう人では、ある特定の脳領域に大きな活動の違いがあるのが分かった。その領域とは、未来を予想し、成功した場合に喜びを与え、興奮し、記憶を保持する場所であった。
その研究成果から消費回路の興奮を抑え貯蓄回路を刺激すれば、思考が貯蓄型に変化することが分かった。人の行動が酔っ払った水兵から恐慌時代の子供にまで変化したと言う。消費行動の変化には脳の灰白質が重要な役割をしていた。この脳を金銭脳と呼ぶ。

一方、心理学者や行動経済学者が消費癖のある人と貯蓄の旺盛な人の性格を分析した結果、消費癖のある人は必ずしも馬鹿とか理性的行動が出来ないと言うのではなく、貯蓄をしなかった場合の将来の予測を描けないだけであるのが分かった。この人達を将来思考が出来る脳に変えれば彼等も貯蓄型の人間になるわけだ。

ニューヨーク大学・神経経済学のポール・グリマー氏は、欲求充足を先延ばしできる人の脳がどうなっているか調べることにした。
実験では12人の被験者に、今直ぐ与える20ドルから将来与える110ドルまでのどれかを取る選択を迫った。貯蓄思考の極端な例では1ヵ月後に21ドルもらうを選択していた。これは1ドルを得るために1ヶ月待つことを意味する。

経済ではこのような人をフラット減価思考と言う。その思考型の人では、今日も明日も殆ど価値は変わらない。この場合は当然満足充足を簡単に遅らすことができる。その反対が一ヶ月待つが待つ代わりに68ドルを要求するタイプである。この型の場合は48ドルかさ上げしないと一ヶ月待つことが出来ない。このタイプをエコノミストは急激減価思考と呼ぶ。その場合未来になればなるほど価値は急激に下落する。だから手に入るものなら今すぐ要求する。21ドルを選ぶタイプは学生で言えば大学院、博士過程を選ぶ人達だ。「もし貴方が大学院を目指して8年間勉強するつもりなら、かなりフラット減価思考型と言ってよいでしょう」グリマー氏は言う。

何故この違いが出てくるのであろうか。専門家は欲求を今満足させるべきかどうかを考えている脳を調べるために、被験者をfMRIにかけて脳を調べた。すると脳の2つの領域(脳の奥に引っ込んだ腹側線条体と、額の直ぐ後ろにある中央前頭前野皮質)が関係しているのが分かった。ある人では、今日の100ドルか来週の100ドルかを聞いたときに、来週の声を聞いた瞬間にこの脳の2つの領域の活動がにわかに鈍った。支払いを更に先に延ばせば延ばすほどますます活動が弱まった。このタイプは今日遊べ、明日なんかくそ食らえと考える人達である。その反対の例では、今日お金をもらおうがかなり先であろうが、2つの脳の領域に大きな変化が見られなかった。彼等は後でもらっても一向に構わないと考える人達である。

しかし、お金を貯めたいがそれが出来ない人からは、どうしたら貯蓄思考型人間になれるかの質問が出てきそうである。果たして腹側線条体と中央前頭前野皮質を活性化すればそれが可能なのだろうか。
この問題については従来から研究が続いていて、1960年代に俗にマシュマロテストと呼ばれるテストがスタンフォード大学心理学のウォルター・ミッチェル氏の下で行われた。そのテストでは、4歳になる幼児にマシュマロ(甘菓子)を彼等の目の前に置いてどの位待てるか調べた。

子供達は、もし実験者が部屋から出て行って数分後に戻るまで食べないで待っていたらもう一つのマシュマロがもらえる。10年後にこのテストで待つことが出来た子供のSAT(大学入学共通試験)の成績を見た。すると明らかに待てない子供達よりSATの成績が良かった。従って衝動を抑える力が学校の成績と関連しているのが分かる。報酬を未来に延ばせる人は肥満にもなり難いし、薬物にも手を出さなく離婚率も低い。その反対なのが欲求を我慢できない人達である。

このマシュマロテスト受けた子供達は、その後12年毎に数回テストを受けて、今はもう40代になっている。8月のthe National Academy of Sciencesによるとコーネル大学のケーシー等は、彼等の59人を集めてもう一度fMRIを使って欲求充足を先延ばしできる人とそうでない人の脳の活性度を調べた。

欲求充足を先延ばしできる人達は、前頭前野皮質の活動が活発で、下前頭回も活発であった。この部分は衝動を抑える働きをする。先延ばしできない人達は、この2つの領域が不活発で、反対に大脳辺縁系が活発であった。大脳辺縁系は欲求充足を要求する方である。

他の研究からも、前頭前野皮質が欲求充足を先延ばしするのに重要な役割をしているのが分かっている。ニューヨーク大学のグリマー氏によると、側背前頭前野皮質が特に欲求満足衝動を抑制していた。強い磁力を働かせてこの部分を一旦麻痺させると人はより衝動的になったと彼は言う。側背前頭前野皮質を活性化すれば人は我慢強くなるのだ。

経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation)と呼ばれる手術を伴わない脳刺激法があり、コロンビア大学、ニューヨーク大学等で試されている。この技術は磁気を患部に照射し患部に弱い電流を発生させる。もしこの電流で人の行動形態が変化したら、その行動が電流刺激を受けた脳の場所によって支配されていたことを示す。

経頭蓋磁気刺激法で消費癖を治せるかの試みは未だないが、やったとしてもあながち馬鹿げているとも思えない。経頭蓋磁気刺激法は今まで慢性痛、重度の鬱病、耳鳴り、統合失調症の治療で一部成功しているからである。

今の所、側背前頭前野皮質を活性化させる方法は見つかっていない。側背前頭前野皮質の大きさは人により違いがあり、そこから他の脳に延びる連結網の強さ太さも個人差があるとクレアモント大学院大学のポール・ザック氏は言う。
脳と言う組織は大変柔軟性に富んでいるから、訓練して側背前頭前野皮質と他の脳の連結を強化することは可能である。

目標を達成するにはあることを常に記憶として保持しておかないとならないが、短期記憶が将来を考える行動に関連しているのが既に分かっている。そして側背前頭前野皮質はこの記憶の保持に関わっている。

バージニア工科大学のウォーレン・ビッケル氏の研究によると、人を訓練して記憶を向上させると、長期視野に立った行動をするようになると言う。「我々は人の時間的視野を変えられるかどうか調べていますが、それが出来ると言う結果が出ています」とビッケルは言う。
これはマシュマロ実験をした子供達がその後、大人になるに従って学んだことでもある。子供の頃我慢が出来なかった子供も成長して行くに従い我慢することを学んでいる。「我々の脳は本質的に我慢出来ない脳ではない」とミッシェルは言う。

子供でも訓練して今日の喜びを先延ばし出来るとザックは言う。今晩宿題をして来月の成績向上を目指す。毎週つまらないものを買うのをやめて、まとめて後で良いものを買う。「欲しいものを今買わず後で買えば、より良いものが買えると学ばなければならないし、実際学べる」とザックは言う。

彼はもう一つ興味のある話をする。いわゆるラブホルモンと呼ばれるオキシトシン(オキシトシンは夫婦の絆や母親の子供に対する愛情に関わっている)であるが、このホルモンが噴出すると人は我慢強くなると言う。
オキシトシンを投与された人は、今10ドル欲しいかそれとも後で12ドル欲しいかの設問に、43%長く待てるようになる。即ち普通は10日待てるところ彼等は14日待てるようになる。

「オキシトシンは不安を軽減し、人間関係の緊張を解きます。人は幸せで家族や社会から援助があれば貯蓄をする傾向にある」とザックは言う。緊張しまくるのではなくて、落ち着けば雨の日への対処を考える余裕が出てくると言うことだ。

訓練をすれば我慢する力を養えるは若い世代には朗報だろう。若い世代は欲しいものを遅らせるのが難しい。若いせいもあるが、お金の心配は年を取ってからでも十分であると考えているからでもあろう。

「大学生で早く卒業して高い給料を欲しいと思う人は、貯蓄は後でも出来ると考えて貯金には無関心です。22歳の人には20年後は遠い未来の話なのでしょう。老後を考えて貯金するなんて人にお金を上げるに等しいと考えているに違いない」とデュケン大学のエコノミストのアンとニー・デイビスは言う。

専門家は、親に甘やかされ放題の子供が今後どのように振舞うかに注目している。彼等は音楽レッスン、高価なサッカーキャンプ、そして進学塾と有り余る教育投資を受けトップの大学に進学する。彼等の両親は共に高給取りである場合が多いから、子供の要求にノーを言う必要がない。子供と一緒に過ごすことが出来なかった分を償うように、子供の教育にお金をかける。 しかし最近の景気の悪化で一般に学生ローンの金額が目に見えて増えているし、仕事を探そうにも中々就職先が見つからない。

未だ今日のツイッター世代の脳が、以前の若者の脳と比べてどれほど変わっているか科学は特定できないが、クリック一つで買い物が出来たり、メッセージを送信できるIT革命が欲求を満足させるようには思えない。

「このような環境で育つ世代は欲求を抑えるのが難しい世代だと思う。衝動を抑制する訓練を受ける必要があるかも知れない」とバージニア工科大学のビッケルは言う。

我々の現実世界はクリック一つ何でも出来るのとは大違いである。
ハナー・グリーンはニューヨーク大学を卒業して既に5年経つが、「ニューヨーク大学はとても良い大学でした。しかしあの時にお父さんの10万ドルの提案を受けておけばよかった」と悔やんでいる。

科学ニュース・インデックスへ