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過激な新療法

2017年3月31日
ニューズウィーク カバーストーリー
BY MATTHEW GREEN

2000年のある日に、若い女性がその崖と下に渦巻く潮の流れで有名な、南西スコットランドのキンタイア岬にある小屋に引っ越してきた。以来、今までの数知れない薬と療法から解放されて2頭の馬と共に過ごしていたが、2013年、決してしないと決意していたウォッカの瓶を買ってしまった。彼女カレンは、12年の禁酒を破ってなぜアルコールに手を出したのか、自分でも説明できない。泥酔と妄想状態の中、近くの町ロッホギルヘッドにある病院にたどり着いた。その日はちょうどゴードン・バークレーの担当日であった。

ゴードン・バークレーはゲーテを愛読する、素人よりよほど親切に患者に聞く精神科医である。病院のベッドで子供のころ性的虐待を受けたこと、その苦しみをアルコールで紛らわすことを話した。虐待は今すぐでも始まるかのように感じ、その点では今も5歳のままであるとカレンはいう。今まであらゆる療法を試したが全て上手くいかなかった。

バークレーはその場でカレンをPTSDと診断した。PTSDとは、精神症状で、強度の恐怖や虐待により、長期に渡って不安、絶望、悪夢、怒り、無感覚を経験する病気である。時々匂い、音、皮膚感触を伴ってフラッシュバックが襲う。症状は数年から数十年続くため、人を避けるようになり、特に家族との関係が難しくなる。

「どこに行っても治らない。唯一頼りになるのはアルコールと薬だけ。アル中サポートに行っても無駄であった」と彼女は言う。
虐待による精神的障害は心だけでなく、体、筋肉、皮膚にも現れる。体の中の活火山は最早意識では統御できないから、胃の中はかき回され、愛する人に体を触られても体が硬直する。彼女の恐怖の爆発は凄まじく、ソーシアルワーカーがのけ反ったこともあった。

「従来の心理療法は善意でやっているはずなのに、患者を心理的崖っぷちに追い込んでいる」とバークレーはいう。
カレンはバークレーが紹介してくれた、新しい療法をすることにした。この方法は”The Comprehensive Resource Model (CRM) =包括資源モデル”と呼ばれ、ペンシルバニアで30年間心の患者を診ているリサ・シュワルツにより開始された。心理学、霊性、シャーマン的な動物パワーをミックスさせた療法で、現在世界では1500人以上のセラピストが実施している。スコットランドでも一部のクリニックで採用されていて、イギリスではPTSDの権威でもあり、40万人からの患者を診ているアラステア・ハル氏も賛同している。

19世紀の終わりにジークムント・フロイトが精神分析を開始し、対話による心の病気治療を試みたが、その後の成果は期待外れで、2001年に発表された研究によると、治療の効果はどんな療法を選択したかではなく、セラピストの温かさと共感であるという。

標準的対話療法では、セラピストは患者に過去のトローマの発生状況を詳しく話させるが、CRMでは体の内部から沸き起こる感覚にむしろ焦点をあてる。従来の対話療法の問題は、こみ上げてくる過去の激情に患者が耐えられなくなることであった。そのためシュワルツは、アメリカインディアンからヒントを得たツールを用いた。

シュワルツの用いる手法には呼吸法があり、目の動きもある。想像上の動物であるパワーアニマルも使う。パワーアニマルにはライオン、トラ、オオカミ、熊、鳥等があり、それら動物の助けで怒りの暴発を防ぎながら、患者はトローマに向き合う。CRMが変わっているのはトーニングという、患者に高い音を長く発声させることである。

シュワルツのやり方に対して、「パワーアニマルだとかトーニングなど想像上のでっち上げで、似非科学のナンセンスだ」と厳しく批判する人たちもいる。ロンドン・キングズカレッジの精神科医であるネイル・グリーンバーグは、「斬新なアイデアは良いが、厳しいテストを実施してないので信用できない。PTSDを治す必要がないとは言わないが、間違うと人を傷つけるし、治る道を閉ざすことになる」と警告を鳴らしている。

新療法の苦戦はPTSD療法ばかりではない。歴史を見ると科学の大発見は、既存の理論を否定する科学者の直観であった。どの学問分野でも、一匹オオカミは正統派に排除される。財政的支援を得るには、伝統的考えを葬り去るより、正統派の周辺にいた方が楽である。アインシュタインの金言である「バカらしいと考えるからこそ、そこに可能性がある」に賛成して支援する組織は少ない。

精神療法の中で一般的なのは、認知行動療法である。この療法にはたくさんの臨床報告があり、現在では、製薬会社、保険会社、政府が一体となって金の生る木に成長している。しかし認知行動療法が効果があると言う人は少ない。この状況下でも、奇抜に見えるCRMは抵抗にあい、バカにされる。特に経験主義を取る精神科医は警戒する。

鬱状態、不安、薬物依存の原因には、子供の頃の虐待、無視、放棄が潜んでいると一般的に考えられている。西洋文明は理性により問題解決をしようとする文化であるから、従来の対話療法で効果があるはずであるが、そうはなっていない。理性だけで問題解決は不可能で、考えを超越する必要があるのではないかとシュルツは考える。

55歳で快活なシュワルツは、心理学者でなかったら、どこかの警察署で深夜に犯人を尋問している警察官が相応しい。彼女の率直に物言う様子、時に変化する態度に人は狼狽するかも知れない。この厳格な姿勢は彼女自身のトローマの経験から来ているのではないかと支持者はいう。シュワルツは子供のころ、動物が好きで動物の治療をしたいと思っていた。動物医になるのに失敗した彼女は、心理学に進み、ピッツバーグで開業医を始めた。

彼女は長年のトローマ治療経験から、患者の中には回復が全く認められない人たちもいることに気が付いた。対話療法に対する疑いは、自身の精神的挫折を経験したときに始まる。

「この仕事をするには、自分自身をバラバラになるまで解体し、不死鳥のように蘇る必要がある」と述べている。シュワルツが子供時代、母に庭に咲き始めたタンポポを引き抜くように言われた。しかし黄色の花を引っ張っても、その主根を引き抜かない限りすぐ生えてくるのを学んだ。シュワルツは、トローマに共通する困難さをこのタンポポの粘り強さに見た。

心のタンポポの根を抜くために、シュワルツは医学と神秘主義の中間に狙いを定め、そこに位置するセラピストと連絡を取り始めた。彼らの中にはアメリカの都市郊外で開業している人もいるし、アフガニスタンの祈祷師もいた。彼らと対話する内に、患者を過去に向き合わせる時に感じる難しさをどうするかのヒントが見え始めた。

バークレーはまず通常の対話療法でカレンを安心させ、次第にシュワルツの方法を取り入れることにした。ここは慎重を要する部分で、患者は過去の記憶の激しさに失敗しやすい。しばしば感情も鈍麻する。これは自己防衛反応の一種で、脳が死を感じ取ると、死の痛みを避けるため体から遮断されると説明する理論もある。(臨死経験のように魂が抜け出て上から自分を見ている経験と表現する人もいる)。脳の防御反応はしばしばスイッチを入れる方に傾くから、トローマを受けた人はかなり月日が経っても、感情が荒廃し無謀な行為や薬物に走る。PTSD治療では、この自己防御反応が治療を難しくしている。トローマを治す唯一の方法は、未解決になっている過去の感情に向き合うことだが、下手すると逆に引き金を引いてしまう。

バークレーはカレンに、体に注目し、どこか感情の中心に思える場所を数か所見つけるように促す。見つけたらその中心点をエネルギーでつなぐ。エネルギーの格子模様が描けるわけで、これを足場にして過去の感情と向き合う。次はパワーアニマルという想像上の動物を選ばせる。カレンは人に優しい馬を選んだ。

次に地球の中心からエネルギーを吸い、片足から入り脊髄を通り、もう一方の足から抜ける様子をイメージしながら呼吸する地球呼吸法をする。火を噴く竜を想像しながら怒りを逃がす火呼吸もある。

多くの精神科医は、このような手法を迷信として取り合わない。彼らは認知行動療法をする。認知行動療法は一回きりの暴力には有効かもしれないが、カレンのように継続的に被ったトローマには難しいであろう。また、対話療法は高度の判断を下す前頭葉に訴える。トップダウンの指令系のトップに迫ろうとするやり方で、原始的脳が興奮状態になっている場合には有効でないとCRMを実施する人たちはいう。

原始的脳に働きかけるには感覚に働きかけて、ボトムアップで処理するのが正しい。カレンの場合は、まず自分の体をしっかり見つめなおす必要があった。「深部に潜む不安、恐怖、脅威に対処するには、過去を表現するだけでは無理で、何か安全な方法を探す必要がある」とギリシャのアテネでトローマ治療をしているドナ・ベントラトはいう。

歓迎の声があるにも関わらず、CRMのような奇抜な療法を拒否する意見が強い。この困難に立ち向かうために、シュワルツ等は、今年の秋にCRMの効果を調査をする。シュワルツは更に世界に足を延ばし、アイルランド、ギリシャ、オーストラリア等で研究集会を開く。

昨年の2月にシュワルツはカナダ・オンタリオ州・ロンドンの空港に降り立ち、雪のぬかるみをタクシーで走り、ローソン研究所に向かった。ローソン研究所のルース・レイニアスがシュワルツを招待したのだ。世界に知られたPTSDの専門家である彼女は、fMRIを使ってCRMの実証試験をしたいという。レイニアスは既にfMRIを使って、トローマが脳に傷を負わせるのを発見している。

1970年代に、北アイルランド紛争に出兵したある兵士は、「家にもどると、妻も子供もお店のショーウィンドウに飾られているマネキンのように見えた」とニューズウィークの記者に語っている。人が精神的に衝撃を受けると、脳が一時的に大量のストレスホルモンを放出し、一部の細胞を破壊してしまう。”ヒューズが飛ぶ”と表現するが、これが慢性的症状を引き起こしていると仮説を立てる人もいる。懸念してか、アメリカではアフガニスタンやイラクからの帰還兵士のPTSD症状に対して、それが爆発による物理的なダメージか、ヒューズが飛んだためか検証し始めた。

「トローマの研究で最大の進歩は、見えない傷を見えるようにしたことです。今までは何も悪いところがないと追い返されていた患者が、いや、問題がありますよと言われる。不思議に人はこれを聞いて安心する」とレイニアスはいう。

シュワルツ等は今CRMを、最新鋭の機器で効果を証明しようと計画している。患者をまず1時間程度過去の苦しみに対決させた後にCRMを施し、脳スキャンを撮影する。

アメリカのセラピストであるクリアリーは白衣をきて靴にカバーをしてスキャナー室に入る。丸い円筒から突き出た寝台に寝て、32個のコイル磁石を装備したヘッドセットをかぶる。寝台が円筒内に引き込まれると、かすかな白色光が照らされる。シュワルツ等は別室に座り、クリアリーとヘッドセットを通して会話をする。

「クリアリーさん。今日は過去のトローマを思い出してもらいますよ。あのしつこいタンポポの根を思い出してください。母親でも学校の出来事でも友達の事でも何でもいいですから、体で思い出すのです」とシュワルツは話しかける。クリアリーが過去を思い巡らしている間、スキャンは8分間に160枚の写真を撮る。この写真は後に3次元に加工される。スキャン撮影が終わると、シュワルツと共に別室に移動してCRMセッションを受ける。そしてもう一度スキャン撮影する。

翌日、レイニアスはシュワルツとコリガンを地下の授業室に案内して、10人ほどの学生に合わせた。これはシュルツにも晴れがましい発表の場になった。シュルツはホワイトボードにパワーアニマル、エネルギー格子、中心核を描いて説明し、どうやって安心、安全に過去のトローマに向かい会うかを説明した。

シュワルツとコリガンは、4年間も一緒に仕事をしたが、互いに調和しない二人でもある。コリガンは穏やかに話す研究者であり、トローマと意識解離を研究する国際学会の名誉会員でもある。研究論文のピアー・レビューを書き、トローマの教科書も書いている。CRMを脳神経科学で説明する役割を担ったコリガンは、シュワルツに厳しく迫るのでシュワルツも緊張する。

シュワルツの手法は正統派から疑いの目で見られているが、レイニアスは事実は事実としてシュワルツに興味を持つ。多くの脳神経学者は研究のみであるが、彼女はアフガニスタンからの帰還兵の治療もする。無口な帰還兵も、難しい言葉を使わず「魂を語ってください」と呼びかけると心が開くという。「CRMは脳神経科学と霊の一体モデルです。CRMをおかしいとして退けるのでなく、事実として見てもらいたい」とシュワルツは教室で訴える。

ニーチェの格言に「深淵な哲学より自分の体に聞け」というのがあるが、CRMのような体の反応に注目する療法は今までにもあった。1990年代の中ごろ、ボストン医科大学の教授であるベッセル・バンデル・コークが”体は真実を伝える”を出版して以来、体が注目されるようになった。2014年9月に彼は同じタイトルでもう一冊書き、運動に拍車をかけた。バンデル・コークは眼球運動による脱感作再処理療法でも有名である。この療法は、両目の眼球を指や光で導きながら相互に動かし治療を行うユニークな療法で、最初は奇妙として排除されたが、イギリスなどでは一部採用され臨床データーも集まっている。しかし、なぜ効果があるかは誰も説明できない。

おなじように体に注目する療法に、馬療法がある。PTSDを患う人は、罪と恥を強烈に味わうため、馬を相手にすれば大分和らげられるとセラピストは語る。このような療法の発展にも関わらず、心と体の結びつきを理解することがトローマ治療になる証拠は見つかっていない。

アメリカ南北戦争時代には、衰弱した兵士に”兵士の心臓”と診断を下す例があった。心臓の問題に心理的崩壊が加わって衰弱したと考えたのであろう。ビクトリア朝時代には、医者が列車事故にあった人たちを脊髄に損傷を負ったためと考えて”列車脊髄症”と診断した。

1980年にアメリカ精神医学協会がPTSDを正式診断項目に採用して以来、研究は加速したが研究の結果は芳しくない。王立精神医科大学のシモン・ウェズリー教授は、トローマの脳科学はまだ早いのではという。「色々脳神経科学がPTSDを説明しているが、どれも納得する水準になっていない。単なる現代版の語り部に過ぎないのではないか」と彼はいう。そのような批判的意見があるにも関わらず、CRMで救われたと証言する患者を否定できない。

ここにスティーブという、もとイギリス特殊部隊のメンバーであった人がいる。彼の場合は、PTSDがあまり強く自殺まで追い詰められている。その彼が、イギリス国営医療サービスでトローマの治療を担当しているハルのところにやって来た。ハルは精神科医を26年間勤め、博士号を”北海石油リグ爆発”で負傷した人たちの研究で得ている。この事故は1988年に起きた海上オイルリグ爆発事故で、167人が死亡している。

ハルがCRMの療法をスティーブに実施すると、ビロードの毛に包まれたジャガーが登場した。最も苦しい経験の一つであるアル中の父親に殴られた経験を思い出すと、ジャガーがその苦しみを引き受けてくれた。「自分はジャガーの下に立っていて、ジャガーの霊気を感じた」とスティーブはニューズウィークの記者に語る。ハルはもう一人の復員兵の治療もしている。この人の場合は飛翔する鷲と灰色熊をイメージした。熊は彼に堅固であると同時に、優しくあるべきことを教えた。

ある晩、スティーブはガソリンスタンドで雰囲気の悪い若い連中に出くわした。険悪な場面であったが、ジャガーが出てきて「言いがかりをつけてきても、気にするな。自分の家に着くのに数分遅れるだけではないか」とアドバイスをくれた。「今までだと、奴らが謝るまで怒りが止まらないのに、あの時は違った」とスティーブはいう。

スティーブと同様にカレンも最早言葉を必要としない。地球呼吸法、エネルギー格子、2頭の馬のおかげで、過去の悲劇に向かい合うことができる。「何かが動いたらしく、40年苦しんで来たトローマがようやく解決の方向に向き始めた」とカレンはいう。一方シュワルツに役立ったのは忍耐であった。

カナダから帰って数か月すると、レイニアスがfMRI写真は感情とトローマに関わる脳部分に変化を示していると言ってきた。一方9月には、ネブラスカ州オマハで開業しているリサ・マリフィールドから、CRMによる脳の生理学的変化を確認したと連絡がきた。マリフィールドの場合は、脳波計を使って患者の脳を調べた。調査した8人の患者全員に明確な変化を捉えたという。

科学では、このような報告は興味をそそる程度にしか扱われないが、シュワルツには超新星爆発ほど衝撃的であった。最早、怪しげな療法でなく、データーに裏付けられた本物の療法である証明だからだ。



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