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祖父の犯した罪

NEWSWEEK
2010年10月30日版

By Sharon Begley

ラスベガスのギャンブルが自分の精子に影響して、子供に悪い遺伝を残す

「私はエピジェネティック的遺伝変化が精子に起きると、その変化は世代を超えて及ぶと先月発表した。遺伝的変化が半永久的に定着することを意味している」とワシントン州立大学の分子生物学者であるスキナーは聞き捨てならない発言をした。

彼の言葉をすこし丁寧に解説すると、「祖父祖母や曽祖父曽祖母が経験したことは彼等の卵子、精子に変化を与えて、この変化は子、孫、ひ孫にまで及ぶことを意味する。これを世代間エピジェネティックと呼ぶが、環境が本人の健康に影響を与えるばかりか、その子孫にまで及ぶ現象を言う。

スキナーの意見は従来の遺伝学に真っ向から挑戦している。従来の考えではDNAの文字であるA、T、C、Gの配列に変化が起きて後の世代に変化が現れるが、エピジェネティックスではA、T、C、Gの4文字配列には変化は起きない。

スキナーの研究によれば、ねずみをビンクロゾリンと呼ばれる殺菌剤に触れさせると、その精子や卵子の中のDNAをコントロールするスイッチに変化が生ずる。このスイッチはメチルグループと呼ばれる原子の集まりで、このメチルグループが遺伝子に結びつくと遺伝子の活動を停止させ、外れると遺伝子は再び活動する。(脳の細胞の中ではインシュリン遺伝子が活動を停止しているのに、すい臓の細胞では活動しているのはこのスイッチによる)。しかし、今までは精子や卵子が成長して胎児を形成する段階になるとこの標識はリセットされて、いわば自然による先代の罪を消し去る作業が行われると考えられていた。

スキナーの実験ではこの標識は消されないばかりか、遺伝子の表現を半永久的に変えて、4世代に渡って影響が現れていた。この事実は数十年支配した伝統的生殖学の考えをぐらつかせた。彼自身も、「”永久に”の表現は私でもとまどう。だから医学界から異端視されるのだろう」と言う。

スキナーの発見は何も異端ではない。他の研究からも人の喫煙、子供時代の栄養失調、過剰飽食等が卵子や精子に影響を与えてその子供、孫にまで影響を与えるのが報告されている。

スキナー等が精子のDNA上にあるスイッチを詳細に調べたところ、16個のスイッチが異常を示し、普通ならオフであるべき時にオンになり、オンになるべき時にオフになっていた。この異常は母の息子、息子の息子、そのまた息子と3世代に現れている。普通なら休止しているべきなのに活性化し、休止すべきでないときに停止するため、息子、息子の息子には睾丸、前立腺、腎臓に異常が発生した。単に殺菌剤がそれを浴びた固体の体に影響を与えるばかりでなく、少なくても4世代に渡り影響が持続していた。

オーストラリアのニューサウスウェルズ大学では、健康でほっそりしたオスのねずみに脂肪の多いエサを与えた。43%脂肪のエサであるから典型的アメリカ食品と同じである。当然ねずみは体重を増やし、その結果、耐インシュリン、ブドウ糖不耐性の2型糖尿病を発症した。注意すべきは、この高脂肪の餌を食べたオスのねずみがもうけた娘のねずみまでもが、2型の糖尿病を発病したことだ。この娘のねずみの母親は、妊娠中には特別に高脂肪食を食べていないし、娘自身も高脂肪の餌を食べていなかった。

妊娠中の母親の食生活はその子供の健康に影響を与える。何故なら胎盤を通して栄養や毒物が子供に伝わるからである。しかし父の子供への影響は僅かに精子を通してだけである。この父は糖尿病を発症する遺伝子を持っていないから、明らかに父の高脂肪の食事癖がその精子に影響を与えて、娘が成人後に糖尿病を起こしたということである。

クイーンズランド医学研究所のエルマ・ホワイトローは、これを”分子記憶”と呼んでいる。オーストラリアの研究では、高脂肪を取った父の娘のすい臓の遺伝子のうち、642個のスイッチが正常に作動していなかった。この実験結果から次の可能性が浮上してきた。子供の肥満の大量発生は、多分その父が高脂肪の食事をして精子に変化が起きたのではないか。動かずにテレビばかり見ている子供を叱るのはいいが、それだけでは何故1980年以来73%も増えた赤ちゃんの肥満が説明できない。

世代間を越える影響はなにも悪いものばかりではない。誕生後15日のメスのねずみを良い環境で存分に2週間遊ばせると脳の記憶が向上する。このような実験結果は過去多く語られている。しかし去年にシカゴのラッシュ大学医学センターのラリー・フェイグ等は、The Journal of Neuroscience誌で、子供が豊な環境に生活していないにも関わらず脳の記憶のよさを示す例を示している。「経験、環境は子供に遺伝的には伝わらないと長いこと考えられてきた。もし伝わるなら自分の青少年期の記憶の良さは母親の若い頃の環境の賜物」とフェイグが言う。

上の研究がされた頃はDNAをスキャンするのに90万円もしたが、今は値段も随分下がっている。そろそろ自分の悪い生活が子供に及ぶかどうかを調べる時代に入ってきたようだ。これからは子供のことを考えて不健康は生活態度を慎むべきだ。



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