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情報過剰は思考を駄目にする

NEWSWEEK
2011年2月27日版


ツイターは今や我々の生活に革命を起こしているようであるが、思ってもいなかった別の問題が起きてきた。その問題とは、我々の脳は情報が多すぎると上手く意思決定が出来なくなることである。

例えばこんなケースを思い出していただきたい。車の購入、ヘルスケアープラン、401K年金プランをどうするか考える時、貴方が感じる不安は相当なものだと思う。その不安の原因の大半は情報過多によるものであると、テンプル大学・神経意思決定センターのアンジェリカ・ディモカ氏は言う。

彼女はエコノミストとコンピューターサイエンスの専門家等と共同で”組み合わせオークション”と呼ばれる心理的に過酷な試験を実施してみた。

被験者は戸惑うほどの大量の物件のセリに参加する。各々の物件は単独でも束ねても購入できる。空港離着陸割り当て許可を得るみたいなもので、購入数が増え組み合わせが複雑化すると、判断する情報の量(乗客数、天気、乗り継ぎの便)も飛躍的に増える。専門家でも不安になるほどの量だ。

ディモカは被験者の様子をfMRIを使って脳を計測した。結果は、情報がどんどん増えて行くと背外側前頭前野皮質(dorsolateral prefrontal cortex)の動きが活発になったが、更に情報量を増やすと、突然、この脳は作動を停止してしまった。(背外側前頭前野皮質とは額の裏にある意思決定と感情抑制に関与している脳)。

ディモカは、セリ参加者の判断中枢が情報処理限度を超えてしまい判断不能状態に至ったと考えた。彼等は判断力が低下したばかりか感情も乱れ始めた。背外側前頭前野皮質により抑制されていた感情がその抑制から解かれてしまったからであろう。

十分な情報が最善の決定を導くは今や古くなった。労働者に情報を与え、消費者に真実を知らせ、腐敗した国に革命を起こすまでは良かったが、現在では情報があり過ぎて我々の判断を狂わせるほどになってきた。

例えば旅行を計画して、あちこちのサイトを見て情報を入手したとしよう。しかし余り細かく比較しすぎて、最後は面倒とばかり近場でゆっくり休養と言う経験がないであろうか。

貴方が学生だとして、ある学校を選択した後、友人がその学校が良くないと沢山の情報を送ってきたら、大体その学校を選んだ動機さえ忘れてしまうだろう。結婚相手を選ぶ場合も、自分に合う条件の人を余り綿密に調査して選択していたら、最後に最悪の人を選んでしまったと言うこともあり得る。水を飲むのに消火ホースから飲んだらまずいように、情報も度を過ぎた入手は逆の結果になる。

この問題の起源は古く、17世紀にはライブニッツが余りに多い本の出版に嘆いている。1729年にはアレキサンダー・ポープが余りに多過ぎる著者の数についても警告している。2009年にはオックスフォード英語辞典が“information fatigue”を加えている。

意思決定の最近の科学も、必要以上の情報に注意を呼びかけている。意思決定には無意識レベルでの熟成が必要であるが、それが損なわれてしまうと。

昨年起きたメキシコ湾のBPオイル流出事故では沿岸警備の責任者で事故担当のサッド・アレンは、毎日300ページから400ページのEメールやら報告やらを受けたと言う。彼がニューズウィークに語ったところによると、情報過多のため、最初の日に現場上空に飛行制限を儲けることを忘れてしまった。(少なくても8回のニアミスが発生した)

今回のエジプトの政変でも情報の過剰がアメリカ政府当局の判断を狂わせた可能性がある。CIA長官であるレノン・パネッタは、議会にムバラクが間もなく引退声明を出すだろうと語ったが、その直後、ムバラクは何処にも行く意思はないと声明を発している。「後知恵で幾らでも言えるが、一刻を争う時に十分予測する時間などない」とホワイトハウスの広報担当のダン・ファイファーは言う。

情報は入ってくると取捨選択を迫られる。しかし過度の選択の要求は選択そのものを放棄してしまう。2004年、コロンビア大学のシーナ・イェンガーが行った調査では、年金の401Kプランの選択で、情報が余り多すぎると人は年金プランそのものから降りてしまう傾向があった。この実験では選択の幅が2から11に増えると参加者が75%から70%に減少し、更に選択を59に増やすと参加者が61%に減ってしまった。人は情報量に圧倒されて退出を選んだのだろう。そのまま残った人はリターンの少ないプランを選択すると言う最悪の結果であった。

同様にインターネット上でショッピングをする時にも選択肢を10から50に増やすと、質の悪い商品を選択する傾向がある。商品を選択するときに人はより多くの情報が欲しくなるが、実際は選択肢の幅を狭くしてしまうとイェンガーは言う。最近は消費者の目を引こうと、有り余るほどの商品を提供しているが、年金プランのような生涯を決定するような問題では判断不能と言う重大問題になってしまう。

2006年に行われた実験では、イェンガーは学生を被験者にして仕事探しをやらせてみた。会社、業種、場所、給料、付帯手当て、企業文化と豊富に情報を与えれば与えるほど学生は企業に満足しなくなった。余りにも会社を知りすぎて、選ばないのも選択肢の一つだと考えるようになったのだろう。情報過多が選択を放棄させたのは皮肉な結果だ。

情報過多による判断能力低下の原因には、我々のワーキングメモリーの容量に限度があるのも一因だ。このメモリーの容量は一度に大体7個の情報を記憶できる。(電話番号が7桁になっているのもその理由だ)。これ以上の容量になると長期記憶に貯蔵する必要があり、意識的努力が必要となる。もし7個以上の情報を受けると、脳はどれを選んでどれを捨てるか判断すると、ウィスコンシン大学名誉教授であるジョアンナ・カンターは言う。だからどんどん入る情報は必然的に脳の判断能力の低下を招く。

「我々は直ぐ反応するのを好む傾向がある。特に仕事では正確さより早く判断する方が評価されやすい」とスタンフォード大学のクリフォード・ナスは言う。

大体脳は変化に注目するように出来ている。ブラックベリーのトップに最新のEメールが表示されるがこれに我々の目は行ってしまう。重要より最新が目を引く。一時間に30通のEメールがあるとすると、その内の28通までは殆ど頓着せず最後に来た2通のEメールに注目することになる。

創造的アイデアというのは意識脳ではなく、無意識脳から湧き上がってくる。情報の嵐に曝されている時より、仕事を終えてシャワーを浴びている時ふっと浮かぶ。「常時情報が更新されると飛躍的考えは出ない。我々は一時情報を遮断して思考を切り替える必要がある」とウィスコンシン大学心理学名誉教授のジョアンナ・キャンターは言う。遮断すれば今まで得られた情報と新しく入ってきた情報を統合して物事の本質に迫れる。

意思決定の科学で分かった最大の収穫は、最高の意思決定は無意識下で行われるということであった。オランダのニイジメゲン大学で行われた実験では、被験者がアパートを選ぼうとする時に膨大な情報に接すると逆に不利な選択を選ぶ結果となった。この実験では、被験者が余り情報に気を取られないように、試験中に別の仕事を命じたグループで成績が良かった。

情報過多が意思決定に邪魔になるには2つの理由がある。一つは人が余り多くの情報を見ると無意識下での思考を止めて意識にまる投げしてしまうため。2つは、無意識は余分な情報を削除した方が思考を熟成できるため。でも我々が情報の津波に直面したとき、情報の選択が出来るであろうか。特にオンラインではゆっくり考えるより、次から次と入る情報を見ていたほうがよさそうに見えるとキャンターは言う。

経験に基づく判断をしているつもりでも余り情報が多すぎると判断が狂う。「直感的判断で正しい判断をするには精選された専門知識が必要となる。圧倒する情報は意識の集中を妨害し、本質に迫れなくする」とペース大学マネージメントのエリック・ケスラーは言う。経営管理学修士の学生を使った実験では、学生を2つのグループに分かれて株のポートフォリオを選ばせた。最初のグループでは株に関する膨大な情報を与えたのに対して、他のグループでは、ただ株の値動きだけを教えた。すると後のグループの方が前のグループより2倍以上も儲けた。前のグループは情報過多で混乱して、風説にもひっかかり損をする典型的行動をしてしまった。

ここでアンゲリカ・ディモカの最初の主題に戻る。背外側前頭前野皮質が我々の直感判断に関わっていて、この部分が理性の脳から来る判断に感情の色づけをする。もしこのプロセスで感情の色づけが出来なくなると無駄な選択に必要以上の時間をかけるようになる。ある古典的実験で、被験者がジャムを選ぶときにその特性に細かく注意を払っていると、結果的に嫌いなジャムに高い評価を与え、美味しいジャムに低い評価を与えている。

ではどうしたらこのような判断ミスを避けることが出来るであろうか。
Eメールやオンライン情報を読むときはまとめて読んでしまって、だらだら読まない。
より多くの情報得ればよい判断が出来ると考えるべきでない。
優先順位を儲ける。
基準枠内で考える。

このような思考が出来るかどうかには個人差がある。もし貴方が完璧主義者であるならすぐスマートフォンの電源スイッチをオフにすべきだ。


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