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幻聴の新しい対処方法

NEWSWEEK
2015年1月13日版
BY WILLIAM LEE ADAMS
シェフィールド大学の1年生であったレイチェル・ワディングハムは、ある晩、眠れなくて困っていると、階下で3人の中年男性が彼女の噂話しているのが聞こえた。「彼女はバカだ。醜い女だ。自殺してしまえばよい」と言う。そこで下に恐る恐る降りて行くと、そこには誰もいなかった。

その後、声は次第に激しさを増し、不安に駆られた彼女は、声の主が彼女を秘密に撮影しているのではないかと考え始めた。肩こりも、肩に追跡装置を埋め込まれたのではないかと疑い、スーパーでの買い物も不自由になり始めた。「何を買っても全て毒が入っているように思えて、オレンジ・ジュースとミルクとパンしか買えなかった」と彼女は言う。不安を和らげるためにアルコールに逃れるようになり、その数か月後に大学を中退し、精神病院に入院することになる。

入院8か月で幻聴は少なくなったが、薬の副作用は凄まじく、30sも体重が増え、糖尿病も発症した。目は勝手に動き、体がじっとせず、歩くときも足を引きずった。歩くゾンビ同様になった彼女は自殺を考えるようになる。しかし病院は幻聴がなくなったと判断し、退院させられた。

統計によると、アメリカでは25人に1人が幻聴を聞き、40%の人が人生のある時点で幻聴を聞いていると言う。

去年の10月、世界から200人もの幻聴を聞く人たちがギリシャのテッサロニキに集まった。インターボイスと言う組織が開いた第6回目の会合で、この会合では従来の幻聴に対する考えを改めて、幻聴を意味あるものと捉え、どう幻聴に向き合っていくかを考える。
「もし幻聴を不吉な精神症状と考えると、声は力を増し、我々は幻聴に圧倒されてしまう。幻聴の意味を理解すれば、共に生きていくことが出来る」と今回の取りまとめ役であるテッサロニキ・アリストテレ大学講師のユージニー・ジョーガカ氏は言う。

”The Hearing Voices Network”も幻聴に対する新しい考えを推し進めている。1987年オランダで発足したこの組織は、ボスニア、カナダ、日本、タンザニア、アメリカを含む、世界30ヶ国に支部を持つ。組織のメンバーは互いの経験を話し、どう対処するかを考える。対処の例として、幻聴と話す時間を決めるのもその一つだ。こうすると、幻聴に一日費やすことがなくなる。

彼等は幻聴が聞こえるようになった原因にも注目している。今までの統計から、幻聴は、激しい精神的ストレスやトローマの後に現われている。幻聴を聞く人の70%近くが精神的トローマを経験していると言われる。
幻聴の声の特徴は、虐待をした人の声に似ていることだ。また、虐待があった時の被害者の化身として現れることもある。声は地獄の響きから、天使のような声まで様々である。

ウァディングハムは、今は13人の幻聴を聞いている。その中の一人、ブルーは、おびえた生意気な3歳の子供で、エルフィーは怒りっぽい10代の子供、、トミーは10代の男性で彼女の態度を批判する。女性のスクリームは、その声があまりにも苦しみに満ちているため、最初に聞いた時は家から出られなくなった。
「彼等はまだ子供で、何を言ってはならないかが分かってない。彼等が寝付けない時は、お話を聞かせて寝かしてあげる。もし、私の身に危険が迫っていると幻聴が言うと、ありがとう、気を付けるから大丈夫と返事をする」とウァディングハムは言う。

エリノア・ロングデンと言う女性も幻聴を聞く。統合失調症の診断で精神病院に入院させられ、18歳で退院した。ロングデンはその後、幻聴サポートグループに詳しい精神科医の元に送られた。そこでは、敢て幻聴を聞くよう薦められる。
幻聴はロングデンに、自分の足指を切断しろ、そうしないと家族を殺すぞと迫る時もあったが、冷静に対処して、自分を傷つけることなく、家族にも何事も起きなかった。このような経験を経て次第に、幻聴を客観的に聞けるようになった。

「私は今まで幻聴に過剰に反応していたと思う」と彼女は言う。彼女は子供の頃、ある男から長い間、性的虐待を受けている。幻聴はその彼女の甘い態度をなじっている。「これからは、はっきりと拒否するから、その時は助けてと言うと、幻聴はOKと返事する」と彼女は言う。

幻聴と対話する時、人により直接声で応答する人もいれば、心の中で対話したり、紙に書いたりする人もいる。大事なのは周りの人を驚かせないことだ。そのためヘッドフォーンを使ったり、携帯電話を使って人と話している風を装う。

今回のシンポジウムの主催者である、マリウス・ロンメとその妻のサンドラ・エッシャーは、人生の殆どを幻聴を聞く人たちのために尽くしてきた。「幻聴を聞く人には、幻聴は重大な意味を持つのです。幻聴は利用すべきであり、否定すべきではありません。人にない能力と考えるべきでしょう」とロンメは確信を持って語る。

ロンメも最初の頃は幻聴を精神症状と一つと考えていた。ロンメは30年前、オランダ・マースリヒト大学で精神医学部の責任者で、一週間に一度、地域のクリニックで診断をしていた。「あの頃、私の仕事のほとんどは幻聴を聞く人たちに面接することでした。そして、大抵薬を処方していた」と彼は言う。

しかし、ある時パッツイ・ヘイジと言う患者がやって来て、彼女が彼の考えを変えた。ヘイジは大やけどを8歳の頃負い、以後幻聴を聞くようになった。彼の所に診察に来た時は既に30歳だったが、幻聴のために友達にも会えず、孤独と鬱状態で苦しんでいた。鎮静剤により鬱状態は和らげられたが、幻聴には無効であった。むしろ薬による注意散漫や、感情鈍磨が問題になった。

彼女が違っていたのは、ロンメに正面から反対したことだ。
「私の声は自分より何倍も強いのですよ。先生は、何故目に見えない神の存在を信じるのに、私に実際聞こえる声の存在を信じないのですか」とロンメに詰問した。 そしてある日、彼女はロンメに、プリンストン大学の心理学者であるジュリアン・ジェインズが書いた”意識の誕生と文明の興亡”と言う本を渡した。

この本の中で、著者ジェンインズは、文字が発明される前までの社会では、幻聴はありふれた出来事だったと主張する。
ホーマー作の古代ギリシャ叙事詩のイーリアスで、英雄が幻聴を聞いたのは比喩ではなく、実際だと言う。「その声は命令であり、イーリアスの英雄にはハッキリ聞こえた。ジャンヌ・ダルクが聞いた声も同じで、似た経験は癲癇の患者、統合失調症の患者もしている」と彼は言う。

この本を読んでからヘイジは考えが変わり、幻聴にはより穏やかに接するようになった。ロンメは大いに感銘を受け、ヘイジにそれを続けるよう促し、他の患者にも応援してくれと頼んだ。一方ロンメは、数年前に会った科学ジャーナリストのエッシャーの援助を取り付けて、広告を出すことにした。


                  ロンメとエッシャー夫妻

広告で、幻聴を聞く人たちにその経験を手紙で知らせてくれるように要請したところ、700通ほど解答があり、その内の500通が幻聴を聞いているとし、しかも普通の生活していた。「我々は幻聴と聞くと直ぐ精神病を思い浮かべますが、実際は違うのです」とエッシャーは言う。

手紙を送ってきた人たちに、オランダで催す幻聴者の最初の会議への招待状を送った。ロンメとエッシャーはその後結婚するが、彼らの家に患者を招待して話を聞くこともあった。 この運動は次第に社会にも影響を与えて、メディアも取材に訪れるようになった。しかし予期しない質問も彼等から飛び出て来た。

「記者の中には電話で、その会合にはどれほど統合失調症や解離性障害の患者がいるかと聞いて来る。我々は猿回しではないのですよ」とエッシャーは言う。

でも、ロンメとエッシャーの幻聴者に対するアプローチは、現在の精神医学の主流からは遠く離れている。
ジョーン・ホプキンス大学のラッセル・マーゴリス教授は、「幻聴は一部過去のトローマの影響であるのを認めるが、統合失調症や、躁鬱病等の症状であることを忘れてはいけない。ロンメとエッシャーのアプローチは、ある人には助けになっても、他の人には、声に飲み込まれて、一歩も前進できなくなることだってある」とマーゴリスは言う。しかし、多くの人たちには、この新しい考えが、現在の精神医学の考えに代わるもう一つの選択肢になり得る。

ワディングハムは幻聴のおかげで、過去と向きあい、苦しみを和らげることに成功した。「幻聴にも感情があるのです。彼らを落ち着かせると、私も安心する。私は幻聴に何時も監視されていると思っていましたが、実は私に自主性を与えてくれてもいるのです」と彼女は言う。

ワディングハムは今36歳になるが、ロンドンに拠を置く”幻聴共同体”と言う組織を運営し、他の幻聴に悩む人たちを指導している。2010年にはイギリスの刑務所内でも活動を開始した。イギリス法務省によると、刑務に服している人達の内、15%の女性と、10%の男性に精神疾患が見られると言う。

監獄で苦しんでいる人に比べれば、ワディングハムの現在は大変幸せだ。「旅行もするし、自分で仕事も開始した。人は私が働き過ぎだと言いますが、幻聴で失った人生を取り返しているだけです」と言う。



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