物事になり切る


物事になり切るは神経症の患者の言葉であって健康な人、神経症が治った人は言わない。世界中の誰が、物事になり切る努力をしているだろうか。我々が神経症になる前を考えても、そんな事した覚えがない。
これを言い始めたのは森田とその弟子達であり、彼等は物事になり切れば神経症が治ると指導した。明らかに神経症を治すための取引であり、森田自身が神経症の患者であったのを示している。

神経症が治った斎藤はどう言うか。
物事になり切るとか、なり切らないとか言っていないで、立ち上がってどんどんやれと言う。その辺で青い顔して天井を眺めている姿が精神病であり、とても会社では仕事は出来ないし、家でも大変なお荷物になる。
普通にしていれば、人間も動物も皆物事に自然になり切るのに、何故努力をしなければならないのかと違和感を覚える。

厳密に言うと健康な状態では必ずしも物事になり切っていない。お勝手で皿洗いをしている時など、心は何か別な事を考えている。脳の深部には意識切り替えスイッチがあり、どの方向に意識を向けるか自動調節をしている。自然は良くできたもので、意識しなくても脳は必要な方向に意識を向けるように出来ている。
自然に意識が向くのに、 ”物事になり切る”と敢えて念を押すと、意識活動に妨害を与える事になり、不愉快に感じる。理由は、そこに精神症状を見るからである。

意識をこうすれば神経症が治ると取引したものだから、返って意識がおかしくなり、残念ながら大半の神経症者は ”物事になり切る”努力をしつつ一生を終えてしまう。



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