神経症治しの原点



治しの原点とは、一にも二にも、神経症治療行為を停止することなのです。そもそも治療行為をしなければ、神経症は最初からなかったのだし、治し行為をしたから、これだけの人生の無駄をし、今後も死ぬまで無駄は続くのです。

私は無為療法を運営していて面白い現象を見るのですが、それは多くの神経症者が、直ぐ雑用に飛びつくことです。ホームページの最初に、治療行為の完全停止をしろと強く命令しているのに平気でそれを飛び越え、一気に雑用に飛んでしまう。何故こんな事になるのであろうか。

治そうの強迫観念に煽られた頭では、ホームページの最初に書いてある治療行為の停止も目に入らなくなるのだろう。無為療法の道主である斎藤でさえやってしまうほどだから、一般の神経症者には更に難しい。

では何故私は、最初から雑用ができたのであろうか。それは、30年間に渡って読み続けた森田療法が、間違っていると気づいたからです。当時、森田療法の本を30年間読み続けて、最早48歳になり殆ど廃人同様であった。そんなある日、本屋で見かけた宇佐先生の本が森田療法を放棄するきっかけになった。一晩その本を真剣に読み、森田療法の本質を掴んだら後は早い。今までの生活を根本的に変えるしかなく、全ての治療行為の完全停止宣言になった。

神経症者ではこの第一歩が出来ないまま無為療法に入って来る。無為療法で神経症を治してやろうと思うわけであるから、当然、禁止条項を飛び越えてしまう。これでは治る分けがなく、斎藤にケチつける。雑用をやれと言えばケチをつけ、治療行為としての雑用はダメと言えばそれにまたケチをつける。何れにしても俺は動きたくないと主張しているようである。

神経症を治す本筋は雑用ではなくて、治療行為の停止なのです。
治療行為さえしてなければ、雑用は誰でも出来た。人間は動物であるから動くように出来ているし、動くことが気持ちがいいはずだ。我々が動けなかったのは強迫観念が荒れ狂っていたためであり、無意識が仮死状態になっていたからなのです。治療行為が止むと無意識が復活する。無意識が活発になると人は自然に動き出すのです。何故なら無意識が体を動かしているからだ。

明らかな回復
治療行為を停止すると、気分が安定して体が軽くなるのが分かるでしょう。今までは気分が不安定で、ちょっとした事で気持ちが落ち込んだが、今は心は上にも下にも動かない。無駄に心のエネルギーを消耗しなくなるから、疲れないし気転も利くようになる。第六感が活発になり、忘れていた事を思い出し、良い考えがパッと浮かぶようになる。

健康な世界とは、活発な無意識の世界と言っても間違いないでしょう。あまり考えないが物事がズンズン進む。
先日読んだ本では、仕事に成功する人は楽しんで仕事をやっていると言う。嫌々やっているようでは最低賃金がやっとであるが、目を輝かせてやると、人の数倍も稼ぐことが出来ると主張している。人生も同じで、やるべき事をやるなんて言っていると、やるべき事もやれないで人生は終わるが、楽しんでやっていると、自分でも驚くほどの物事を処理し、人にも感謝される。



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