自分より強いネズミに繰り返し攻撃を受けているネズミは鬱状態になるばかりでなく、脳の細胞にも傷を残すとの新しい研究報告があった。何故鬱病が治すのが難しいかこの研究で分かる。 この実験では、鬱状態になったネズミの脳では、海馬の中で重要な役割をする蛋白を作る遺伝子のスイッチが切られている事が分かった。既存の抗鬱剤を使った治療をすると、抗鬱剤は代わりのメカニズムを活性化させて、一時的にネズミの鬱状態を回復させるが、遺伝子のスイッチをオンにする事は出来なかった。真の治療をするには、ストレスにより傷を受けた脳内の細胞を修復する以外に無いであろうと、テキサス南西医療センターのエリック・ネスラー氏は言う。氏は2006年2月26日にNature Neuroscience誌のインターネット版にこの研究を報告した。 「我々の研究は慢性的ストレスが脳の細胞に変化を及ぼし、その影響がかなり続く事を示しています」と氏は言う。 ネズミが毎日強いネズミに攻撃されて10日も経つと鬱状態になり、引き篭もって他のネズミから逃げるようになり、その症状は何週間も続く。海馬にある代表的な遺伝子の表現が三分の一に抑制され、数週間もそのままであった。しかし、抗鬱剤の一種であるtricyclic imipramineを継続的に投与た所、脳由来神経栄養因子(brain derived neurotrophic factor)に関わる遺伝子の表現は正常値に戻り、ネズミの引き篭もり状態は回復した。しかしネスラー氏によると苛めによるストレスは更に他の遺伝子にも影響を与えるていると言う。 この研究では、度重なる攻撃が脳由来神経栄養因子の内部機構にどのような変化を起すかに迫っている。彼等は遺伝子表現の変化をヒストンと呼ばれる蛋白質の変化の中に追った。ヒストンはメチル化と呼ばれる化学プロセスで遺伝子のスイッチを入れたり切ったりしていると言われている。メチルグループと呼ばれるものがヒストンに付着して遺伝子のスイッチを切る。注目に値するのは抗鬱剤であるイミプラミンはこのメチルグループを取り去ることが出来ない事だ。従って抗鬱剤では将来に渡って潜在的鬱状態発生の原因を除去できない。 イミプラミンは抑制された脳由来神経栄養因子遺伝子の表現を回復させたが、それは補償的メカニズムと呼ばれるもので、アセチル化とも言われ、分子が遺伝子に乗り移りメチルグループを圧倒する。イミプラミンは酵素(Hdac5)を抑制し、アセチル化の邪魔を取り除く役割をする。 「長期に渡るストレスによる海馬の中の細胞の変化、あるいは他の脳の細胞の変化は簡単には元に戻らないであろう。鬱状態を真に治すにはメチルグループを取り去る方法を発見しないとならない」とネスラー氏は言う。 脳科学ニュース・インデックスへ |