2022年11月9日 |
もし過食が脳内の欠陥神経回路のためとしたら、肥満治療が大変化することになる。パーキンソン病の人が震えを抑えられないのと同じで、超肥満の人の弱い意思を責められない。 アメリカでは3%の人が過食症で稀な症状でないとペンシルベニア大学のケーシー・ハルパーンは言う。 ハルパーンは、過食症の治療にパーキンソン病で使われる脳深部刺激装置を試して見た。やり方は脳に電極を埋め込む方法で、衝動食いの原因になる脳の部位に電気刺激を与えて異常信号を抑える。 この研究はアメリカ国立衛生研究所の支援の下で行われ、今年の初め、Nature Medicine誌に発表された。今回は二人の女性であるが、間もなく更に4人が追加される。彼らはいずれも肥満に悩み、肥満外科手術を受けているが体重は手術前に戻っている。この治療法が食品薬品局に認められるには、最低100人の結果が必要があり、終了には未だ数年かかる。 二人は装置を埋め込み既に一年経ち、もう取り外してもよいが、過食衝動を感じなくなったのでそのままでよいと言う。 その一人ロビン・ボールドウィン58歳は、子供の頃から大きい子供だった。体重を減らすために多くのダイエットを試していて、中には一か月間タンパク・ドリンクだけで過ごしたこともあった。2003年に胃を小さくする肥満外科手術を受けたが、術後体重は元に戻ってしまった。 もう一人の参加者レナ・トリーも数々のダイエットを試した。彼女は大学卒業後、菜食主義キャンプに参加して、一か月間毎日20kmも歩いているが肥満解消に失敗している。トリーも2005年に肥満手術をして、体重を50kg落としたが元に戻ってしまった。 「私たちの問題は意思の力ではどうにもならない」と彼女は言う。彼女らの過食は一般に考えられるめちゃ食いとは違い「精神疾患の診断と統計マニュアル」に記載されている精神疾患の一つである。 二人の過食は一週間に数度に及び、その時は別人のように食いまくる。彼ら自身恥ずかしさを感じて隠すことが多いが、過食が終わる頃には自己嫌悪に陥る。 ボールドウィンとトリーが参加した実験は、脳深部刺激療法の可能性を探る一環で、症状は脳から出る異常シグナルに原因すると見る。脳深部刺激療法は既に運動障害、鬱、強迫行為等の治療に使われているとカリフォルニア大学のエドワード・チャンは言う。研究によると、問題を起こす脳神経回路のある部位はわずか直径1mmである。 ハルパーンは人間に移る前に肥満鼠で実験した。この鼠は空腹でないにも関わらず、バターを鼠かごの中に入れると一時間で一日に必要なカロリーの25%も平らげる。衝動食いをする鼠の脳を調べると、脳中央深部にある側坐核と呼ばれる報酬に関連する部位が活性状態になっていた。そこで脳深部刺激でこの神経細胞を抑制すると鼠は過食行動を停止した。 人間にも応用できるか ハルパーンが、肥満手術をした後に体重が元に戻ってしまった人たちを敢えて公募した理由は、肥満になる理由が単なる体質ではなく、過食衝動にあるのではないかと考えたからだ。 ボールドウィンとトーリーは過食症である自覚がなかった。「肥満手術を受ける人の中で過食症の割合はかなり高い」とマサチューセッツ総合病院のローレン・ブライサプトは言う。 実験では二人が空腹でない状態で5000カロリーのご馳走を出して、彼女たちの感情を観察する。トーリーは最近亡くなったお母さんを思い出し、ボールドウィンは仕事の心配と家庭での重圧を述べた。 次に側坐核を調べると、過食が始まる直前にこの部分が活性化していた。むちゃ食いの抑制が効かなくなる前触れだ。 二人の脳に装置が埋め込まれた後、二人に気付かれないように装置を起動する。すると彼女らは、装置の開始が直ぐ分かったと言う。何故なら何時もの衝動が消えているからだ。 現在彼女らの体重は減少に転じていて、二人とも特別に努力をしなくても今までとは違った食べ方をしている。 「努力をしているわけではないが、食事の選択が良くなった」とトーリーは言う。 ボールドウィンは好みが変わった。前はピーナッツバターが好きで、容器からスプーンで取り出して食べたが、今はそうしない。 「前は薬局に処方薬をもらいに行ったはずが、寄り道でアイスクリーム屋にいたが、今はちょっとアイスクリームの発想が消えた」とボールドウィンは言う。 「好みも変化して、前は甘いものが欲しかったが今は風味がよいものが良い。食事は考えなくなったのではなくて、激しい食べたい衝動が消えた」と続ける。 では、脳深部刺激療法が過食症解消の決定打になるのだろうか。 ブライサプトは「未だ成果は二人ですからね」と慎重に答える。 脳科学ニュース・インデックスへ |