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ブラインドサイト

2015年9月28日
BBC News
In Depth, Neuroscience
By David Robson

 
失明した人が、第二の目を獲得することがある。その第二の目である超自然の目が、無意識の世界を説明し始めた。

最初にダニエルがロンドン国立病院に入って来た時、彼が人間の意識に迫る重要なヒントを与えるとは誰も予想出来なかった。文献には彼を単にDBと記載しているが、ここではダニエルとしておく。彼は視力に問題があって、眼科医マイケル・サンダーに診断してもらったところ、左半分の視野が欠けているのが分かった。眼には何も異常はないが、以前に受けた頭痛を取り除く手術の後遺症で、視野に欠損が生じていた。言わば、窓を開けても左半分はカーテンがかかったままになっている状態に等しい。左半分は全く見えないと彼はきっぱり言うが、どうも彼の無意識がその欠損した視野を補っているようにサンダーには見えた。

例えば、死角である左半分の視野にいるサンダーの手を、握りさないと言うと握る。これなど第二の視力が欠損を補償している証拠であるが、ダニエルには説明できない。大変面白い現象なので、サンダーはダニエルを、心理学のエリザベス・ウォリントンとローレンス・ウィスクランツに紹介した。

エリザベス等は、新しいテストを考案してダニエルの第二の視力を追求した。実験では、ダニエルの死角にスクリーンを置いて、そこに円が時々場所を変えながら現れる。何処に現れたかをダニエルに聞くと、ダニエルは見えないと言う。しかし、推測でもいいから答えてくれと催促すると、その推測は何時も当たっていた。次に一本の線をスクリーンに表示して、それが水平線であるか、垂直線であるか答えてもらうと、80%の確率で正解であった。明らかに統計的確率を超えた正解率である。

ダニエルの左半部の視野は確かに見えないが、彼の正常な目は情報を無意識脳に伝えていて、それが正解率を上げているのであろう。この実験報告はウィスクランツにより1974年に発表された。報告の中で彼はこの視覚現象を、ブラインドサイトと命名した。「ブラインドサイトを疑う人もいるが実際起きているし、今では広く認められている」とウィスクランツは言う。

以後数十年経ったが、無意識、意識の謎に次第に近づきつつある。人は何かをする時、自分の意思で行っていると感じるが、実はそうではない。自分には見えない無意識が既に決定しているらしい。無意識は一体どれほど関与しているのであろうか。何故動作の開始に意識を必要としないのだろうか。それほど無意識が重要な働きをしているなら、人間は進化の過程で、どう無意識を獲得したのであろうか。
「ダニエルのケースは、今まで気がつかなかった、心の見えない部分に気がつかせてくれた」とチルバーグ大学のマルコ・タミエットは言う。

解明される心
意識とはあまりにも難しく、今までは科学者は踏み込むことが出来なかった。このダニエルの実験から深く織りなす心をバラバラにして、意識に迫る一本の糸を発見できるであろうか。
「ダニエルがそれを語っているようですが、彼自身は上手く説明できない」とカーディフ大学のクリストファー・アレンは言う。

盲目であるにも関わらず、ブラインドサイトの人は人の表情を読み取り、それをまねる。幸せな顔、悲しい顔、怒り、驚きの顔を無意識で認識して、それに反応した。「彼等は見えないと主張するが、態度に変化が現れ、画像に応答している」とウィスクランツと共に実験をしたタミエットは言う。
「将来、彼らに体の動きに注意するようにお願いする。体の動きの変化が読み取れれば、雰囲気が読み取れ、環境の変化に気付ける。」とタミエットは言う。

2008年にタミエット等は、全面盲目の人を選んで更に難しい実験を試みた。彼等は全面盲目であるから、ステッキなしには歩けない。実験では、ステッキを使わないで歩いてもらい、行く手にわざわざ家具を置いて歩行を難しくした。
「驚いたことに、一回で見事に通り抜けているのです」とタミエットは言う。
面白いのは、彼等は障害物を通り抜けた事にも気がつかなかったことだ。、ただ、まっすぐに実験路を通り過ぎたと主張して、何故障害物を避けることが出来たか説明できなかったと、実験担当のビートライス・デ・ジェルダーは言う。

希ではあるが、彼等も何かを認識しているような素振りを見せることがある。ある被験者の場合、映像のコントラストが強くて動きが速い場合、認識出来るようであった。「しかし、この手の報告が、果たして本物かどうかは大いに議論のあるところだ」とケントリッジは言う。

ブラインドサイト装置
以上の研究でも、何故見えないのに見えるような行動を取るのかの説明がつかない。ブラインドサイトを経験する人たちは、後頭部のV1と呼ばれる領域に障害を負っているからと言う説明がある。このV1領域は、目から入った情報を画像として認識させる脳の重要なインフォメーション・ハブである。

V1領域の障害が果たしてブラインドサイトを起こしているかどうかを調べるために、専門家は、脳の一部機能を一時的に遮断して調べる。この装置を経頭蓋磁気刺激装置と言うが、脳の外側から強い磁気を照射する。これによりV1領域を遮断すると、健康な人でも一時的ブラインドサイトを経験する。

私もどんなものか、イギリスのカーディフにあるアレン研究室に出向いて、自分が実験台になって試した。「この技術の良い所は、脳に手術を加えることなしに、ブライドサイトを経験できることです。しかも実験後元にもどります」とアレンは言う。

先ず、後頭部のV1に当たる部分に磁石を当てる。次に磁気を強めながら、短時間ずつ繰り返し磁気を照射する。最初は皮膚を軽くたたくような感覚を覚えるが直ぐに慣れてしまう。同時に私の視界に黒い線が瞬間横切った。丁度古いテレビの電源を切った時に現れる黒い線に近い。

適度な磁気強度に調整後、コンピューター・スクリーンに瞬間的に現れる矢印に注目した。現れる矢印は、磁気刺激と時間的に重なる時があって、その時が視覚を失う時である。その場合ダニエルが経験したように、私も矢印が全く見えなかったから想像で答えた。

試験を終えると私の想像回答が、当てずっぽうの回答より十分正確であったから、確かにブラインドサイトを経験していた。アレンの説明によると、私の目に入った情報は脳の深部にある外側膝状体に集められて、V1をバイパスしてしまうらしい。この外側膝状体では、情報は無意識下で処理されて、意識には情報が上ってこない。

次第に、脳が視覚を認識する道筋が見えて来たが、その中でもV1が大変重要な働きをしているのが分かる。意識とは脳各部の情報伝達そのものであるが、V1はその中でも情報を調整する情報伝達のハブになっている。だから、ここに障害が起こると入った情報は意識には上らないことになる。

無意識の力とは人形浄瑠璃の人形使いのようだ。人形の立場からすると、手足はひもでつながれていて、時々ぐいっと引っ張られてダンスをやらされる。見ている人たちには人形が自分でダンスをしているようだが、実際は自分の意思とは関係がない。無意識とはこの人形を操作する人形使いのようなもので、我々の意識の外で行動を決定して動作を指令している。ブラインドサイトの患者が障害物にぶつかることなく通り抜けるのは、この人形劇と同じで、無意識が人を安全に導いている。

「我々は自分の意識で生活しているように見えるが、生活の動作は意思決定する前に既に無意識下で処理されている」とタミエットは言う。「意識とは脳内を飛び交う情報の要約を見ているようなものだ。念入りな情報処理は、我々が気がつかない内に進行しているのです」とウェストミンスター大学のジュハ・シルバントも言う。

ある哲学者は、人間は衝動で動くゾンビか、それより少しマシくらいの存在だと述べてる。では意識とは一体何なのか。動物の中にも人間のように意識があるものがある。その意識が人間では表に出て来たと言うことだろうか。以前、ある心理学者が、人間の脳には視野全般を見ながら、同時に一点にスポットを当てる機能があると言った。この一点に焦点を当てる部分が意識と言うことであろう。

 しかし、ダーハム大学のロバート・ケントリッジは違うと言う。彼はあるブラインドサイトの患者を実験した時のことを話す。その実験でも、ブラインドサイトの人の死角にイメージを表示して答えてもらっているが、ある被験者は、どの辺にイメージが現れるか、あらかじめ言ってもらうとより正確に回答出来ると言う。
「死角の中では認識そのものがないのだから、どの辺にイメージを出してもらいたいと要求するのが理解できない。あたかも注意を後頭部に向けるみたいな話で、意味不明だ」と彼は言う。

実験では、患者の要求に答えてイメージが飛び出す場所のヒントを与えつつ、回答に注目した。その結果、確かに潜在意識の識別力は向上したが、何に注意を払っているか分からないと言う、逆説的結果が出た。

以上により意識と注意には再考の必要があると、ケントリッジは言う。意識とは、単にあるものにスポットライトを当てるばかりでなく、バラバラな情報を一つに統一し、記憶する機能ではないかと考える。「自分の外側で何が進行しているか、ひとまとめにする必要があり、それが意識であろう」と彼は言う。

今まで述べて来たことは、人間の意識の謎を解くごく一歩である。「ダニエルは去年の11月に亡くなっている。でも、過去何年も喜んで実験に協力してくれて大変感謝している。彼の盲目により、意識とは何かを探る新しい道が開けてきた」とウィスクランツは言う。



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