睡眠時随伴症(夢遊病)

2003年1月7日

 起きている時のジム・スミスは愛想の良い人好きのするタイプである。ミネソタ州のオセロと言う小さな町の土木関係の責任者として信頼されていて、日夜水道管の漏れや破裂のトラブル修理に追われていた。秋には友人と鹿刈りを楽しんだ。友人は彼を親愛を持ってスミティーと読んでいる。夏には彼の家族を連れて釣りに出かけた。

その釣の旅の夜に事件が発生した。まどろみながら卑猥な言葉を叫び、壁を叩き、枕を殴りつけた。時々、妻のディーの背中を殴り、髪の毛を捕まえた。ある晩には、夢の中で傷ついた鹿を苦しみから救おうとして彼女の手首に重症を負わす所であった。「全く寝た気がしなかった。夢の中で彼がわめき始めると直ぐこぶしを振りまわした」とディーは言う。

数世紀前であったら彼は悪魔払いの儀式を受けた事であろう。1960年代なら怒りを抑圧した為だとして、精神科医は精神分析を薦めていただろう。しかし過去20年間に、この睡眠時随伴症研究が大きく進歩した。睡眠時随伴症の1つにレム催眠行動障害があり、患者は夢を現実に演じる。スミス氏に起きていたのはそれであり、1987年ミネアポリスのミネソタ地域睡眠障害センターでレム催眠行動障害と診断されている。

最近の研究によると睡眠時随伴症は考えられていたより多く発生しているのが分かった。大半は治療で軽快し精神疾患とは関係がない事が分かっている。一方眠りと覚醒を定義しようとするとかなり難しい事も分かって来た。睡眠時随伴症の中でも最も研究されたレム催眠行動障害は、次第に体の病気と関連しているのが判明した。

例えば、6月に開かれたAssociated Professional Sleep Societies の年次会合では、ミネソタ睡眠障害センターの精神科医であり研究幹部でもあるカルロス・H・シェンク氏と、神経学者であり臨床部門の責任者のマーク・W・マホワルド氏が次ぎのように報告している。彼等が診断した26人のレム催眠行動障害の内17人がその後パーキンソン病を併発したと発表した。スミス氏も2001年にパーキンソン病を患っているのが分かった。メイヨークリニックはレム睡眠行動障害と神経退行病(痴呆症の一種であるびまん性Lewy小体病と多系統萎縮症)が関連しているのを突き止めた。

レム睡眠行動障害とパーキンソン病の関係が明らかになったのは、今から20年前にドナルド・ドルフと言う引退した雑貨屋さんがシェンク氏の所に来た時に始まる。彼は夢を見ながら激しく動き回る症状を訴えた。夢の中で彼はアメリカンフットボールのクォーターバックを演じて、寝室の化粧ダンスに頭から突っ込んだ事もあった。

シェンク氏は早速彼を研究室で調べた。すると彼の暴力的行動はレム睡眠の最中に起きる事が分かった。レム睡眠とは人間では睡眠の20−25%を占めていて、その最中には眼球が頻繁に動く。夢もレム睡眠の最中に現れる。彼の脳波図を調べるとレム睡眠中の脳波は起きている時のそれに近似していた。

レム睡眠の最中、脳は筋肉に運動を起こすシグナルを送る。健康な人ではレム睡眠時には他の回路から別のシグナルが出されていて、運動が実際起きないようになっている。即ち脳神経細胞から神経伝達物質が送り出され、体中の筋肉を麻痺させている。この中でも横隔膜と、耳の小さな筋肉、眼球を動かす筋肉は例外でレム睡眠時でも動く。

ドルフ氏の場合は、寝ている時レム睡眠麻痺が上手く働か無いと判明した。他にも4人の御年寄り患者が同様のレム睡眠麻痺不全が起きている事が分かった。シェンク氏は1986年、人間のレム睡眠行動障害として最初に発表した。事実、患者はレム睡眠の最中、フランスの睡眠の権威であるミッシェル・ジュベが1960年に発表した実験動物のような動きをしていた。

レム睡眠が脳の如何なる部位の活動で起きるかを特定する為に、ジュベ等は猫の脳幹にあるポンズと呼ばれる細胞を破壊した。すると破壊されたにも関わらずその猫はレム睡眠を始めた。しかし静かに寝るどころか立ちあがり、あたりを見まわして想像上の獲物を襲おうとした。

ペンシルバニア獣医大学のエイドリアン・モリスンによると、レム睡眠の最中に起きる覚醒行動はポンズ細胞のどの部分が破壊されたかによると述べている。例えば、破壊が扁桃体から伸びている神経路に及ぶ場合はその猫は人間にも他の猫にも襲いかかる。

ドルフ氏及びスミス氏が示すようにレム睡眠行動障害を患う人の80%が男性であり、中年以上の年配であった。彼等は起きている時は優しい人達である。患者の多くはレム睡眠以外の睡眠時にも足をリズミカルに動かしているのが観察されている。彼等の多くが激しく動き出すかなり以前、異常に鮮明な夢を見ている。夢の中で何かに驚かされたり、攻撃されたり、スポーツに夢中になっていたりする。例えば上司が手斧を持って襲って来たとか、ライオンに追いかけられた夢である。夢から覚めて、妻を守ろうとしていたつもりが妻を殴りつけているのを発見したりする。

患者は夢の中で取った行動を全く思い出せない場合も多い。例えばスミス氏が狩りに出かけた時であるが、いきなりベッドから起きてアメリカ国家を斉唱した。一緒に寝ている友人達を驚かせたが、彼は何故夢の中でそんな事をしたか思い出す事が出来なかった。

ポンズ細胞の破壊で起きるレム睡眠行動障害は人間では発見されていないし、未だレム睡眠行動障害が後に神経退行病を引き起こすとははっきり断定されていない。しかし多くの研究から、レム睡眠行動障害が神経障害に関連しているのが分かった。例えば最近発表されたカリフォルニア大学ロスアンジェルス校のジェローム・シーガル氏の報告によると、パーキンソン病との関連を示す結果となっている。

脳の深部中央のポンズ細胞の少し上の部分は筋肉の運動を抑える重要な役割をしているとシーガル氏は言う。例えばネズミでこの部分に障害を起こすとレム睡眠の最中に人間で起きたレム睡眠行動障害と同じ筋肉運動を起こす。この部分はパーキンソン病と関連のある細胞(パーキンソン病ではこの細胞に障害が起きている)に位置的に大変近くそれに接続もしている。

「パーキンソン病とレム睡眠行動障害が関連していると言う前提で言えば、パーキンソン病で起きる神経の破壊が筋肉の運動を抑制している部分にまで広がって障害を起こしているか、あるいはその逆もあり得るだろう」とシーガル氏は言う。

この種の睡眠障害患者の脳スキャンを取るとパーキンソン病の発病を示す兆候を示している。2000年にミューニッヒ大学のイロンカ・アイゼンセール氏はレム睡眠行動障害患者にパーキンソン病の徴候を発見している。レム睡眠行動障害の患者の脳スキャンを取ると、他の神経関連病をしめしてはいないのにストリエイタム(脳中央のパーキンソン病を起こす部分)で神経伝達物質であるドーパミンを搬送する酵素の減少が見られた。

最近ではプロザック、ゾロフト等のSSRIと呼ばれる抗鬱剤がレム睡眠行動障害に似た現象を起こしているのが報告されている。1992年、ミネソタの睡眠障害クリニックが鬱病と強迫行為の治療でプロザックを服用した41人の患者の内、20人が浅いノンレム睡眠中に眼球運動を起こしていた。これを専門家はプロザック眼球運動と読んでいる。ある患者ではプロザックを止めてから19ヶ月も経つのに未だこの眼球運動が止まっていない。

他の報告ではプロザックを服用している患者の中に覚醒あるいは睡眠時に筋肉の痙攣や運動が認められた。ボストンにある女性専門病院の睡眠障害センター責任者であるウィンケルマン氏は、SSRIを服用している人がレム睡眠行動障害を併発している例を数多く見ている。「数人の人がベッドから飛び起きているのを見た」とウィンケルマン氏は言う。この副作用がどれほど頻繁に起きているか、又何を意味するか今は分からない。又他の薬剤であるバルビツール酸塩や覚醒剤もレム睡眠行動障害を引き起こす可能性がある。その為専門家は医師にこれら薬剤を処方する時に注意を呼びかけている。

「薬は大変効果がある。しかし医師は薬を処方する時に患者に十分副作用も説明すべきである」とマホワルド医師は言う。一方、ある種の精神薬は睡眠障害を治すのに有力である。例えばセロクェルという薬が有効な時もあるとブーブ医師は言う。スミス氏の場合はクロナゼパムと言う精神安定剤が有効であったしスミス氏自身もその即効性を認めている。クロナゼパムはシェンク氏その他の専門家もレム睡眠行動障害に有効であると言う。

レム睡眠行動障害は暴力を伴う睡眠時随伴症であるが、夢遊病も家族をナイフで刺したり、子供に乱暴したり、3階の窓から飛び出したりする。夢遊病は覚醒が不完全であったり熟睡のノンレム睡眠状態あるいは緩慢波睡眠からの部分的覚醒状態にある時が多い。夜間性乖離性障害と呼ばれる睡眠障害では、患者は夜間ベッドから起きだし肉体的性的虐待を再演する。時には剃刀で自分を切りつけたり壁に頭を打ち付けたりする。朝起きると彼等は睡眠中の行動を何も思い出せない。

まどろみながらの暴力話しはギリシャ時代に遡る。ホーマーのオデッセイの中でオデッセイのメンバーの中で一番若いエルペナーは、泥酔の眠りから突如目を覚まして家の屋根に登り歩き回り落下して首を折っている。19世紀のスコットランド人で、1歳半の自分の息子を壁に叩きつけて殺したサイモン・フレイザーは、夢の中で野獣が子供に襲いかかって来たので助けようとしたと述べている。

近年では殺人事件で被告が睡眠を理由に挙げて無実を訴えているケースがある。カナダ人のケネス・パークの場合、夢遊病状態であったとして無実の判決を受けた。彼は1987年の5月に妻の実家に向って25kmを車で走った。その後、義理の母を殺して義理の父に瀕死の重傷を負わせた。このケースでは睡眠と覚醒の境がはっきりしない状態で犯罪が行われたのだろうとマホワルド氏は言う。

神経生理学的に脳を詳しく調べると、一般の人でも睡眠から覚めて1時間位は脳には睡眠状態が残っているらしい。この場合、脳波図は既に覚醒状態を示している。「多くの人は脳は1つの状態に統一されていると考えているが、それは正しく無い。脳内ではある部分では覚醒していて、他の部分では眠っている事がよくある」とマホワルド氏は言う。



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