2014年3月31日 |
1986年のある日に、44歳になる女性がマサチューセッツ総合病院に心臓に異常を感じて入院した。彼女にとっては特に変わった日ではなかったが、午後から胸に強烈な痛みを感じ、その痛みは左の手にまで拡大していた。典型的心臓発作の症状であるが、奇妙な事に彼女の冠動脈には異常は見られなかった。
一見普通の心臓発作に見えるが、トーマス・ライアンとジョーン・ファロンは、The New England Journal of Medicine誌に掲載されたケースを引用しながら、原因は激情による心臓発作であろうと説明した。彼女は発作の直前に自分の17歳の息子の自殺を知ったのだ。そのあまりのショックで心臓発作を起こしたらしい。この型の心臓発作は必ずしも珍しくもないが、従来、専門家は見逃していた。 キャスリン・バウアーとバーバラ・ナッターソンが書いた”ズービキティー”によれば、今まで感情と心臓病の関係は、癒しの水晶かホメオパシー程度に考えられていた。医者は動脈中のプラークや、血栓、大動脈破裂のような目に見える障害に注目していたからだ。だが、強いストレスが心臓発作につながる例は、数十年も前から動物に起きているのが分かっている。 それを知っていたのは、野生動物の研究家や獣医であった。 動物が外敵に遭遇すると、アドレナリンが多量に血中に分泌され、体を回り毒として作用する。動物の筋肉即ち心臓を傷める結果となり、心臓麻痺を起こしてしまう。これを”捕捉性筋疾患”と呼ぶ。 1974年、雑誌ネイチャー誌に、動物の突然死を防ぐ方法を提案した手紙が掲載された。以前から、専門家は、動物保護のため捕獲調査する作業が皮肉にもその動物を死なせてしまうことに気が付いていた。 今まで動物の突然死が報告された例には次のものがある。 ヘラジカ、プロングホーン・シープ、シカ、シロオリックス、アンテロープ、ムンチャク、バイソン、ガゼル、ジュゴン、野生七面鳥等。 以後その種類は増えて、ダイカー、アラビアオリックス、イルカ、クジラ、アヒル、ヒメノガン、ヤマウズラ、カナダカワウソ、ツル、コウモリ、水辺を歩く鳥類、スローロリス(アジアに生息する小さな霊長類)等が報告されている。心臓発作を起こしやすい動物としては、小さな哺乳類、有蹄類、鳥、小さなな霊長類が挙げられる。 1990年代の半ばから人間についても、強い心の衝撃が生理学的変化を及ぼすとする報告が出始めた。1995年にジェラミー・カーク、シルビー・ゴールドマン、レオン・エプスタイン等が、イスラエル国民の死亡例を調査したところ、1991年の1月18日に心臓発作で死ぬ人の数がその前後する日より断然多かった。 1991年の1月18日は湾岸戦争が勃発した日であり、イラクから18発のミサイルが飛んできた日でもあった。この調査では、ミサイル爆発で死んだ人を含んでいない。 Journal of the American Medical Association誌には、差し迫った死の危険が人々の間に広まっていると書かれている。実際、毒ガス攻撃に備えるために、ガスマスクやアトロピンを含む注射器が国民に配られた。各家庭は部屋を密閉し、新聞テレビは国民一人一人の国防の心得を説いた。この不安はある人には耐えがたい水準に達していたのだろう。 ジェラミー・カーク等に続いて翌年には、1994年1月17日に発生したロスアンジェルスの地震と心臓発作の関係を調べた研究が発表された。1994年1月17日の午前4時31分、マグニチュード6.8の地震がロスアンジェルスを襲ったのだ。 The New England Journal of Medicine誌に掲載された研究によると、この地震の後、急激に心臓発作による死亡数が上昇した。イスラエルと同様に、外傷による死は含まれていないから、原因は明らかに早朝に起きた地震の衝撃に原因している。ただ、もともと心臓に問題があった人たちが亡くなった可能性もある。 1990年代に日本の研究者が、左心室の肥大が、たこつぼに似ていることから、ストレス性の心臓発作を”たこつぼ心筋症”と名付けた。しかし、2005年に初めてストレス性心筋症の言葉が文献に現れるようになったのを見ると、それまで依然として専門家はこの現象に注目していなかったことになる。 普通、悲しみや人からの拒絶が直ちに我々の体に影響するとは考え難いが、激烈な感情が時として体に大きな衝撃を与え、一気に死に結びつく可能性があることに気が付いた。 カリフォルニア大学心臓学教授のナタソン・ホロウィツ氏は、ロスアンジェルス動物園の獣医師と情報を交換した後、捕捉性心筋疾患と、たこつぼ心筋症を同列に置くことにした。 本”ズービクィティー”の中でナタソン・ホロウィツは、人間に起きるストレス性の心臓発作と、動物に起きる捕捉性心筋疾患が同じものかどうかを問うている。 野生の生物学者、獣医師が何十年も前から知っている事実を今頃認めるなんて情けないことだ。人間と動物は見かけ以上に共通していると認める必要がある。 ダンスをすること、民主主義の原則を守ること、異性を香水で誘惑すること等、動物と人間には共通点は沢山あり、それ等は我々の遺伝子の中に組み込まれている。 人間は世界を支配しているが、動物系図の中ではホンの小さな分枝に過ぎない。人間の傲慢さにより、動物から学ぶことを忘れたとしたら恥ずかしいことだ。 脳科学ニュース・インデックスへ |