記憶訓練は海馬を大きくする

2011年12月8日 サイエンスデイリーより

最近発表された”Current Biology”誌の報告によると、大人の脳も学習により構造が変化することが分かった。生涯学習の重要性を指摘すると同時に、脳梗塞など脳障害のリハビリの可能性も出てきた。

既に知られているように、ロンドンのタクシー運転免許を取得するにはロンドンの数万の通り、その特有な地形を総て覚える必要がある。この知識取得には、おおむね3年から5年を要し、何回も厳格なテストを受けなければならないが、残念ながら受験者の半分しか合格しない。この大変ユニークな制度を維持しているのは世界でもロンドンだけであろう。

ロンドン大学のイレーナ・マグアイアー教授等の研究チームは、タクシー免許取得に成功した人達の脳の構造を研究し、後部海馬の灰白質の量が増加しているのを発見した。しかし前部海馬では灰白質の量が少なくなったと報告している。灰白質とは神経細胞であり、ここで情報を処理している。免許取得者は町並みの記憶には良い成績をおさめたが、視覚情報の記憶では少し成績が落ちていた。報告は、脳の構造的変化はロンドン市内を運転してその細かい路地を学習した結果起きたと指摘している。

マグアイーとキャスリン・ウーレットは、79人のタクシー訓練者とそれとは関係のない31人の人達の脳をMRIを使って調べた。同時に記憶テストも実施した。79人の訓練者の内39人がテストに合格したから、合格者、非合格者、そして一般の人の3つのグループを調査することになった。
研究を始める前に被験者総ての脳を調べて前部海馬、後部海馬にグループごとの意味ある違いがないことと、記憶テストの成績の大きな違いがないのを確認している。

3年から4年後に、タクシー免許取得に成功したグループとテストに失敗したグループの脳の構造を調べたところ、後部海馬に大きな違いがあった。免許に成功したグループは研究を開始する以前に比べて海馬の灰白質の量が増していた。それに対して失敗したグループやタクシーに関係のないグループでは、変化がなかった。

記憶力のテストでは、タクシー免許を求めるグループはタクシーと関係ないグループに比べて断然良い成績を示している。しかし、タクシー免許取得に成功した人達は、視覚情報を思い出すテストでは他の人達に比べて成績が悪かった。

「人間の脳は大人になっても可塑性を保つのが今回の研究で分かった。即ち我々は何かを学習するときに脳自身を変化させることが出来る。これは年を取っても新しい技術を身につけられるのだという勇気付けられる結果だ。ここでテストに合格した人達は失敗した人達に比べて生まれながらの可塑性に富む脳をもっていたかと言う、生まれか育ちかの疑問に戻ります」とマグアイアーは言う。

ねずみの実験から、ねずみが努力して何かを達成すると、新しい脳細胞が生産され、その細胞が長く存続するのが確かめられている。海馬は脳の中でも唯一新しい細胞が生産されている場所である。あるいはテストに合格したタクシー運転手は、既に存在する細胞間のシナプスを増加させているのかも知れない。

「今までにロンドンタクシーの運転手の海馬が大きいという報告があったが、イレーナの研究でそれが確実になった。過去、大人の脳が記憶訓練で構造が変化するのを調べた報告は大変少ない。我々の脳は学習により実際変化するのだ」とロンドン大学の神経科学と精神衛生部長のジョーン・ウィリアムズは言う。



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