人間の感情とは

2002年10月8日
 
あるさわやかな午後、ニューヨーク大学の神経科学科教授であるジョセフ・レドックス氏が、大股でグリニッジヴィラジにあるコーネリア通りキャフェ内の演壇に登った。そして、彼の最新作である”シナプスの自己:脳と人格”を朗読した。驚いた事に、聴衆である大学院生、出版会社幹部、科学者達は、まるでロックスターのように彼を歓迎した。

今、脳科学の分野ではレドックス氏は
大変注目されている。彼の研究と著書により、人間の脳の研究は大きく変わろうとしている。今までは、感情とか無意識と言うような捉えることが難しい心の要素は脳科学では取り上げられなかった。所が彼の研究室では、脳が感情にどう関わるかを新しいアプローチで迫っている。

彼の研究では感情を経験として扱うので無く、処理のプロセスとして見つめた。そこから彼は心の領域に向けて新しい道を開いた。「私は今、心を如何に定量するかを研究している所です。心のある部分を定量化すると、そこから更に奥が見えてくる」とコーヒーを飲みながら、ある朝、語っている。

質問:先生は著書の”シナプスの自己”で我々の心はシナプスにあると言っていますが、何故、人間の本質的部分が、神経細胞同士の微小空間であるシナプスに存在していると言うのですか。

レドックス氏:シナプスは脳神経細胞間の微小空間です。でも、単なる空間でなく、この空間を通して細胞同士が連絡を取り、結果として脳の機能即ち記憶、感情、思考等が形成されて行きます。

シナプスは脳の機能の根幹であるから、人の人格もここに存すると言っても間違いありません。それ以上に、シナプスとは情報を蓄えておく場所でもあります。情報とは遺伝子によりコード化されたもの、あるいは我々の経験、記憶によりコード化されたものを言います。

人格に戻ると、遺伝子と我々の経験は共同でシナプス中に回路を作成する作業をしています。だから、我々は遺伝子と経験の賜物であると、私は言います。即ち我々の心はシナプスである分けです。でも、我々の人格の本質が、ある特定のシナプスにコード化されている、とは言いません。人格はシナプス結合の産物ではあるが。それは膨大な結合複合体でしょう。

質問:何故このシナプス理論が画期的なのでしょうか。

レドックス氏:科学では、ある物を前進させるには先ず問題を定義する必要がある。心理学のコンセプトは、我々の脳科学と合い入れません。例えば、超自我、自己愛、尊重、実現等を脳神経細胞のレベルで説明するのは難しいでしょう。

この問題を解決する為には、新しい方法を見出さないとならないと感じました。私はこれを2つの角度から掘り進めました。1つは下から上へです。シナプスが遺伝子と経験に重要に関与するなら、シナプスを研究すれば心理のからくりを神経細胞レベルで説明出来るであろうと考えた分けです。

もう1つは上から下へです。もし記憶と言うものが自己を維持するのに大変重要であり、記憶のメカニズムが充分解明されているなら、記憶からシナプスと自己との関係に研究が及ぶはずです。

質問:この考え方が確立されるまでどんな研究をされたのですか。

レドックス氏:私の仕事は感情記憶のメカニズムでした。ある種の無意識記憶ですが、脳内では扁桃体と呼ばれる部分で形成されています。ネズミを使った恐怖、強い精神的衝撃を与える実験から、記憶形成に関わる特別なシナプスを発見しました。人間でも同じ回路が関与しているとされています。

質問:先生のご専門の1つに感情の生物学がありますが、最近までこの種の研究に対して、専門家の間でも偏見がありませんでしたか。

レドックス氏:当然ありました。我々は長い事、心を研究出来ませんでした。行動主義者達は心に関する研究に対して、全てノー、ノー、ノーの一点張りでした。彼等に取っては目に見える行動のみが心理学の対象だったのです。

私は心の科学が是非必要であると感じていました。何故なら、従来の心理学では、認知は認知についてであり、感情は感情についてでありましたが、心とは本来両方を考えないと行けないでしょう。

質問:MITのコンピューター科学者であるマービン・ミンスキーが心について語っていますが、簡単に言って、我々の脳は基本的に化学物質とスイッチの集合体であると述べていますが、先生はそれに同意しますか。

レドックス氏:正しくその通り。我々の脳は化学物質と電気信号を持つ肉塊に過ぎない。心はそこから特化したものでしょう。そして今までの所、脳がどのように心を作り出すか未だ分かっていない。今まで分かっているのは、脳にはニューロンと言う神経細胞があり、その細胞間にはシナプスと言う微小空間があり、片方の神経細胞から神経伝達物質と言う化学物質が電荷を持ってもう一方の神経細胞に発射される。受け取った細胞では、やはり同じように近くの細胞に信号を送る。もし心が脳により作成されるなら、心と見なされるものはこの単純は電気的、化学的プロセスにより作成されると言って良いでしょう。

質問:肉と言えば、先生の家族は肉屋さんと言うのは本当ですか。

レドックス氏:ええ、そうです。お父さんが肉屋さんでした。そこでの私の仕事は、牛の脳から膜を引き裂いて取る事でした。今でも忘れられないのは、牛の脳から銃弾を抜き取る作業でした。牛は射殺されていた分けです。銃弾を取り出しながら考えたのは、撃たれた時、牛の心はどうなのであろうでした。

質問:その後、どのようにして神経科学の道に進まれたのですか。

レドックス氏:私の経歴が全て脳科学であった分けではありません。マーケッティングの学位を取っていますが、その理由は、両親が私に経済を学ぶよう願ったからです。でも、ビジネスには興味がありませんでしたから、修士では市場と消費者心理を学びました。その時に、今は亡くなられたルイジアナ州立大学のロバート・トンプソン先生のコースを取りました。先生の研究室で仕事をして出版もしました。先生は私をニューヨークにあるストーニー・ブルーク大学の大学院に行くよう、真剣に勧めました。それがこの脳科学との出会いでした。

質問:
脳と心を学んでいる時に、ご自分の脳がどう動いているかイメージした事がありませんか。

レドックス氏:時々ありました。特に何か驚いた時がそうです。例えば茂みを歩いていた時に、いきなり地面に何かおかしいものを発見した時などがそうです。私の脳の扁桃体が、地面の曲がった物体を見て反応したのだと考えたものです。良く見ると単なる棒であり、蛇ではない。そして又歩きを始める。私は脳のプロセスをメージ化していた分けです。

質問:先生は脳科学者とは宇宙飛行士に似ていると考えませんか。何時も全く違う世界に入っていくのでは無いですか。

レドックス氏:いえ、そうでなく、むしろ深海探検に近いですね。脳を研究をしていると、広い空間に出るような感じにはなりません。より狭い空間に入っていく感じです。丁度、深海艇に乗って真っ暗な海の底に行き、小さな生き物を発見するような雰囲気です。面白い事に、脳科学をやっていて限界を見た事がありません。何かを発見するとそれを理解しようとする。でもそれは表面を少しかすったに過ぎないから又次ぎの疑問が出てくる。

質問:最近の数年間に、著名な物理学者や遺伝学者が脳科学に移って来ていますが、どうしてこのような異なる部門の科学者が脳科学に興味を覚えるか、どうお考えですか。

レドックス氏:異なる分野の学者が脳科学に移動して来るのは、やはりそれほど脳科学が魅力的で未知に満ちているからでしょう。ジェラルド・イーデルマンとかフランシス・クリック等が脳科学の研究を開始していますが、彼等は頭脳優秀な人達です。もっと、どんどん参入して来るべきでしょう。大変面白くなりました。



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