悪循環を発生させるのは脳自身
 
2009年8月17日
住宅バブルが破裂して同僚の会社員が突如として行方不明になったり年金プランの401Kが危ういとのうわさが流れると、貴方も正常でいられないだろう。不安は自己増殖して押しつぶされそうになるが、まあ安心してください。状況認識が十分にあるということです。

慢性ストレスが血圧を上げて動脈を硬化させ、免疫を弱体化させ、糖尿病やら鬱病、アルツハイマーにかかり易くさせるの報告が相次いでいるが、最近の研究によると、激しい不安は脳の配線に変化を与え、無駄な繰り返し行為に走る可能性を示している。

ポルトガルのミンホ大学の生命健康研究所のヌノ・ソウサ氏等は、今年の夏の研究発表で、ストレスをかけたねずみが何時もの融通性と敏捷さをなくして、食べる意思もないのに食事ボタンを押し続ける動作を示したと述べている。

動作の変調を起こしたねずみの脳の回路には変化がおきているのも分かった。このねずみの脳では、高度の判断をする部分が萎縮して繰り返し同じ動作を命令する脳部分が拡大していた。

言わば、ストレスを受けたねずみは食事がある下水管を探す工夫よりまったく無駄と思える繰り返し行為をしたわけだ。「ねずみはストレスをかけると決まりきった動作に陥りやすい。別の動作で餌が得られるのにこの無駄な動きが停止できなくなっている。悪循環ですね」とソウサ氏は言う。

スタンフォード大学の神経生物学のロバート・サポルスキー氏は「我々人間にも当てはまる。我々もストレスがかかると悪い癖にはまる傾向がある」と言う。

「ストレスがかかると、我々は問題解消能力が失われているのに気がつかなくなるのですね。普通は5回ほどやって駄目なら何か新しい方法を試みます」とサポルスキー氏は言う。

一般的には忍耐力は成功に欠かせない条件ですが、それも度を越すと忍耐力どころか止まらなくなった病気ということになる。「もし私がモダンダンスを志して練習を開始したとする。5回位やって上手くならなくても通常はもっと練習をしろでしょう。しかし12,000回も繰り返してもモダンダンスが自分には合わないと気づかない場合もある」。

幸いにもストレスによって生じた行動の変化は元に戻る。実験ではねずみに、4週間に渡って電気ショックやら、攻撃的ねずみとの同居、あるいは水攻めを施した。その後に正常なねずみと行動を比較すると、ストレスを与えられたねずみは、ボタンを押して餌を得る行動には正常なねずみとの差が無かったが、必要以上にボタンを押し続ける傾向が見られた。

しかしストレスを与えられたねずみも4週間の回復期間の後では普通のねずみと殆ど変わらない回復がみられた。高度の判断をする前頭前野皮質のシナプスの萎縮は元にもどり、繰り返し行動を誘発する知覚運動分野の線状体の拡大は影を潜めた。

ロックフェラー大学神経内分泌学のブルース・マックイーン氏によると、この研究は我々の脳神経の大変な柔軟性を示しているという。「脳は適応性と回復力のある組織です。シナプスと言い、樹状突起と言い、引っ込んだり新しく発生したりして脳の再構築は生きている限り起きている」と氏は言う。

ストレスは現代社会では切っても切れない関係ですが、我々の体のストレスに対する反応は古代からあまり変わっていない。反応の基本的構成である神経やホルモンを分泌する臓器の動きは金魚やイモリとあまり変わらない。

ライオンから逃げる、獲物を追う、木をかわす、病気に対抗する等、ダイナミックに変化する環境に我々が適応するにはストレス反応が大変重要になる。我々の体は日常、コルチゾルやアドレナリンの分泌を調節しながら環境に対処し、シトキナーゼによる炎症反応で怪我、細菌の感染に対処している。ホルモンが分泌されると当該の臓器が反応して血圧は上下し、心拍が変化し、消化器の蠕動運動が変化する。

アロスタシス(allostasis)と呼ばれる環境変化に対する動的適応反応は、血液のpHレベルや酸素濃度を一定の狭い範囲に保とうとするホメオスタシス(homeostasis)に比較される。

残念ながら我々のストレス反応は度を越すと逆に破壊活動になってしまう。どの動物でも危機に瀕すると交感神経が興奮して”戦うか逃げるか”の反応を起こす。しかし、一度危機が去ると副交感神経が働いて興奮を収め興奮を元のレベルに戻す。

人間では考えすぎるために、通常の人間関係から余計な不安を感じ取ってしまう。この不安も蓄積すると全体のストレス反応のバランスを狂わす。度を越したストレス反応は体を危険に追いやる。例えばこれから走る場合は血圧が上昇して当たり前であるが、高い血圧が常時になるとあらゆる病気の原因になる。

では何故ストレスに苛まれた脳が繰り返し動作を誘発しやすいのであろうか。多分我々がストレスを受けたとき、手元の危機に注意を集中するために複雑な行動を出来るだけ避けて、自動的行動に走るのであろう。しかし繰り返し動作は無駄になりやすい。小説家のエレン・グラスゴーが述べているように、「溝と墓穴の違いはその深さだけ」だ。

今は夏の盛り。リラックスして脳の回路を調整しよう。



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