デブリーフィングの有効性


2011年7月28日号
世界貿易センタービル崩壊で人々は心に大きな傷を負ったが、その治療に駆けつけた医療チームが実施した心の医療の有効性については、各種の報告からその限界が見えてきた。来月出版される”the journal American Psychologist”誌の特集号で、数々の問題を指摘している。

まず、専門家は攻撃の後、心に傷を受けて苦しむ人の数をかなり過剰に推定していた。実施されたデブリーフィング(トローマを表現させて吐き出させる療法)も多くの場合逆効果であるのも分かった。また、テレビを見ているだけでトローマを起こすかどうかも議論になった。世界貿易センタービル崩壊がトローマ治療の改革を迫ったと、カリフォルニア大学心理学のロクセン・コーエン・シルバー氏は言う。

事故の直後、数十人のセラピスト・ボランティアが路上で倒れている人に療法を試み、消防署でも急遽、臨時のセラピストに就任し、無報酬で消防士の心のケアーに当たった。消防署も専門家の治療を受けられるように費用を補助した。
治療を受けて効果があったものもあったが、余計な負担を与えて混乱させる場合も少なからずあった。特集号の中にはこのセラピストのボランティア活動を”トローマ旅行”と表現する言葉もあった。

「ある事例を調べたのですが、セラピーを受けて改善した人は見当たらなく、反対にセラピストの気持が高揚していた。人のために働くのは気持を高揚させるものですよね」と報告を書いた一人であるパトリシア・ワットソンは言う。
その後の研究で分かったのは、従来信じられていた恐怖の感情を語らせてトローマから脱却する治療は、多くの場合事態を悪くしていた。地獄から救助しようとして逆に人を地獄に落としてしまったことになる。

その経験から、心のケアーチームはより柔軟な”心の応急措置”と呼ばれる手段を取るようになった。この措置は、患者には簡単なトローマを解消するやり方を教えるだけで、苦しい経験を再体験させるのはそれが有効と思われる時だけにした。
人々の心は思っていた以上にたくましかった。家族を失った人や崩壊するビルからからくも逃げた人が心に深い傷を負ったのは間違いないが、テロ直後の予測である被災者の35%位、およそ10万人がPTSDになるであろうの予測は多すぎた。その後の調査では最初に質問の回答に答えた人の約10%ほどがPTSDの症状を見せ、後から回答をよこした人はそれより低かった。(子供のPTSD罹患率は少し高い)

「35%は多すぎるのではと9月11日の攻撃以前にも考えらていたが、それが証明された」とコロンビア大学心理学のジョージ・ボナノ氏は言う。

もう一つは、攻撃直後から専門家もニュースも、テレビで見ている人がPTSDを起こす可能性があると警告していた問題だ。シルバー氏は、トローマの予測人数が多すぎると疑問を呈していた人であるが、彼女自身の調査からテレビを見ていただけでも起きている。「トローマは直接関わった人達以外にも及んでいます。彼等はその前から心の問題を抱えていた人達で、テレビで見ていただけでPTSDの症状が現われていた」と彼女は言う。

一方マックナリー氏は「テレビがPTSDを起こすなんて考えられない」とEメールで答えている。精神障害の診断と統計の手引き(DSM)の編集部は、テレビで見ていただけでPTSDになるようなケースを除外するかどうかを検討している。
その他にも報告は、世界貿易センター攻撃がアメリカの政治、社会を変化させたことを指摘している。一般的なアメリカ人はアラブ人に対してより偏見が増したこと、慈善活動に積極的に寄付するようになったこと、政府のテロリストに対する容赦ない行動に賛同することを挙げている。

しかしこれらの事実は別に新しくもなく、今まで歴史上起きた事件からある程度分かっていた。人々の心に大変なショックを起したが、その後新しい理論もセラピーも登場しなかった。
報告を書いたある専門家は、このようなショックに対して理論を簡単に当てはめるのは危険であると言う。ペンシルバニア大学心理学のフィリップ・テットロック氏は、諜報機関が科学者を雇い外国の指導者とテロリストの行動を予想する研究させたが、その成績は今ひとつであったと言う。

「専門家がその理論を現実に起きたトローマに当てはめようとすると数々の例外が生まれ、予想とは違う方向に行くようだ」と報告書は結論している。



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