心理療法への疑い

2004年3月9日
今アメリカには暗殺者とか寄生虫とか呼ばれている心理学者のグループが存在する。彼等は従来の心理療法を実施する側から脅迫まで受けているし、アメリカ心理学協会の次期会長などは科学的方法にあまりにも拘っていると憤激している。

しかし幾ら攻撃してもこの心理学者の一群は批判を緩めない。彼等は従来の心理療法の多くは効果が立証されていないばかりでなく一過性の流行であったり場合によっては危険でもあると主張する。

エモリー大学やハーバード大学、テキサス大学等の心理学者グループはロールシャッハ・インク染みテストのような診断方法を疑い、それを専門雑誌で述べている。幼児期の抑圧された記憶が多人格症の原因とする説や、共依存症だとかセックス依存症説もおかしいと攻撃している。又、トロウマを受けた患者からの聞き取り(debriefing)の有効性や、リプロセッシングとかEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球動作脱感作法)等の流行の療法をも批判している。

「この人達は心理学のラルフ・ネーダーだね」とボストン大学の神経症とその関連症センターの責任者であるデイビッド・バーロー氏は言う。

しかし彼らは気難し屋だからやっているのでは無い。問題は研究者と療法家の基本的違いに根ざしている。研究者はある療法が効果があるかどうかを判定するのにコントロールグループ(療法を実施しないグループ)と比較しながら判定したり、統計的手法で有効性を検証するのに対して、療法家は自身の臨床経験や直感のような否科学的手法に頼る所から来ている。

「精神医療では疑問のある療法が平気で存続したり、協会自身がむしろ擁護している姿勢を我々は問題視しているのです」とこのグループの実際的リーダーであり「ロールシャッハテストの間違い」と言う本を著した心理学教授のスコット・リリーンフェルド氏は言う。

1988年に、アメリカ心理学協会の一部学者が協会の姿勢に問題を抱き脱会してアメリカ心理学会を創設した。彼等の申し分は、協会が精神医療では支配的勢力であるにも関わらず、科学的視点に立っていないと言う事であった。この新しい会は既にそのメンバーが155,000人に達したと会長のアラン・クラウト氏は言う。

2001年にリリーンフェルド氏は彼の書いた論文で協会と対立したために協会を脱会した。氏によると、臨床の心理学者の多くは最近の科学発表に目を通していないらしい。

「医学のどの分野でもそうであるが、臨床に携わる者は絶えず最新の研究報告を見ていないとならない」と彼は言う。「最近のサーベイ結果では臨床心理学者の大半が一ヶ月一度も科学専門雑誌を見ていない。ある臨床心理学の博士課程の教育プログラムでは研究訓練そのものを盛り込んでいない」とリリーンフェルド氏は言う。「多くの臨床心理療法家は最近の研究発表を読んでいないから、かなり怪しく危険な治療を施している」と続ける。

2年前に彼は「精神医療の科学的再調査」と題する雑誌を発行した。目的は問題の多い臨床精神科医、心理学、ソーシアルワークを再調査する事である。

既に2冊が刊行されていて、その中では”自閉症の治療と調査”の中の事実とフィクションを調べ、雑誌中の論文は注意欠陥障害の治療に行われる「脳神経セラピー」が果たしてどれだけ意味があるか吟味し、ニューハンプシャーの犯罪心理学のエリック・マート氏による批評では代理ミュンヒハウゼン症候群の科学的、法的根拠を問いただしている。代理ミュンヒハウゼン症候群とは親、この場合多くは母であるが自分に注意を引きつける為に自分の子供を病気にさせる症候群である。

雑誌の冒頭で編集委員は「根拠の無い、有効性が確認されていない治療や心理テストが最近多く登場している」と警告している。「これらの中には効果の有る療法もあるかもしれないが、その適用範囲を逸脱して実行されているのは好ましくない」と述べている。

しかし、このような批判は心理療法の世界で必ずしも受け入れられている分けではない。例えばリチャード・マックネリー氏(ハーバード大学心理学教授)が抑圧された記憶やEMDR等の調査した時は、怒った療法家から脅迫文や脅迫Eメール及び電話を受けている。

「我々は科学をしているのだ。しかしトロウマの分野では科学をすると逆に怒り出す人がいる」とマックネリー氏は言う。

マート氏は”代理ミュンヒハウゼン症候群の再検証”を著しているのであるが、この症候群の診断基準を擁護する精神科医から猛烈な非難を浴びた。

代理ミュンヒハウゼン症候群について分厚い本を著した精神科医であるアラバマのマーク・フェルドマン氏は、マート氏は責められるべき母親を弁護しながら報酬を得ていると非難している。「要するに彼は金を稼ぎたいだけだ」とフェルドマン氏は言う。

マート氏は、必ずしも代理ミュンヒハウゼン症候群の母親が自分が救われる為に子供を病気にしてしまうケースを否定しないが、代理ミュンヒハウゼン症候群はその言葉が一人歩きして、条件が拡大解釈されていると氏は言う。殆どの場合は単なる医学的乱用であり、フェルドマン氏なども法廷で証言する事により利益を得ているとマート氏は同様に非難する。「代理ミュンヒハウゼン症候群の診断を擁護する側に私が立っていたら、私はもっとお金稼ぎが出来たはずである」と氏は言う。

リリーンフェルド氏はこのような非難の応酬を歓迎している。「人を批判する時は自分も当然批判される」と彼は言う。

エルパソのテキサス大学ジェームズ・ウッド氏とサンアントニオ・ウィルフォード・ホール医療センターのハワード・ガーブ氏は共同で”ロールシャッハテストの適格性”と言う本を出版したが、やはり激しい怒りを巻き起こした。怒り狂った読者はインターネット掲示板に「暗殺の試み3回に1回は弾丸を受けるに値する」と書き込んでいる。

このような過剰な反応はそんなに珍しくも無い、とリリーンフェルド氏は言う。「要するに我々研究者が療法家に指図したり、その療法を阻止したりするのが彼等に耐えられないのだ」と続ける。

彼等の怒りは金銭が絡む時に最高潮に達する。特に経済的に苦しかったり保険会社が支払いを渋る場合がそうであると専門家は言う。

神経症センターのバーロウ氏は「このような怒りに対しては多数の療法を科学的評価し、そのデータを積み上げる事により対処できる」と述べている。

専門家は心理療法も一般医学と同じように治療基準を確立すべきと主張している。療法家も客観的テストで検証された療法を実施すべきであり、従来の単なる逸話と病例史に頼るべきではないと主張する。

実際、名の有るアメリカの50の臨床心理学博士課程教育では”経験によって裏打ちされた”心理療法の訓練をしている。その中で少なくても2つの療法、即ち認知行動療法と対人療法が各種の症状に効果があると実証されていて実施要綱のマニュアルも確立されている。

療法家の中には「難しい問題を抱えた患者の治療は実験的試みでは解決できないし、従来の科学ではとても対応できない。心の治療はマニュアル本に基づいてやるような簡単なものでなく大変複雑である」と主張する人もいる。

リリーンフェルド氏等の心理療法批判グループは度を越して科学的評価に拘っている、とアメリカ心理学協会の次期会長であるロナルド・レバント氏は言う。

「彼等の科学的追及は行き過ぎだ。臨床心理学では科学そのものが未発達なのであり、当然この分野の医療にも同じ問題が存在している」とフロリダにあるノバ南東大学の心理学教授であるレバント氏も言う。

また、心理学者は責任ある医療の必要性を認識しているが、療法家は問題を矮小化しているとも氏は言う。

事実アメリカ心理学協会の年次総会でカナダから来た心理学者は「心理療法警察の支配から逃れるには」と題して講演を行ったと報告されている。協会は心理療法の科学的根拠の確立とか、あやふやで危険な療法の除去に十分な努力をしていないとリリーンフェルド氏は言う。

協会は評価されていないあるいは危険な精神医療をした会員に倫理規定を示したり、制裁を科す事に極めて否協力的であるとリリーンフェルド氏は雑誌の第1版で書いている。

協会のスポークスマンであるリア・ファーバマン氏は「我々は倫理規定もあるし、会員に倫理教育もしている。特に倫理規定遵守に関しては最大の努力をしているし、患者側からの訴えにも罰則で応じるようにしている」答えている。

このように論争は続くが、より科学的根拠を求める趨勢は今後強まる事はあっても弱まる事は無いであろう

「人は変化を嫌うのです。しかしリリーンフェルド氏のような心理学者達の努力により重要問題が明らかにされ、次第に道が開けて来るのです」とバーロウ氏は言う。


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