BBC  Future


デジャブー

BBC Future
2017年5月31日
By Pat Long

次の瞬間、公園の人々は消え、黄金の小麦畑のど真ん中で私はゴザを敷いて寝ていた。

脳腫瘍の後遺症として慢性のデジャブー状態が続くパット・ロングは、現実とは何か、デジャブーとは何かを語る。

数年前のある午後、イースト・ロンドンパークでくつろいでいる時、今まで経験した事が無い激しい目まいに襲われた。次の瞬間、公園の人々は消え、黄金の小麦畑のど真ん中で私はゴザを敷いて寝ていた。この情景は余りにも鮮やかで、小麦の穂の揺らめきの音から、空の小鳥の群れまで見える。実はこれが世に言われるデジャブ(既視感)と言うものだ。

記憶は自分を形作る基本で、揺らいではならないと我々は考える。西洋の哲学の基本を作ったアリストテレスは、生まれたばかりの赤子を真っ新なノートブックと表現し、ノートブックは成長するに従い沢山書き込まれて行くと説明している。
靴ひもを結ぶ思い出、小学校最初の入学の思い出、テレビのコマーシャル音楽から最近の首相の名前まで、記憶は自分史を作り上げ、自分自身そのものである。この記憶作業は普段、背景に後退していて気が付かないが、この作業が時々壊れる時がある。

5年前に、頭の右側に出来たレモン大の腫瘍を取り去る手術した。それ以来、私は癲癇発作を継続的に経験している。腫瘍が出来る前の自分は、30代半ばの極めて健康な人間であったが、ある日の午後、台所で激しい癲癇発作に襲われ頭をぶつけた。
癲癇発作は不意に起きる脳波の嵐だ。発作の前にはオーラと呼ばれる前兆現象がある。オーラは言わば余震で数分続く。 オーラを陶酔感とかセックスの絶頂感のように感じる人もいれば、私のように眺めが変化し、心悸亢進、不安感、幻聴が聞こえるタイプもある。

癲癇性オーラを研究した学者にイギリスの神経学者ジョーン・ヒューリングズ・ジャクソンがいる。彼は1898年に、癲癇性オーラには鮮やかな記憶性の幻覚が現れると報告している。その中で彼の患者が、「昔の情景がよみがえった、自分は不思議な場所にいる」と表現している。

私のオーラで特徴的なのは、全く住んだことがないのに以前にそこに住んでいたという感覚である。しかし。最近はあまりに既視感が強いので、何処からが真実で、どこからが幻覚か分からなくなってしまった。以前の私にはデジャブーなんて他人事であったのに、今は大小のデジャブーが日に10回も起きる。デジャブーだけの時もあれば癲癇発作と同時に起きる時もある。
今世界で5000万人の癲癇患者がいると言われているが、多くが記憶の減退、精神の変調に苦しんでいる。私も、最近は何時か本当に狂ってしまうのではないかと不安になる。それを避けるためにもデジャブーをより正確に理解したい。

ジョセフ・ヘラーが書いた小説”キャッチ22”でも、デジャブーは以前経験をしたような気味悪い現象としている。ピーター・クックは雑誌のコラムの中で「あ、これ前に見たことがあるなんて経験は、誰でも一度や二度しているのではないか」と述べている。デジャブーはフランス語で既視感の意味だ。記憶のいたずらが起こす幻覚の一種で、一般に3人に2人は経験しているから特別の現象ではない。デジャブーは瞬間に消えやすいので問題がないが、デジャ・ベキュは後に残る。デジャブーは発生と同時に脳は以前の記憶と照合して、幻覚であると判定するのに対して、デジャ・ベキュではこのチェック機能が働いていない。

クリス・モーリンがイギリス・バース市の記憶クリニックに勤務していた時、ある開業医から80歳になる元エンジニアーの患者の紹介状をもらった。彼は慢性のデジャブーとデジャベキュに苦しんでいて、同時に多少痴呆も進行していた。
彼は何を見ても既に見たようで、だから新聞もテレビも見ない。グルノーブルにある研究所にも招待しやっと来ると、始めてなのにモーリンに既に会っていると言う。しかしまだある程度の自己認識は保持していて、妻が彼に「見たことないテレビの番組の内容がどうして分かるのか」と聞くと、「分かるわけないじゃないか、頭がおかしいだけだ」と返事している。

ロンドン公園でデジャブーを経験した日、私は救急隊員に肩を揺さぶられ、ようやく現実に戻った。困るのは小麦畑で休んでいる光景が、私の記憶の履歴に残ってしまったことだ。モーリンはこれを既経験感と分類し、既視感とは分けている。
モーリンのもう一人の患者はデジャブーがあまりに激しく、記憶と幻覚の境目が分からなくなっていた。「彼女のヘリコプターに搭乗したデジャブーは傑作で、実際かどうかを頻繁に確認をするものだから、事実の経験になっていた」とモーリンは言う。
モーリンはエンジニアーの患者に会って以来、デジャブーの研究を更に推し進めた。しかし、研究しようにも、過去には見るべき研究はなく、自身で癲癇患者や記憶障害の患者に会って調べるしかなかった。デジャブーは稲妻のように現れて消えてしまうので、モーリンの目の前での再現は諦めた。

19世紀にエミール・ブワラックと言う心霊現象を研究する人がいて、彼はビクトリア時代の千里眼を研究していた。その彼が、1876年、初めて訪れた町で経験したデジャブーをフランス哲学誌に語っている。ブワラックはデジャブーと言う言葉を最初に使った人であるが、彼によればデジャブーは精神的エコー現象で、新しい町で見た情景が過去の忘れていた記憶を呼び覚ましたのではないかと言う、当時としては妥当な見解を述べている。

1901年に出版された”日常生活の精神病理”でジークムント・フロイトは、言い間違いには無意識的願望が潜むと説明している。フロイトは、ある女性患者が始めての家の訪問なのに、入るなりその家の間取りを説明出来たと述べている。 これは既に訪問済みと言う意味のデジャ・ヴィジテと言う症状であった。
フロイトはデジャ ヴィジテ経験は、抑圧された感情のほとばしりと説明しているがそうであろうか。フロイトは人は母の性器に対する思い込みが強いと説く。しかしそれでデジャブーを説明するには無理がある。フロイトのデジャブー分析は、極めて心理分析的で、脳エラー説が主流の現在では受け入れられないであろう。

最初に納得出来るデジャブー説明をしたのは、南アフリカの神経精神学者であるバーノン・ネッペである。1983年に彼はデジャブーとは、瞬間に現れる過去の情景と表現していて、デジャブーを20のタイプに分けて説明している。

人々のデジャブーの知識もまだ初歩的で、1991年のギャラップ調査ではデジャブーに関する質問は、星占い、超自然と同列であった。デジャブーを地球外生物による誘拐、あるいは念力と同じ程度に扱っている。エミール・ブワラックのデジャブー研究以来150年経ち、時代は変わり、現代は神経科学者のリード・モンテーグが言う所の”湿ったコンピューター”である脳のエラーとして考え始めた。

哺乳類は一対の海馬と呼ばれる器官を脳の底部に持つ。海馬とは海に住むタツノオトシゴであり、海馬=Hippocampusはギリシャ語に由来していて、しっぽをくるっと巻いたタツノオトシゴに似ている。この奇妙な格好をした海馬の機能が分かり始めたのは、近々40年に過ぎない。以前は、記憶とは一か所に整頓されたファイルのようだと考えられていた。しかし、1970年代に神経科学者のエンデル・タルビングによりこの考えは否定された。彼によると記憶は2つのグループに分けられる。

2つのグループとは意味記憶とエピソード記憶であるが、タルビングが言う所の”意味記憶”は一般的記憶で、個人の経験ではない。”エピソード記憶”は、これに対して個人の生活の記録である。例えば、自然史博物館はロンドンにあると記憶することは意味記憶であるのに対して、そこに小学校5年の時に行ったと記憶するのはエピソード記憶になる。タルビングはエピソード記憶と言うものは、脳全体にバラバラに収納されていて、必要な時に集められると1983年に述べた。これは、我々が昔を思い出して記憶をたどるのに似ている。

多くのエピソード記憶は海馬とその近くの脳から集まる。つまり、海馬は図書館の司書の役割をしていて、既に処理済みの情報を側頭葉から引っ張り出したり、入った情報に索引をつけて側頭葉に送り込む仕事をしている。海馬は情報を整理する時、類似性、親しみやすさで分類しているのだろう。例えば博物館関係の情報は、その類似性で一か所に置き、将来の記憶の呼び出しに備える。私のデジャブーを引き起こす癲癇発作は、明らかに右耳後ろに出来た腫瘍に原因し、ここは記憶の脳であり、エピソード記憶の収納場所である。

アラン・S・ブラウン教授はその著書”デジャブー経験”で、デジャブーは癲癇ばかりでなく、一般的なストレス、疲労からも起こると説明している。私のデジャブーは、手術後の長い回復過程、即ち、アヘンを使った鎮静状態の、うつらうつら状態の中で始まっている。ブラウンはいわゆる分裂認知論の提唱者である。この理論は最初1930年代にエドワード・ブラッドフォード・ティチュナーに提唱された。分裂認知論とは、ある人が大通りを渡りながら、突然店のショーウィンドウが気になり、何故自分は今道を渡っているのか自問し始める。この場合、脳は一つの動作を処理しながら二つを考えていて、これを分裂認知論と言う。

もう一つの考えは、ボストンの退役軍人病院に勤めていたエフロンにより1963年に発表された、”脳の情報処理エラー説”である。脳の側頭葉では情報を処理する時に時刻ラベルを各々の情報に貼り付けて、取り出しに備えている。時々この時刻ラベルの作成が遅れて、今見ている情景と過去の情報との違いが分からなくなる。これがデジャブーであると説く。

しかし、ブラウンとモーリンは、海馬でのエラーは時刻ラベル作成のエラーでなく、馴染み、親近感で判断する際の処理エラーではないかと考える。癲癇発作前に起きるデジャブーは、海馬の活動の障害が原因とブラウンは言い、私が腫瘍を摘出した場所も右側の海馬の近傍であった。

デューク大学心理学、神経科学研究室は、海馬が記憶をグループ分けするときに起きうるエラー調べるためにテストを実施した。この実験では、デューク大学とダラス南部メソディスト大学の学生に参加してもらい、大学の寮、図書館、教室の写真を学生に見せた。1週間後に学生に同じ写真を見せるが、実は新しいものを紛れ込ませている。学生に写真を見せると、一部の学生は行ったことがあると答えた。その写真は別の大学の写真であるのに、行ったことがあると反応する。脳は写真を見て、過去の記憶を呼び戻してしまったのだろう。

2006年にモーリン等は、実験的にデジャブーを起こすのに成功している。脳は馴染みがあるかどうかで判断しつつ、環境を監視しているが、たまに記憶回復操作を誤って、間違った復元をすることもあり、それがデジャブーではないかとモーリンは結論する。特に側頭葉に障害が発生している私では、今見ているものが初めてかどうか判定できなくなって当然だ。

では、どうして健康な人もデジャブーを経験するのか。健康な人もデジャブーは年間数回経験する。「人は疲れ、ストレスでもデジャブーを経験するし、室内で友達と歓談している時、あるいは単にくつろいでいる時にも起きる。午前より午後、週末に起きやすい。大体10秒から30秒で終わる」とブラウンは言う。夢を思い出せる人にデジャブーが多いと言う人もいる。若い人に起きやすく、性差はない。若くて旅行をする人、収入が多く、リベラル思考の人がデジャブーを経験しやすい。

「旅行をする人は新しい土地に行き、過去の光景とぴったり同じ景色を見る経験をするであろう。リベラル思考の人は、超自然な現象を受け入れやすいが、保守的な人は排除する。年齢については、普通年と共に記憶力は減退するからデジャブーも起きやすいと考えるがその逆に出ている。若い人は奇妙な経験をむしろ受け入れるからであろう」とブラウンは言う。

モートン・リーヅと言う名のニューヨーク生まれの大学院生が、1940年代にデジャブーを総合的に研究している。リーヅは1年間に144回もデジャブーを経験していて、あるデジャブーはあまりにも強烈で吐き気を催したと記している。
私もつい最近、強烈なデジャブーに会った。あまりに強い幻覚で、幻覚と現実の区別がつかない。会話は初めてなのに既にしているように感じるし、コーヒーの一杯が新しい一杯にならない。新聞を読めば、古い記事の読み直しと感じる。あたかも、アルバムのページをめくっても、めくっても、同じ写真を見続けているようだ。
この文章を書き上げる前の晩、文章の締めくくりを書いているとまたデジャブーが襲った。翌日平静を取り戻して昨日の文章を見て見ると、なんと何も書いてないではないか。

この文章の最後の締めくくりも、「またもやデジャブー」としておこう。



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