鬱こそパンデミック

2021年5月17日
BY SUSANNA SCHROBSDORFF
TIME

私の父はある日、妹の写真を見ながら「見てごらん。彼女の目は死んでいるでしょう。また、鬱で苦しみ始めたらしい」とつぶやいた。
彼は精神科医ではないが、子供を愛情をもって見つめているから直ぐ分かるのだろう。鬱は未だ解明されていない心の病気で、患者も家族も大変な思いをする。毎年数百万人がこの病気になり、一生の内に4人に一人は経験すると言われている。最近は、毎日コロナウィルス関係の写真や感染ルート、ワクチン接種の情報があふれているが、鬱も同じことが出来ないであろうか。

インディアナ医科大学が4月に発表した研究によると、血液検査で患者の鬱が診断出来ると言う。患者が重度の鬱に移行するかどうか、躁鬱病になるかを言い当てるらしい。 RNA生物指標と言う基準で判断するが、もしそうなら鬱も少し正体が見えて来た。

今年の初めにはモントリオールのマッギル大学が、重度の鬱病では脳細胞の星状細胞の密度が減少していると発表した。
星状細胞は脳細胞を支える重要な細胞で、たった一つの星状細胞は200万のシナプスにつながる。 星状細胞が減少している領域は、意思決定、感情に関連しているから、この星状細胞の数が減少すれば当然鬱のような症状が起こるだろう。
それなら星状細胞の活動を活発化させる薬はどうだろうか。既にケタミンが鬱を急速に改善するとの発表があったが、ケタミンは星状細胞の機能を改善する働きがある。

鬱がもう少し分かれば、患者の汚名を晴らせるし自己嫌悪をも軽減する。コロナウィルスのワクチン製造に5年はかかると言われていたが、一年後には既にワクチンの接種が進んでいる。鬱にもそれが出来ないか。

私は鬱をコロナと同じ危機感を持って見守っている。アメリカ疾病対策予防センターによると、2月以来、不安と鬱で悩む人が 41.5%も増えている。その人たちの中には、苦しみから逃れるために麻薬に走る人もいるだろうし、自殺する人もいる。心の落ち込みによる生産性低下も大変なものだ。

WHOによると、鬱は慢性的精神疾患では世界でも一位になっている。患者ばかりか、家族にも大変な負担がかかり、特に米国では治療費が高い。また、治療法にたどり着けたとしても、療法に難渋する場合が多い。 大体鬱病患者の3分の1しか治療を受けないし、治療を受けても患者の3分の1が治療に反応しないと言われている。
今やらなくてはならないのは、鬱病の研究の加速であり、治療法を見つけやすくする事だ。コロナでできたのだから鬱でも出来ない事はない。誰でも身近に鬱で悩む人を一人二人知っているだろう。これはもうパンデミック並みなのです。ケネディー大統領が月面探査ロケットの打ち上げを発表したように、鬱病退治のロケットを打ち上げる時だ。

バージニア出身の小説家であるウィリアム・スタイロンは、「私を最も打ちのめすのは、鬱病の苦しみと言うより、治療法がない絶望である」と述べている。
私自身は近い将来、星状細胞の数を増やす治療法を期待している。星状細胞と鬱状態の関係が明らかになれば、それは科学の驚異であり人間が起こす奇跡なのです。



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