睡眠と感情のコントロール

2018年10月9日

 

子供が未だ学校前の頃、レベッカ・スペンサーは、娘が昼寝をしないとフラフラして機嫌が悪いのに気付いた。スペンサーはマサチューセッツ・アムハースト大学で睡眠を研究しているが、昼寝は感情を処理しているのではないかと興味が湧き、調べる事にした。

睡眠は一般的に感情を意味あるものにし、日中起きたことを暗号化して記憶する。特に感情に関わる経験は、扁桃体を活性化するから忘れない事が今まで研究で分かっている。
「自分の結婚式とか親の葬式を忘れないのは、扁桃体が活性化しながら記憶されるからです」とスペンサーは言う。
扁桃体は記憶にタグをつけ、睡眠中に時間をかけて記憶処理する。

「睡眠は感情の安定化に大変役立つ」とテュービンゲン大学のイレイナ・ボリンガーは言う。
ボリンガーは、8歳から11歳の子供を集めて実験した。彼等に不愉快な写真と感情的に中立な写真を見てもらった。その後子供は一晩寝るグループと、寝ないグループに分かれる。翌日同じ写真を見せると、寝たグループでは不愉快な写真を見ても余り反応しないのに、寝なかったグループではより強く反応した。子供の脳に電極が付けられていて、様子は別の部屋で脳波により観察した。

脳波を調べると、睡眠を取った子供では、late positive potential (LPP)が低かった。LPPとは後頭部に観察される脳波電圧を言う。この反応は脳が情報を処理する時に観察されて、特に否定的な感情を処理すると電圧が高くなる。
「人間はものを判断する時に、ある程度感情をコントロールする事が出来る」とボリンガーは説明する。研究により、睡眠は感情を上手くコントロールする作業にも関わっているのが分かった。

夢のタイプ
REMと呼ばれる眼球が早く動く睡眠があるが、レム睡眠は感情を伴う記憶に関連している。REM睡眠を多く取ると、人は他人の感情に敏感になり感情を伴う記憶を思いだしやすくなる。 またREM睡眠の最中は、ストレスホルモンであるノルアドレナリンを分泌しない。このホルモンがないと、脳は記憶処理をストレスなしにすると言う理論もある。

リンカーン大学で睡眠と認識を研究するサイモン・デュラントは違う見方をする。
「脳の中で前頭前野皮質は最も発達した中枢であり、感情の暴走をチェックしている。覚醒している時は前頭前野皮質が扁桃体の過剰活動を抑えているが、睡眠に入ると扁桃体への抑制が解かれる。車で言えば、ブレーキを放した状態になりそれがREM睡眠だ」と言う。

REM睡眠では感情が活発に働いているから、そこから心の解析ができると昔は考えられ、夢分析が考案されたが現在では否定されている。でも最近も夢に専門家は興味を持っている。 デュラントによれば、夢によく現れるものは、よりよく記憶されると言う。

先駆的夢研究者であるカートライトは、夢では過去の同じような記憶と統合され、文脈を読み取り、痛みを取り去るとしている。
スペンサーはノンレム睡眠の内、徐波睡眠と呼ばれる睡眠が記憶を統合するとしている。特に中立の記憶を処理し、徐波睡眠の量により感情記憶がどれほど変化するか決まると言う。

「昼寝は徐波睡眠を多く含むノンレム睡眠で、子供では昼寝が感情記憶を処理している。昼寝をしないと子供は、感情的な顔に強く反応するが、昼寝をすると特別な反応を示さない。子供が昼寝をしないと不機嫌になるのは、溜まった感情記憶が整理できないためでしょう。大人も昼寝をすれば感情記憶が促進されるが、子供ほどではない。大人では扁桃体が成熟しているから、覚醒状態が必ずしも記憶形成をじゃましない」とスペンサーは言う。

しかし、それはある程度で、年を取ると扁桃体の容量が低下し、頻繁に記憶統合を必要とするとスペンサーは続ける。
面白い事に、年を取ると楽しい記憶に傾くのに対して、若い時は苦しい記憶に傾注する。若い時はより適応性があり、苦い経験から学ぶ必要もあるからだろう。老人ではレム睡眠も少ない。

夢と心の療法
睡眠障害のない人では、睡眠は脳皮質の統合を促進する。何か起きたら最初の晩が大事で、最初の晩の眠りが感情の記憶を安全に処理するとボリンガーは言う。
睡眠科学者はPTSDを治すために、睡眠の内の鮮明な夢を見る部分に注目している。
ある研究では、心的外傷を起こしても24時間以内の睡眠が傷を癒すと言う。
不安症に悩む人にも睡眠療法は朗報だ。睡眠をする事で不安のレベルが下がっているはずであるからだ。
ただ、鬱状態では話は別だ。鬱状態の人はレム睡眠により暗い記憶を掘り返す。

鬱の治療では、敢えて患者を覚醒させて治療する。全ての患者に適用はできないが、鬱状態の患者では24時間周期のリズムが狂うため、覚醒でゆすって元に戻そうとする。
REM睡眠が取れないと脳は感情記憶を統合出来ないが、それで良い場合もある。何故なら鬱状態に悩んでいる人は、より長いREM睡眠を取る傾向があるからだとデュラントは言う。 ある種の鬱病の患者はREM睡眠中に悪い記憶を反芻しているようだ。

「心的外傷を受けた後、人は眠れなくなる。これは生物学的予防手段ではないだろうか」とスペンサーは言う。

何故、人によっては鬱状態やトローマからの回復に覚醒が必要で、他の人では必要ないか。デュラントによれば遺伝子に原因していると言う。脳由来神経栄養因子と呼ばれる遺伝子が睡眠中に記憶を統合している。

この遺伝子に変異があると、睡眠中の悪夢で傷つきやすい。そんな人は早めに寝て早めに起き、レム睡眠の量を抑えるのが良い。同じ理由でデュラントは午後の昼寝を薦める。

「心の問題を睡眠療法で治すとは言わないが、睡眠の後、物事を決めやすくなるのは確かだ。これは、睡眠中に感情を整理するからだろう」とスペンサーは言う。

ボリンガーは単純に「睡眠を取れば人は気持ちがよい」と言う。結局、精神的に不安定になった時、頭が冴えない時、一番いいのは、うたた寝する事である。



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