新薬開発の先細り

2013年8月19日
今やアメリカでは、5人に1人は精神薬を飲んでいると言われているが、新薬の開発では危機に瀕している。確かに抗鬱剤、抗精神病薬 、催眠薬等、沢山出回っているがその沢山が問題なのである。

この種の薬は互いにコピーしあった似たもの同士だ。例えばSSRIと呼ばれる抗鬱剤には6種類あるが、どれも似た薬理作用であり、10種類もある第二世代の抗精神病薬も同様である。また今使われている薬には改善の余地が多く、統合失調症や中度以上の鬱病、躁鬱病等では薬が効かなかったり、副作用が強くて中断する場合が多い。

4人に1人が毎年心の病と診断されると言うのに、大手の製薬メーカーから新薬の声が最近聞こえてこない。プロザックの投入以来注目をあびたSSRIも、偽薬程度の効果しかないとの報告が出てから、製薬会社は精神薬の開発意欲を失ったように見える。

2011年に開かれた”アメリカ臨床薬理と療法学会”ではこの傾向が更にはっきりした。300の報告の中でわずか13が精神病薬関連であったが、何れも新薬ではなかった。専門家は最近研究を癌、心臓病、糖尿病のような病理が確立しているものに的を絞っているようである。

何故このようなことになってしまったのだろうか。現在の抗鬱剤、抗精神病薬、抗不安剤は何れも1950年代に解明された薬理に基づいている。例えば今の抗精神病薬は、1950年代に合成された第一世代の抗精神病薬であるトラジンと同じく、脳のドーパミン受容体を抑制する。SSRIも神経伝達物質であるセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフィリンの内のどれかのレベルを高める役割をしていて、これも昔の3環系抗鬱剤と変わらない。実際、真に新しい向精神薬は過去30年間発見されていない。現在の向精神薬は安全で副作用が少ないが、昔からある薬より効果がある証明はない。

何故製薬会社が似たようなコピー薬を作るのかその理由は、未だ精神病の発病原因が分かってないからである。脳は未知の領域であまりにも難しく、研究者も薬の焦点を絞りようがない。

仮に薬の薬理作用が分かっても、それが必ずしも病気の原因を解き明かすものではない。例えば、SSRIと呼ばれる抗鬱剤が脳内でセロトニンの量を増やして気分を改善すると分かっても、セロトニンの不足が鬱病の発症原因にはならない。実際、鬱病の患者がセロトニンとは関係のない薬を飲んで症状が改善する場合もある。

つい最近まで何十年も、研究者は同じ手法で新薬開発を推し進めていた。必然的に似たような薬が出来上がり、その薬効も昔の薬と変わるところがなかった。確かに古くからある手法で開発された薬にも、セロキュエルとかアビリファイのような成功例はある。しかし、これらの薬の特許有効期限も間もなく切れて、後に続く商品がない。

製薬会社が精神病薬の開発に意欲を失うのは多分間違っている。巷でスペシャルKの名で呼ばれるケタミンと言う薬品がある。この薬は麻酔薬であるが、つい最近かなり抗鬱効果があるのが分かった。ケタミンを一般の抗鬱剤に反応しない鬱状態の患者に投与した所、急激に鬱が回復したの報告があった。

ケタミンは、市場に出回る普通の抗鬱剤とは違ってNMDA受容体に作用してここを妨害する。この受容体は神経伝達物質であるグルタミン酸塩が作用する場所で、グルタミン酸塩は学習と記憶に関係している。

一般の抗鬱剤では効果が出るまでに数週間かかるのに対してケタミンは効果が早い。NMDA受容体の反応が早いためであろう。しかし、グルタミン酸塩が少なすぎると精神症状が発生し、多すぎると神経細胞を破壊するという難しい問題がある。今の所、ケタミンが抗鬱剤として安全で有効かには結論が出ていない。

製薬会社が新薬の開発をする意欲がないのと対照的に、株主を心配する必要がない大学の研究者はハイリスク・ハイリターンの研究がしやすい。”脳活動マップ作成”のような大きなプロジェクトでは、遺伝子配列技術などを使って病気を起す回路や、病気を引き起こす遺伝子を特定できる可能性がある。このような発見により、再び製薬会社の新薬開発意欲を促してもらいたいものだ。

我々患者は新しい薬が欲しい一方で、イノベーションには必ずリスクが伴うのを理解しよう。アメリカ食品薬品局の判断は比較的短期の試験結果に基づいているから、長期の危険度の判定には限界がある。深刻な心の病を治す薬を開発するには、経営的、医学的リスクは避けて通れない。



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