感情脳

                                 
例えば貴方が藪の中を歩いているとしよう。何かとぐろを巻いたようなものを貴方の行く先に発見した。その瞬間貴方がそれが蛇であると判断する前に貴方の脳は恐怖の反応を示す。ニューヨーク大学の神経科学者であるジョセフ レドックス博士によれば恐怖は古典的な感情で古来沢山の心の病と関わり合って来た。博士と他の研究者達の1997年5月にアメリカ健康局で行われた第24回マチルダソロウィー講演での発表によれば恐怖反応は進化の過程で取りこまれたもので多分人間も他の脊椎動物も同じ過程を踏んだであろうと述べている。

レドックス博士と他の研究者によれば恐怖反応と関係がある脳の回路の発見に進歩があった。研究者の焦点は今小脳扁桃(脳の内部深くにあるアーモンドの形をした部位)に当てられている。この小脳扁桃の一部である側核と言われる部位が恐怖条件付けに関与していると考えるようになった。恐怖条件付けとは動物を使って主にねずみですが危害を与えない比較的温和な音を聞かせて恐怖を発生させる実験です。条件付けは音と共に動物の足元に軽い電気刺激を与えて行う。数回の経験の後に動物は音を聞いただけで防御反応を示すようになる。反応には動きがぴたっと止まる反応と血圧上昇を含みます。

細胞染色の方法で小脳扁桃の神経細胞と脳の他の組織との繋がりを調べると恐怖の刺激は神経の2系統の経路を喚起する事が分かった。一方の経路はハイロードと呼ばれて神経刺激を耳から視床に運ぶ。視床とは小脳扁桃のそばにある組織で入ってくる知覚刺激の中継地点の役割をする。視床から神経刺激は知覚皮質の音声認識部分に送られる。この皮質部分は送られてくる刺激に高度の分析を加えて適切なシグナルを小脳扁桃に送りだす。2者を比べれば視床から直接小脳扁桃に神経刺激を送るほうが断然速い。これをロウロードと呼ぶのであるがこれは刺激の詳しい情報は運べないがスピードにおいて有利である。生物にとってはスピードは存在条件に欠かせない。

小脳扁桃が恐怖の刺激を受け取ると次に述べる防御反応を起すシグナルを発する。すなわち速い心拍、血圧上昇のような自動喚起、痛覚抑制、必要以上の驚きの姿勢、ストレスホルモンの分泌等。意識を持つ動物ではこれらの身体的変化は恐怖の感情を伴う。レドックス博士によればもし正確で無くてもこの迅速な危険を察知する能力は生存において大切な手段である。「だから蛇を棒に間違えるより棒を蛇に間違える方が余ほど良い」と彼は語る。

細胞と生理学による研究で小脳扁桃の側核は恐怖の条件付けを行うのに必要な全てが揃っているのが分かって来た。沢山ある神経細胞の延長部分、これらは視床や小脳扁桃の他の部分、皮質のあらゆる部分に結合している。次に刺激に対するすばやい反応、刺激を受けつけるときの敷居(これにより必要でない刺激は除かれる)、周波数選別(ねずみの危険信号の高さに反応する)等。

他の小脳扁桃部分すなわち中央核は危険に遭遇した時に逃げるか戦うかのシグナルを出す役割をする。小脳扁桃の多くの部分は内部神経細胞結合でお互いに連絡しあっている。一度恐怖条件付けが起きるとこれら内部の回路が恐怖刺激に永続的に反応しようとする。だから蛇とか高度恐怖症の人は行動療法を受けて良くなるが強いストレスを受けたときに症状は戻る。レドックス博士によれば視床から小脳扁桃へあるいは知覚皮質への通路は正常化されても小脳扁桃内の内部回路の異常はそのままであると。

小脳扁桃から前頭葉前部皮質(この部分は最も計画と推理に関わる組織)につながる神経細胞回路は脳の他の部分へ行くより余ほど沢山存在している。だから我々は恐怖を理性でコントロールするのが難しいと博士は述べている。これらの発見は不安症で悩む人の治療する上で重要な手がかりを与えるであろう。ねずみで発見したと同じ事が最近の磁気共鳴イメージスキャンで生きている人間の脳を直接見て分かり始めている。すなわち小脳扁桃が恐怖条件付けの中核組織である。この恐怖条件付けが不安症であるパニック障害や恐怖症やPTSDで重要な役割をしていると思われる。小脳扁桃内の記憶を消すのが難しいのなら療法としては皮質の小脳扁桃へのコントロールを更に増すか、小脳扁桃から出るシグナルを皮質でコントロールするかであると博士は語る。

レドックス氏は恐怖条件付けと不安発生時に多次元記憶系がどうお互いに働くのかを理解する為に行動と神経科学の研究が欠かせないと説く。今やかつてなく不安の秘密を解き明かす時になった。何故ならより多くの科学者が不安を研究しているからである。もう直ぐ不安と感情脳の産物である太古の生存手段を解き明かすであろう。


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