空腹雑音

2023年6月21日


スターチ・クレマーの日常は食べ物ばかり考える毎日であった。朝、目覚めればもう何を食べるか考えているし、昼食が終われば夕食を考える。ペンシルベニア州で高校の先生をしている彼女は、学校が終わると直ぐタコベルやマックまで車を走らせた。

しかし体重抑制剤のウゴービを飲んだら、頭の中のスイッチが入ったように急に食事食事の雑音が消えた。と同時に胃酸の逆流、便秘、吐き気、だるさの副作用も襲ってきた。

「止まらなかったタコスの考えがなくなったのは凄い」と57歳になるクレマーは言う。

13年間肥満治療をしているミシガン医科大学のアンドリュー・クラフトサンは、患者に共通するのは強迫的な食事思考と言う。 患者にウゴービやオゼンピックを処方すると、空腹雑音を訴えなくなった。ウゴービとオゼンピックは今話題の糖尿病薬で、糖尿病に働く機序は二つとも同じである。

オゼンピック、ウゴービ、マンジャロ等の糖尿病薬に今世界の注目が集まっていて、ソーシャルメディアのティクトクでは、何と18億回の関連動画が見られた。薬を求める人がそれほど多いと当然薬の在庫はなくなり、薬価も10万円を超える事になる。試した人たちの評判は”空腹雑音”が消えたと言う。

体重抑制剤が起こす問題
減量の代償として、栄養失調、顔の老化、止めるのが難しくなると言う副作用がある。また、肥満を薬で治すとは、肥満を病気と見なすことであり、人の不摂生を非難しやすい。在庫が切れて、値段が高かくなると代替薬物が氾濫して問題を起こす。

空腹雑音が消えると
ウェンディー・ガント56歳は、ティクトクでオゼンピックの効果を知った。薬はオンラインのテレヘルスで処方してもらい、数時間後にモーンジャロが届けられた。昨年の夏に最初に飲んだが、その日を覚えている。
「今まで次に何を食べるかだけを考えていたのが突然消えたのです」とガントは言う。
薬を切らして別の経験をした人もいる。ニューヨークで保険を販売しているケルシー・ライアン35歳は、オゼンピックを切らしてしまい、数週間後に空腹雑音がまた戻り始めた。

空腹雑音とは空腹感と言うより食事関連の考えだ。自分が食事をしているのを人が見ていないか、今日は無理してサラダ頼むと人は自分が恰好つけているのじゃあないかと。オゼンピックはこれ等食事関連妄想を静かにさせてくれる。

空腹雑音とは何かの定義は今の所ないが、専門家も一般の人も、食べ物を求め続ける考えが頭に鳴り響いている状態を簡単に表現したものとしている。専門家の中にはこれを快楽飢餓と呼ぶ人もいて、過食症に共通するものがある。

「普通は食べれば食欲は消えるが人によっては消えない。環境も見落とせないが遺伝的側面もある。原因は今もって分からない」とアメリカ糖尿病協会のロバート・ガベイは言う。

空腹雑音を消すメカニズム
オゼンピックとウゴービに含まれる有効成分はセマグルチドで、脳の中の食欲をコントロールする分野に働きかけるとガベイは言う。その結果胃の消化を遅め、満腹感を起こし長持ちさせる。

動物を使った実験では、セマグルチドはGLP-1と言うホルモン受容体を活性化して、この受容体は脳の中でも特に動機と報酬に関連する場所に存在するから動物の食事行動を制御する。同じことが人間にも起きているとノースカロライナ医大のファンは言う。

クレマーはこの先一生薬を飲み続けるのを心配しているが、空腹雑音が消えるのは望外の喜びで、多少の副作用なら耐えると彼女は言う。



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