2016年7月7日 |
1988年、父ジョージ・ブッシュは副大統領として何時ものアイダホに行き、農業政策の成功をテレビの生中継で演説した。「農業政策では成功しましたが、幾つかの間違いもあり、後退を余儀なくされました(had some setbacksを間違ってhad some sexと言ってしまった)」とスピーチしたが、このしくじりは今でもジョークになっている。 この手の言い間違いは、格好の悪さから、聴衆を前に演説する人には恐怖である。一体何がこの失言を引き起こしているのであろうか。また、背後に隠れた意味はあるのであろうか。精神分析の創始者のフロイトは、言い間違いには抑圧された欲望があるとした。抑圧された欲望は、普通無意識の中に安全に格納されているが、何かの拍子に言葉になって出てくると説明するが、現在ではこの考えは疑問視されている。フロイトはダーウィンと共に語られるほど有名ではあるが、最近の心理学者、言語学者、脳神経学者は誰も、フロイトの考えは間違いであったとする。 ここに面白い実験がある。実験では男子を三つのグループに分けて、その二つのグループは中年の教授に面接して、残りのグループは、性的魅力ある若い女性実験助手に迎えられる。「実験助手は短いスカートと透き通るブラウスで学生の欲情を誘う。大学で出来るぎりぎりの所までやりました」とカリフォルニア・デービス大学の心理学者のマイケル・モトリーは言う。 実験では、次のような対の言葉(‘back mud’, ‘bat much’, ‘mad bug’)を一秒に一回読む。 この言葉の一対を発音すると、最初の子音が前後の言葉で置き換わり易い。しばしば実験者は、参加者に大きな声で言うように指示する。予想通り、セックスアピールする実験助手に面接した学生たちは、中年の教授に面接したグループより、セックスに関係する言い間違いをした。‘past fashion’ を‘fast passion’ と言い、‘sappy hex’ を ‘happy sex’ と言ってしまった。 一方、第三のグループは指を器械につながれ、被験者に70%の割合で電撃を受ける確率があると言う。実際は電流は流れないが、このグループの学生は次の言い間違いをした。‘worst cottage’ を‘cursed wattage’、に、‘shad bock’を‘bad shock’と言ってしまった 。実験後、学生のセックス的不安を測定し、肉感的欲望を抑えつけようとした人ほど言い間違いをしたのが分かった。これはいわゆるロシアの作家フィヨードル・ドストエフスキーにより発見された”シロクマ問題”と言うもので、白熊を考えまいとすればするほど白熊を考えてしまう現象である。 1980年代にダニエル・ウェグナーと言う心理学者が、フロイトの言い間違いは、言い間違いをしまいと努力する行為が、逆に言い間違いを引き起こしているのではないかと述べた。彼によると、無意識は淫らな言葉が表に出ないように常に見張っているが、余り努力をすると、皮肉にもその考えが意識脳に送られてしまい、うっかり言葉に出てしまうと言う。「我々は何かを言おうとする時、関係の言葉を準備する。選択は数々あるから、選択した言葉が背後の状況を反映することもある」とモトリーは言う。 次の実験では被験者に?の部分に適当な言葉を選んでもらった。「ある田舎のオヤジさんが、自分の作った密造酒を大きな?に注いだ。“The old hillbilly kept his moonshine in a big (?)”」。答えにpitcher, barrel, jar等が考えらえるが、魅力的な女性に面接した学生は”jugs”(取っ手のある容器、乳房)を選んでしまった。二重に無意識が働いてしまった分けで、フロイトの言い間違いにも同じメカニズムが働いているのだろうとモトリーは言う。 フィットネス・ジムで練習に励む人がもう一人の運動する人に「you’re very fat-I mean fit!」と言ってしまった。すっかり体が引き締まりましたね(fit)と言う所を、うんと太った(fat)ねえと言っている。会議で写真(photography)と言う所をポルノ(pornography)と言ったり、セックスの最中に元の彼女の名前を口走ってしまったりと、言い間違いをしまいとすると余計出てしまう。 しかし、この論法に反対する人もいる。フロイト時代のオーストリアの言語学者でルドルフ・メリンガーがその人で、彼は仲間との昼食時の会話の中から、言い間違いを丹念に集めて分析した。彼等は順番に話し役を務め、言い間違いが起きる度に会話を一時停止して正確に記録した。この作業から、メリンガーは言い間違いは、発声文字が他の部分から侵入した文字で置き換わっているのであって、隠された意味を持つものではないとした。実際、ゲント大学心理学のロッブ・ハーツィカーは、多くの言い間違いは、罪のないものだと言う。 例えばジャーナリストのジム・ノーティーの失敗を見てみよう。彼はBBCラジオ4の今日の番組で、文化省大臣Culture Secretaryのジェレミー・ハントJeremy Huntの苗字であるハントの名前を言い間違ってCunt(女性器の意味)と言ってしまった。典型的フロイトの言い間違いのケースに見えるが、実はここから脳がどのように言葉を選択しているかのプロセスが見える。 数々の実験から、もし二つの言葉が前後していて、共通する母音を持つと、頭の子音が入れ替わってしまう傾向があるのが分かっている。「誰でも文化省大臣Huntをうれしく見ていないでしょう。しかし、単に文化省CultureのCがHuntのHに入れ換わっただけだった」とハーツィカーは言う。 脳では言葉がその類似性と意味により区分けされ保存されていて、話す時はそこから呼び出す。その際、CultureのCがHuntのHに移動する間違いが起きる。 「この現象をフロイトが見落としている」とハーツィカーは言う。番組のもう一人の司会者が、文化省大臣にハントのような名前の人物を指名するのが大体間違っていたと、その場を繕った。 一般的に、人は一日に15,000語を話したとして、22ヶ所ほど間違えると言う。脳スキャンで調べると、多くは発声する前に脳内で修正されている。「正しく発音しているようですが、実際は多くの間違いをしている」とハーツィカーは言う。不安に駆られたり、疲れていたり、酔っていたりすると、スペルチェッカーが上手く作動しなくなり、言い間違いをしやすい。だからフロイトの抑圧された意識説は怪しい。 ロンドン大学の精神分析ロジン・ペレルバーグは、言い間違いには抑圧が秘められていると言う。「言い間違いはジョークのネタになるばかりではなく、時に都合の悪い事実も隠されている。私の扱った患者はある時、bottle(瓶)をbattle(戦い)と言い間違えた。実は彼は、将来子供に暴力を加えるのではないかと、潜在的に不安であったのです」とペレルバーグは言う。 「言い間違いの全ては、フロイト的理由で起きているかと聞かれたら、ノーと言うが、フロイト的言い間違いがあるかと聞かれたら、あるでしょう」とモトレーは言う。では父ブッシュの言い間違いはどちらだろうか。多分両方が絡み(copulation=性交)合っている、いや間違い、共同作業(collaboration)しているのだろう。 脳科学ニュース・インデックスへ |