遺伝子相互間の作用で脳が変化したり、あるいは変化を予防して鬱病の発症を食い止める効果があると発表された。 ある遺伝子の変異体は脳細胞がどれほどセロトニンが得られるかを決定する。この遺伝子変異体を持つ人は鬱病発症のリスクが高いと考えれれているが、今回の研究では、もう一つの遺伝子変異体がこのリスクを軽減したり相殺する性質があるのが分かった。この遺伝子変異体は、脳由来神経栄養因子(Brain-Derived Neurotrophic Factor )という脳細胞の成長と健康に関わる物質を生産する。 この新しい知見により、鬱病の生物学的原因が発見しやすくなり、新しい治療法の開発につながるかも知れない。将来は鬱病を発症する人を前もって予知出来る可能性がある。 この研究は3月12日の”分子精神医学誌”のインターネット版にルーカス・ペザワ及びダニエル・ワインバーガーとピッツバーグ大学、ドイツ精神医学中央研究所の研究者等により発表された。 研究は111人の健康な人を脳スキャンを使用して調べた。鬱病促進遺伝子を持つ人の場合、脳神経の感情をコントロールするネットワークに変化が生じているのを発見している。一方、鬱病促進遺伝子変異体を持っていても鬱病予防遺伝子変異体を持つ人では、感情のネットワークに変化はなかった。鬱病促進遺伝子変異体は、それを持つ人総てに鬱病を起こすわけではない。何故なら鬱病は遺伝子間の相互作用と、生活上のストレスが同時に関与していると考えられているからである。 研究では健康な人を対象にして調べられたが、その理由は鬱病の人は複雑な結果を導く可能性があったからだ。研究目的は、遺伝子変異体が鬱状態を引き起こすかどうかを調べるのではなく、それが脳の感情をコントロールするネットワークに変化を及ぼすか、あるいは変化を阻止するかを調べた。 以前の研究からも、この2つの遺伝子変異体が脳の機能と構造に影響を及ぼしているのでは無いかと考えられていた。この鬱を引き起こす遺伝子変異体はセロトニン系の中に存在する。セロトニン系は脳細胞間の情報通信を助ける。遺伝子はSLC6A4と呼ばれ、セロトニンを各脳細胞に運ぶタンパク質を生産する。その中でも鬱病発症に関連すると考えられる変異体は 5-HTTLPR “S”と呼ばれている。 鬱病を発症させるであろう遺伝子変異体の悪い部分を無効にする遺伝子は BDNFと呼ばれ、脳細胞の成長を促進する役割もある。この遺伝子の変異体であるVAL66METには二つのタイプがあり、その内の1つがMETバージョンで、今回の研究で脳を鬱状態から守ると考えられている。 動物での研究では、動物の脳が成長する過程でセロトニン系に変化があると、動物の感情に生涯影響を与えることが分かっている。しかし脳にはセロトニンだけが作用するわけではない。BDNFタンパクの役割はむしろ仲介であり、セロトニンのシグナルが発生するとBDNFタンパクは脳細胞の分子構造を変化させ、脳細胞間の交信に影響を与える。 脳の成長過程でセロトニンとBDNFタンパク間で異常が発生すると、それが感情を左右する脳の回路をおかしくさせるのではないかと考えられている。 沢山の遺伝子変異体、そして生活上のストレスがどのように鬱病発症と関わっているかが明らかになるに従い、新しい鬱病の治療の道が開けるであろう。 脳科学ニュース・インデックスへ |