躁鬱病は、多くの関連する遺伝子変異体の相互作用で発症し、1つ1つの遺伝子の病気発症能力は無いと今回報告された。しかしながら、これら多くの遺伝子変異体から生産される酵素をターゲットに研究すれば、新しいタイプのより効果的薬剤の開発が出来る可能性が出て来た。 分子精神医学誌2007年5月8日号に掲載されたアムバー・バウム氏、フランシス・マックマーン氏等により書かれた論文は、事実上、躁鬱病に関わると思われる遺伝子変異体全てを捜索する最初の研究であった。 僅か数年前までは不可能であったこの種の研究は、遺伝子学の進歩を如実に示している。これにより躁鬱病を治す薬の開発手段に新しい手法が加わり、一段と新しい薬の可能性が強まったと、アメリカ国立衛生研究所の所長であるエリアス・ザーホニー氏は言う。 アメリカには現在およそ570万人の躁鬱病患者がいて、著しい高揚感と、激しい鬱状態の2つの感情のピークを示す心の病気である。子供にも躁鬱病はあり、症状は大人より厳しい場合が多い。 「我々はこの複雑な心の病気を解明するのに、遺伝子学と言う新しい足場を確保した」とトーマス・インセル氏は言う。 一般の健康な人でも心の振幅はあるが、躁鬱病のそれはあまりに激しく生活を破壊するほどである。現在はリチウム等の精神安定剤が患者に処方されていて、効果を上げているが、一部の患者には効果が現れず、個人差に対応する薬が求められていた。人は多様な遺伝子変異体をもち、これが薬の効果の個人差になって現れるが、躁鬱病に関わる変異遺伝子を特定出来れば、より個人差に対応した薬を作りやすい。 今注目されている遺伝子に、DGKH(第13染色体上に存在する)と呼ばれる遺伝子があり、リチウムがこの遺伝子に作用して症状を軽減している。この遺伝子は酵素ジアシルグリセロールキナーゼeta(diacylglycerol kinase eta)を生産し、この酵素がリチウムが作用するた蛋白質より、より直接的に躁鬱病症状に関連している。ジアシルグリセロールキナーゼに作用する新しい物質が見つかれば、新しい薬剤の開発につながる可能性がある。 DGKH遺伝子以外の他の遺伝子変異体も躁鬱病発症に関わっている。これら遺伝子変異体の脳神経細胞に及ぼす影響を調べれば、何故躁鬱病が起きるのか、どうしたらそれを予防できるのかが分るかも知れない。 発見された遺伝子変異体、あるいはその遺伝子変異体が生産する蛋白質をターゲットにした薬の開発が可能なら、患者に大変な朗報であろう。リチウムは現在躁鬱病に処方される1番の薬であるが、DGKH遺伝子の研究により、効果的で患者の負担にならない薬の可能性が出てきた。 今回の研究を可能にさせたのは遺伝子学技術の進歩であり、この技術では一回の実験で数千の遺伝子の変異体を調べることが出来た。我々人間は皆同じ遺伝子を持つが、遺伝子の変異体に個人差があり、この変異体の個人差が特異な病気を発症させている可能性がある。この研究では413人の大人の躁鬱病患者から発見された、躁鬱病に関わると思われる遺伝子変異体と、563人の健康な大人から採取された遺伝子変異体を比較した。 大人の躁鬱病患者の遺伝子検体を保存しておく事により、個人的に遺伝子を求めて調査するより格段に安い費用で実験が出来た。同時に健康な人の遺伝子検体も保存されてあり検査された。これも個別に検査するより大幅にコストが削減された。今後は発見された関連遺伝子変異体と個々の患者との関わりを調べる。 遺伝子調査で見落としてはならないのは、ある社会である遺伝子変異体がある病気と関連していると分っても、別の社会ではその発見が適用できない事だ。今回の実験ではヨーロッパ系アメリカ人を対象に調査し、次にドイツの躁鬱病患者の遺伝子調査をしその結果を比較した所、同様の結果が得られている。今後は他の人種にも同じテストをして、同じ結果が現れるか、現れたとしたらどのような種類の遺伝子変異体が共通するのか調べる予定である。 今回の研究結果は世界の専門家に読んでもらう為に、間もなくウェッブサイトに掲載される。 脳科学ニュース・インデックスへ |