どこまでが無意識か

2021年5月30日
By Magda Osman
BBC Future

何故自動車を買う事にしたのか。自分の妻と恋に落ちた原因は何か。なぜそうなったかと考えると回答が見つからない。一体、意識以外に何かが働いているのだろうか。幸いにも最近は心理学が発達してこの問題の一部が分かり始めた。その一つが1980年代に発表されたベンジャミン・リベットの研究で、彼は簡単な装置を作り、明快な結論を出している。

実験では、被験者が特殊な時計を前にして座り、何か心に動きが生じた時に指を動かすように命じられる。指を動かすと同時に、時計の示す時刻を記憶する。一方被験者の脳には脳波計が装着されていて、脳波を計測する。この実験から分かったのは、被験者が指を動かそうとする遥か前から、脳波計が脳波を感知していたことである。

指を動かそうとするのは意識であるが、実際にはその前から脳波に変化が見られたと言うことは、無意識が活動しているのだろう。即ち、我々の日常の動作は意識でしているようだが、実は無意識が活動を決定していることになる。しかしその後の心理学の実験で疑問が生じた。どうも無意識が全てを決定していると考えるのは尚早ではないかと。
リベットの実験に補正を加えると、指の動作開始と脳波発生の時間差は狭まっていたからだ。

サブリミナル
もう一つ、無意識が影響しているのではないか確認する方法は、広告だ。多分読者は”サブリミナル広告”と言う言葉を聞いているに違いない。
1950年代にジェームズ・ビカリーと言う心理学者が衝撃的実験をした。彼は映画館のオーナーに、映画の上映中に一秒間に3000回のコカ・コーラ画像をフラッシュでいれるように要求した。潜在意識に働きかけるためで、何と映画が終わるまでにコーラの売り上げは急激に伸びたと言う。この意表をつく実験に彼は世の中の批判を浴びたが、実はこの実験はでっち上げで、実際には何も起きなかったと告白して無罪放免になっている。実験的に潜在意識に働きかけて人に何かを実行させるのは無理で、ましてや実際場面では期待出来ない。

このインチキ実験が社会の非難を浴びたと言うことは、人々はもしかして、日夜広告により潜在意識に働きかけられているのではないかの疑心があるからである。しかしその手の広告活動を法律が禁止しているので心配はない。

考えるからよい選択が出来るのか
果たして物事の決定は無意識に支配されているのだろうか。これを知るために専門家は次の三つを検討した。
 * 無意識はどれほど決定に影響しているか。
 * 無意識による選択には性とか人種とかの偏見が絡んでないか。
 * 偏見がある場合、それを防ぐ方法はあるのか。

最初の問に答えるために、消費者が商品を上手に選択した時、意思がどれほど働いていたかを調べた。驚いたことに、余り考えていない時に良い選択が出来ている。専門家は、無意識で物を選択すれば、意識でするより脳にかかる負荷が低いためとした。確かに直感で判断すれば早いし、疲れない。

リベットの研究の時と同じく、この発表も評判になった。しかし再現するのは甚だ難しい。物事の判断は沢山の要素が絡んでいて、何処から意思で何処から無意識か、にわかに判定できない。我々の意思決定に及ぼすものには、感情とか、雰囲気、疲れ、空腹、緊張、思い込み等があるし、あっても影響されないようにあるていど意識で補正もできる。

所で偏見はどう影響するであろうか。最近の新しい研究では、人は知らず知らずのうちに偏見に影響されるとしている。これが思わぬ所に現れて、人事、採用、法廷闘争、医学に影響している。しかし、ここにも問題があり、テスト結果の再現が得難いのだ。しかもテストで得られた結果が実際の意思決定とあまり関係がないと分かった。

直感による選択で間違いをすくなくするために、今までに色々方法が考えられている。ノーベル賞科学者であるリチャード・ターラーとカス・サンシュタインの研究では、よりよい決定をするには、無意識からの命令にクッションを設けるべきと主張している。人をひじでそっと突くと言うやり方で、間違いに気づかせる。

残念ながらこのひじ突き理論も見事に失敗した。理由は数々あるが、例えば間違った方向に突いてしまったとか、文脈を読み違えたとかであり、どうも人間に間違いを気が付かせるには、ひじ突きだけでは無理なようだ。

人間は変化の主体であるかどうか
心理学では基本的に人間は変化の主体であるとしている。
我々は、潜在意識に影響される環境にあっても選択は自分の側にあると考えたい。例えば選挙で一票を投票する時、実はソーシアルメディアの影響があるだろうが自分の意思で選んだと言う。

私は、無意識の影響を過大評価する最近の心理学にあまり賛成しない。どうして無意識説がこうも流行するのか。それは、我々が普通何かをする時にあまり考えていないからだろう。
でも物事がうまく行かない時、失敗から学んでやり方を変える事が出来るし、それを成功に導く事が出来るのは意思の力があるからである。その反対だったら、社会が成り立たない。

もう一度確認するが、恋に落ちるのは充実感が得られるとか、克服感が得られるからとか幾らでも理由を挙げられるが、決して無意識の罠にはまっている分けではない。



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