最近のヒステリー解釈

2006年9月26日
ヒステリーは過去、魔女や聖人そしてフロイトの一患者であるアナ0に下された病名で、その歴史は過去4,000年にのぼる。

このビクトリア朝時代の表現ヒステリーは、最近の50年間に大分廃れている。兆候は1960年代に始まり、最近は個別の診断名に変化した。ヒステリーとは19世紀的途方も無い表現で、文学的表現には便利であるが、現代では非科学的として排除されている。ヒステリーは暗く女性蔑視を匂わせる言葉で、医者は使いたく無いと言う。

20世紀全般に渡り、ヒステリーの科学的研究は無視されて来たが、最近の脳スキャンの技術の進歩により再脚光を浴びている。単一光子放射型コンピュータ断層撮影(SPECT)や PETスキャン等の技術により、脳内の変化を秒単位で観察できるようになり、次第にベールは剥がされつつある。

ヒステリーはその曖昧さにも関わらず、現在も患者は沢山いる。「もしヒステリーはもう存在しないと言うなら、最終病院(Tertiary Hospital、重病を扱う病院)に行って働いたらよい。沢山のヒステリー患者を発見するはずです」とオーストラリア、シドニーの子供病院の精神科医であるカシア・コズロスカ氏は言う。

ヒステリーは今も存在しているが名前は変わった。1980年に出版されたアメリカ精神医療協会の精神病診断方法の第3版では、ヒステリーを今まで神経症の転換性タイプとしていたが、転換性障害と名前を変えた。

「ヒステリーの病名は女性をイメージし、女性蔑視の響きがあります。だからこの言葉が廃れたのはよい事でしょう」アメリカ精神医療協会で研究部門の副責任者をしているウィリアム・ナロー氏は言う。

その結果、ヒステリーに代わる非器質的、心因性、医学的説明不可等の用語が使われるようになった。非器質的とか医学的説明不可の病名は、単に転換性障害ばかりか、大変広い病気群を含有する。初診に訪れる患者の40%が非器質的とか医学的説明不可にあたるという統計もある。また、ひきつけの原因がヒステリーと思っても、患者の心を推し量って医師も当たり障りの無い言葉を選びたがる。

用語の変化はあっても人間は変わらない。「ヒステリーは今でもあるし、診察室で頻繁に見られます」とジュネ−バー大学の神経科医であるパトリック・ビレーミア氏は言う。今もヒステリーは珍しくないかも知れないが、十分調べられているかと言うとそうでは無い。転換性障害(ヒステリー)をどの分類に入れるべきかの意見の一致は未だ無い。疫学には曖昧な所があり、現在のヒステリー診断基準は多くの専門家に支持されているわけではない。西側の病院では、訪れる患者の1〜4%が転換性障害と言う統計もある。しかも、患者は視覚障害、麻痺、ひきつけ等、雑多な症状を抱えて病院を訪れる。

ヒステリー患者に共通している二項目を挙げると、一つは彼等が嘘をついていない事、二つ目はいくら検査をしても医学的に悪い所が発見できない事である。今まで行われたヒステリー研究ではその規模が小さく、また方法論に問題があって結果の比較が難しく、総合的結論が出せなかった。

「ヒステリーの用語は現代に受け入れられないし、反発もある。ヒステリーを研究するとでも言えば、『何だそれはフロイト理論への後退ではないか。本物のサイエンスをやろう』と言う人も現れる」とウェールズにあるカーディフ大学神経精神科の教授であるピーター・ハリガン氏は言う。

フロイト以前にもヒステリーと言う言葉はあった。原語はヒステラでありギリシャ語で子宮を意味する。古代の医者の中には、餓えた子宮、間違った位置にある子宮が女性の病気の原因になっていると言う人もいた。ヒポクラテスは子宮理論の中で、女性の病気を治すには結婚が良いとした。

その後に現れたのが聖者であり、呪術師であり、悪霊に取り付かれた者達であった。17世紀ではヒステリーは発熱に次ぐ最もありふれた病気であった。19世紀に入りフランスの神経医学者であるジャン・マルチン・シャルコーやピエール・ジャネットがヒステリーの現代医学的基礎を作った。そして、シャルコーの生徒であり若き神経学者であったジークムント・フロイトが、劇的にヒステリーの見方を変えて大衆化させた。

フロイトの魅力は、何故ヒステリー患者が卒倒したり、痙攣したりするかを説明した所にある。彼は「転換」と言う言葉を使い始めた。彼によれば、ヒステリーとは解決されない無意識の葛藤がヒステリー症状に転換したと言う。彼のこの「体は心のドラマを演じている」に取って代わる理論は未だ現れていない。

「ヨーロッパの医者には、ヒステリーが体の病変と関係しているのでは無いかと考える人もいた。例えば、不幸な子宮、余りに細い神経、肝臓から出る黒い胆汁等がひきつけ、叫び、痛みを起しているのでは無いかとした。フロイトがこの因果関係を逆転させ、心の葛藤がヒステリー症状を起すとした」とイリノイ大学の助教授であるマーク・ミケール氏は言う

現在の神経学者は脳と心をを別々に考えていない。多くは未だ不確かではあるが、脳スキャンによる検査では、脳の感情の中枢が感覚野や運動野の回路を変調させているのが分かり始めている。

過去10年間にヒステリー患者の脳スキャンが多く取られ次の事が分かった。患者の神経と筋肉には問題がない事、即ち構造より機能に障害がある事を示している。患者では動きを指令する高度の部分、即ち意志の部分に問題が起きていると推察される。映画で言えば、俳優が駄目なのでなく、監督に問題がある。

手を動かすには次の一連のプロセスを必要としている。先ず手を動かしたいと言う動機があり、次にどの筋肉をどのように収縮するかの計画、そして最後に実際に手を動かす実行がある。理論的にはこの3つの段階のどの段階に問題が発生しても麻痺は起きる。(シャルコーは1890年に既にそのように考えていた)

1997年に雑誌Cognitionで、カーディフ大学のハリガン氏の研究チームは、体の左半分が麻痺した女性の脳の機能を詳細に調べ、彼女の体、脳には病変がない事を確認した。

彼女が麻痺した左の足を動かそうとしても、活動すべき脳皮質が活性化していなかった。その代わり、右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質が活性化していた。この部分は行動と感情に関係する分野で、ここが運動を抑制して足の麻痺を起しているので無いかと判断した。

「患者は足を動かそうとしている。しかし、その意志が原始的な右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質を活性化し、動かそうの命令を阻止した。彼女は足を動かしたいのですが足は動かないのです」とハリガン氏は言う。

その後に行われた研究でもこの考えは支持されて、転換性障害の患者では、感情を処理する脳に変調を来たし、動き、感覚、視覚の脳の回路が正常に働かなくなったとしている。

今後、このようにスキャンで診断する方法が主流になるであろう。従来の検査では悪い部分を発見出来なかったから、勢い、仮病ではないかの誤った偏見を医師に持たせる結果となった。

ヒステリーとは従来、意味不明な病気の総合名詞であり、癲癇から梅毒までヒステリーに入れられた時代があった。これらの病気は時の流れと診断技術の発達により、別の病名を獲得している。

この歴史的経緯により、人は転換性障害の診断名に懐疑的になる。(1965年に発表された報告によると、転換性障害と診断された人の半分は後に別の神経障害と診断されている。比較的最近の調査によると、診断ミス率は4〜10%と言われている)

「脳スキャンのデータ−は転換性障害の診断をする時に役立ちます。治療と診断を同じ言葉で説明できるからです。患者は医師の所に訪れる時に私は麻痺したとは言いません。患者が体で表現するなら、医師も体で表現すると互いに理解出来ます」とビレーミア氏は言う。

脳スキャン検査は医療関係者のヒステリーに対する偏見を取り去ろうとしている。「ヒステリー患者は我々の間では大変評判が悪かった。彼等は、どうも奥深くの所で我々を騙しているのでは無いかと、我々が思うからです。だから、わざとらしい症状を見ると『ちょっとおかしいのじゃないの。足うごかせますよ』と言いたくなるのです。もう1つ好きになれないのは、彼等が良くならないからです。それも意図的にしているように見える」とバーモント大学の神経学助教授であるデボラ・ブラック氏は言う。

文化は変わっても症状は余り代わらない。オーマンではジン(悪霊)がひきつけを起すと言う。ナイジェリアとインドではヒステリー患者は頭、手、足にピリッとした痛みを感じる。カリブ海諸国では頭痛、震え、心臓の動悸、むかつきが一般的症状である。イギリスでの帰還兵士の調査では、20世紀を通して心的外傷障害はなくならなかったと報告がある。本能が心に取って代わったのだ。

ヒステリーの広範性、人間の歴史と共に存在した長い歴史から見て、ヒステリーは恐怖に対する本能的反応であろう。麻痺のような機能の完全喪失は、最早不可能な事態に直面した時に起こる反応とも考えられる。例えば、車のヘッドライトに目の眩んだ鹿を考えたらどうだろう。

しかし、未だ分からない事が多く「ヒステリーに関しては、未だ我々は入り口に立っているに過ぎない」とハリガン氏は言う。



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