個人に合わせた脳深部刺激

2021年2月24日


脳はコンピューターであり電子情報を交換する臓器である。脳の活動とは、一つの脳神経細胞からもう一つの脳神経細胞に伝達される電子の動きであり、もしこの電子活動のメッセージが読めるなら、修正を加えて心の病を治す事が出来るかも知れない。治したい病気はアルツハイマー病から統合失調症まで幾らでもある。欲を言えば誰でも頭を良くしたいし、悪い癖を治したいとも思う。

今年の1月に” Nature Medicine ”誌に発表された二つの論文によると、電気刺激により強迫行為や鬱を改善できる。今ままで、鬱とか強迫行為の一言で片づけていた症状が、実は一人一人異なった電気信号を発する症状であるのが分かった。するとこれからは個人に合わせた治療を選ぶ時代になるかも知れない。

最初はカリフォルニア大学サンディエゴの研究で、療法に殆ど反応しない強度の鬱に悩む女性で、彼女の脳には電極が埋められている。その彼女の頭に10日間、各種波長の電気刺激を与えて調べた。波長を変えると、この本は面白いとか気持ちがスッキリしたと直ぐ彼女は反応している。落ち込み、無力感を感ずる時の脳も観察して、その結果を電気刺激に反映させた。この装置は脳深部刺激法と呼ばれ、現在まで、パーキンソン病の治療に多く使われている。

「鬱にも使えるが、個人差が大きい。恐らく複雑な神経回路が関わっているのだろう」と研究を指導したスキャンゴスは言う。彼女は鬱の患者の治療には、より個人に適した周波数の電気刺激を与える必要を感じている。脳深部刺激法も心臓のペースメーカーと同じで、患者の鬱状態を自動的に感知して個人にあった電気刺激を与えないとならない。

電極を埋める方法は特殊な場合を除いて体の負担が大きいので一般化していない。しかし次の研究では、強迫行為の患者の頭皮に電極を装着して電磁波を与えている。強迫行為の原因として、眼窩前頭皮質の活動が疑われていて、ここが患者に強迫行為を命令し報酬を得させていると考えられている。実験では64人の被験者にゲームをして貰い、ゲームに勝った時に眼窩前頭皮質から出る脳波を記録した。

研究で分かったのは、眼窩前頭皮質から発せられる電波の周波数は人により違う事だ。そこで各個人に合わせた周波数で、眼窩前頭皮質に刺激を毎日30分、5日間加えた所、強迫行為が30%減少し、その効果は3か月続いた。実験参加者には強迫行為の患者は含まれていないが、多少その傾向がある人達で、強迫行為が強い人ほどより効果が現れた。論文では、眼窩前頭皮質の活動リズムが正常になり、脳の他の分野に影響を及ぼしたとしている。

「人が持つ固有の神経細胞の周波数に合わせるとは、丁度ラジオを選局する時の周波数を合わせるのに似ている」と研究に参加したラインハートは言う。強迫行為と一言で言うが、実は人により脳動作の違いがある。強迫行為も個性にあった治療が出来れば、今までは医者に行くことをためらっていた人も脳深部刺激療法を受ける気になるであろう。

「実験ではすぐさま良い反応があり、そんな時は手ごたえを感じます。心の病につきまとう社会的汚名を削ぎ落したい」とスキャンゴスは言う。
「どの治療が有効で、どの方法が有効でないかが分かったら有難い。貴方の鬱はこのタイプだからこの治療が良いでしょうと言える分けです」とマウントサイナイ医科大学のヘレン・メイバーグは言う。

個人差が更に分かったら、既存の病名は必要なくなるかも知れないとハーバード医科大学のパスカル・レオンは言う。
鬱とか強迫行為と言わないで、患者の訴えを聞いて、それならこれと言う事になる。
「脳と言うのは、研究すればするほど可塑性のある存在なのが分かる。即ち、脳の故障を直すのに方法は一つではないのです」とボストン大学のシュレイ・グローバーは言う。

しかし、脳の可塑性こそが問題を難しくしているとも言える。ある人には何でもない事が他の人には非常に困難になる。税金の申告程度の悩みが、人によっては家族の死に直面したような激しい苦悶になる。この辺の解明が今後の脳研究の課題だ。



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