スマホ多用と自傷行為

2022年8月22日


ここに単にCと呼ぶLGBTの若者がいて、彼女の思春期の訪れはわずか10歳だった。顔にはニキビが出て胸が盛り上がり、人目が気になったのでインターネットに逃げ込む事が多くなった。 彼女は iPodをもってベッドにもぐりこむ。 iPodは10歳の誕生日に祖父母からプレゼントでもらったものだ。CはLGBTであって性の特定が難しい第三の性に属する。インターネットでは友達を発見し、自分の写真をアップロードした。果樹園の中でリンゴを握りしめている写真であったが、見た人はCが大人に見えるとコメントを寄せた。

男のビュアーからは下品な写真が送り付けられてセックスを求められた。彼女は今、ソルトレーク市に住んでいて22歳になる。インターネットはむしろ 彼女の心を歪め、同じ悩みを持つ若者と交流するがそんな時に自傷行為が始まった。

「インターネットは便利でもあるが問題も多い。もし自分が4000年前に生まれていたら、今とは違っていたはずである」とCは言う。

最近の新聞記事では、若年層の問題が飲酒、薬物、十代の妊娠から不安、鬱、自傷行為、自殺へと変化しているとしている。この変化は若者のスマホ多用時代と一致して、必然的にソーシャル・メディアの是非に目が向けられる。2021年、フェイスブック自身が調査した結果では、インスタグラムを利用している少女の40%が自分は魅力的でないと感じているとしている。

インターネット上の情報交換はプラスにもマイナスにも働く。「インターネットとは拡声器の役割をしていて、これを使うとメッセージが強烈になる」とスタンフォード大学のバイロン・リーブズは言う。

問題はスマホと脳の関係を調べる費用が不足していることだ。2005年から2015年にかけて、アメリカ国立精神衛生研究所の予算が42%も減っている。アメリカ国立精神衛生研究所のディレクターであるジョシュア・ゴードンは「この問題には科学が追いついていないと言う側面もある」と言う。

それでも具体的にスマホの何が悪いかとなると指摘がむずかしい。それはインターネットを見る行為とは非常に幅が広いからだ。

仲間を求めて

Cは中流の家庭に育ち、幼いころから音楽の才能を示した。8歳の頃、ピアノで”エリーゼのために”を見事に弾いて叔父を驚かしている。心の問題はCの家庭の問題で遺伝子も関係している。Cが思春期に入ると、鉛筆の芯を足に埋め込む行為を開始した。「まだ小学校だというのに、おかしなことを考え始めたのです」と 彼女は言う。

10歳の時にインターネットのあるグループに加わった。最初は友達を探す目的であったが、男から嫌がらせを受けた。辛いけれど両親に言い出せなかったのはアイポッドを取り上げられるからだ。

「自傷は私には一服休憩みたいなもので、切る、ユーチューブを見る、そしてまた切るを繰り返します」とCは続ける。クラスの生徒がCの腕に刻まれた傷を見て、カウンセラーに報告した。精神病院に1週間入院して抗鬱剤のゾロフトを処方され、家に帰された。Cの家族は彼女の回復を願ってユタ州に引っ越したが、同じ苦しみを持つ若者はユタ州にもいた。

調査によると、2007年から2016年にかけて5歳から17歳までの若者では、一般の緊急入院の数には大きな変化はなかったのに、心の問題では断然増加し、不安症で117%、感情不安定で44%、注意欠陥障害で40%増加していた。2020年に発表された小児科専門雑誌の報告では、自傷行為での入院は329%も上昇していたのに、飲酒での入院は39%減少していて、明らかに社会が変化しているのが分かる。

この時期はスマホが登場して、若者がスマホを見る光景が世界中に広がった時期でもある。2005年では45%の若者が携帯電話を保持していたが、2010年には75%になり、2018年には95%にもなった。その半分の人たちがスマホを常時見ていて、それにパンデミックが追い打ちをかけた。

ユタ大学のカレン・マノタスは、ソーシアル・メディアは明らかに心の問題を起こしているという。去年の9月、彼女は自殺未遂をした15歳の少年を診察したが、自殺未遂の原因は彼の恋人が心変わりしたためだ。更に、ソーシャルメディアでも彼は間抜けと罵倒されていた。

彼をふった女の子もおかしかった。彼女自身、インフルエンサーに影響を受けていて、インフルエンサーが示すチック症状(首を振る症状)がそのまま女の子に乗り移っていた。これにはカレンもびっくりした。

「こんな事は以前はなかったことです。精神的に不安定になった彼らは、自分を受け入れてくれる仮想世界に入り、そこで病気を拾ってきてしまう」とカレンは言う。

情報過剰が症状を悪化させる

1900年以来、少女の思春期は速まり、現在12歳から14歳で多くが始まる。原因として食事の改善があげられる。少年では少女より1年遅く、やはり同じ傾向が見られる。思春期に入ると脳はホルモンのシャワーを浴びて刺激に対して敏感になると、ワシントン大学のアンドリュー・メルゾフは言う。
しかし、脳の中の自己をコントロールする部分は未発達であるから、情報を上手く処理できない。

スマホの多用と若者の情緒不安定の関係を各種調査しているが、結果はバラバラでそうだと結論するのもあれば、ほとんど関係がないとするものもある。

2018年のLGBT調査では、若者に取ってソーシアル・メディアは両刃の剣で、そこでは助けが得られると同時に敵意にもさらされるとしている。「一つ発信すれば数千のメッセージが返ってくるが悪意のあるものも多い。同じ苦しみを共有できるとも言えるが、心が乱される可能性もある」とミシガン大学のゲーリー・ハーパーは言う。

2019年のオランダで行われた調査では、3週間に渡って353人の未成年に、毎日6回どれほどインスタグラムやスナップチャットをしたか、またその際どう感じたかの感想を尋ねた。結果は20%が不愉快、17%が良かったとあり、個人差が出た。「子供には個人差がある。ある子はうらやましく感じても他の子にはやる気を起こさせる」とアムステルダム大学のパティ・フォルケンバーグは言う。

睡眠不足その他
2020年の4800人の十代の若者を調査した研究では、心の不安定と睡眠不足には関連があるのがわかった。普通、若者では8時間から10時間の睡眠が必要であるが、鬱を訴える若者の睡眠時間は7時間半と短かった。

「睡眠不足は若者の心の問題の原因になり得る。だから親は子供に寝る前の1時間はスマホを使わないように、日中は出来るだけ外で活動をするように言うべきだ」とオーストラリア・フリンダーズ大学のマイケル・グラディサーは言う。

マウント・サイナイ医科大学のカラ・バゴットは「ソーシャルメディアが利益を上げようと膨大な投資をする一方、彼女のような研究者に割り当てられる予算は限られている」と言う。

一方、12,000人の若者に質問票を送り、行動を観察し、膨大なMRIイメージを取り、脳の発達とその機能を調査する研究も進行している。この研究では2015年の頃は薬物依存に比重を置いていたが、最近はスマホ使用の影響に注目している。

アメリカ国立精神衛生研究所長のゴードンは、「社会の心の問題に取り組む姿勢が十分でない。ソーシャル・ワーカーも不足しているし、専門に研究する人も少ない」とゴードンは言う。

20年前には若者に薬物を止めろ、安全なセックスを心がけろ、パーティーの帰りには正気の運転手を探せと言ったものが、今はスマホをどうするかになったとアメリカ国立精神衛生研究所のホグウッドは言う。

音楽ステージに立つ

Cは6月にデンバーの音楽ステージに、目を猫の目のように描いて立った。
「あの顔、すっごく良かった。目が特に良い」とソーシャルメディアにコメントが寄せられた。この言葉にCは感動した。

インターネット多用の時代に入り、Cの症状も悪化した。摂食障害あり、自傷行為あり、不登校あり、強い鬱ありで、15歳で1週間病院に入院し、18歳ではありったけの錠剤を飲んで自殺未遂した。

「頭は大人になり始めたのに感覚は子供のままでどうして生きられるのか。死んでやる」とCは言う。

二回目の入院の時に精神科医とスマホの話をした。「自分は10歳の頃からインターネットをやり過ぎていたと医師に言った。医者は原因はそれかも知れないと答えた」とCは言う。

今春、Cはスピーチと聴覚を学ぶ学部授業を終了して同時に音楽活動も開始した。歌を歌い、作詞し、”レインとチェイン”と言うデンバーで有名になり始めたロックバンドでキーボードも演奏する。

「私は未だ生きている。今後も生きたい。音楽も続けます。最早インターネットの可愛い女の子ではない。私は大人のLGBTで、もう人目は気にしない」とCは言う。



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