ジャンクDNAが我々の性格を決めるか

2005年 6月9日

ずんぐりしたアメリカの草原に住むげっ歯類の遺伝子研究から、人間の個性(内向、外向)は何で決まるか、あるいは自閉症の原因は何であるかが説明できる可能性が出て来た。

一見DNAのガラクタと思われていた部分が、動物の行動様式である単婚性(一夫一婦)か多婚性を決定する重要な役割をするのが分った。ボールと呼ばれるアメリカ中西部に住むげっ歯類のオスメスの関係、ツガイ行動を規定しているのは、ジャンクDNAと呼ばれる意味不明の遺伝子文字の繰り返し部分であった。この研究はエモリー大学のラリー・ヤングとエリザベス・ハモックの両氏によりサイエンス誌2005年6月10日号に発表された。

研究は、1980年中頃からトーマス・インセルにより開始された。目的は家族性を神経学的に研究するもので、今回の成果はその最新のものである。1993年までには、既にバソプレッシン(vasopressin)と呼ばれるホルモン受容体の分布が、単婚性のボールと多婚性のボールで劇的な違いがあり、それが動物の違ったライフスタイルを作る原因になっているのを発見している。しかし、このボールでは単婚性多婚性以外では全く見かけは同じであり、どのようにしてこの2つの性質が進化して来たかは未だ不明である。

「我々のゲノムの中の少しの違い(ホットスポットと呼ぶ)が個体の性質の大きな違いを作り出しているのが分った。個体間の性質の差を作るのは蛋白質を作る遺伝子コードでなく、遺伝子の表現を決定する場所であった。遺伝子の変異体が脳内のホルモン受容体の分布を決定し、それが動物の個性になっていたとする重大な発表である」とインセルは言う。

ハモックとヤングは特に遺伝子微小付随体(microsatellites)、即ちバソプレッシン受容体遺伝子のジャンクDNA部分に分布した遺伝子文字の連続に注目した。

「以前はこの部分を何の機能も有していないので、ガラクタDNA(Junk DNA)と呼んでいました」とハモックは言う。

動物の種は全て個有の遺伝子微小付随体を持つ。例えば、単婚性のボールでは多婚性のボールよりずっと長い微小付随体コードを持つ。しかし同じ種の中でも個体により微小付随体中の遺伝子文字の数には違いがある。

細胞培養による研究では、ボールのバソプレッシン受容体の微小付随体が遺伝子表現を変える力がある事実を突き止めている。次に単婚種であるプレイリーボールの内、長い微小付随体を持つ個体と短い微小付随体を持つ個体をかけ合せた。長い微小付随体を持つ雄の成長した子孫は、社会性とツガイ性を規定する脳の分野(嗅球: Olfactory bulb 、側部隔壁:Lateral septum )で、バソプレッシン受容体の数が多かった。雄は雌の臭いを嗅ぎ、見知らぬ他のボールを歓迎し、良きツガイを守り、子供の面倒見も良かった。

「脳の回路を部屋に例えると、バソプレッシン受容体は部屋のドア−の鍵であり、バソプレッシンはその鍵を開けるキーである。するとバソプレッシン受容体の鍵を持つドア−の部屋だけがホルモンで開き、影響を受ける事になる。動物のバソプレッシンに対する反応は部屋の鍵が空くかどうか、即ちバソプレッシン受容体があるかどうかによる。そしてバソプレッシン受容体の分布は遺伝子微小付随体の長さで決まる」とハモックは付け加える。

長い遺伝子微小付随体を持つプレーリーボールは、社会性を規定する脳神経回路上にバソプレッシン受容体をより多く持ち、ボール同士があう時にバソプレッシンが分泌され、社会性をより学ぶのであろう。このような個体の性格が環境に順応するなら、その性格は自然の選択により後の世代に伝わる。

バソプレッシン受容体の遺伝子微小付随体の長さは人により異なり、この差が人の性格(外向、内向)、ひいては対人恐怖症や自閉症の発症要因になる可能性がある。平和を愛するボノボと呼ばれるサルは、近縁のチンパンジーと違って、人間に近い遺伝子微小付随体持っているのを、エモリー大学の研究チームが発見している。ある家族ではこの遺伝子微小付随体の変性が、自閉症発症に多少関係しているのを最近の研究が確認している。自閉症スペクトラムは幅があり、その亜種グループが最近明らかになっているが、更なる研究で微小付随体の変性と自閉症の関係が次第に明らかになるであろう。

今までジャンクDNAと呼ばれていた遺伝子微小付随体は遺伝子の中で最も変異し易い部分で、ジャンク所か、他の遺伝子と相互に作用しながら、個体の個性を決定する可能性を秘めているとヤングは言う。