恋わずらいの脳


2005年2月13日

誰もが恋に落ちる感情を知っている。ほとばしる高揚感、近づきたい激しい欲求、一緒にいたい欲求、名前を聞いただけで興奮する感情等である。この感情の爆発は麻薬依存症に似ていると最近の科学が言い始めている。

恋とは感情というより肉体的麻薬依存症の状態であり、この激しい相手を求める欲求により、我々の子孫を増やす事が出来ると見る。恋はハンマーの打撃のように我々に襲いかかり、失恋は異常な激怒を起こすが、そのからくりが最新のブレインスキャンの映像で明らかになってきた。

フィラデルフィアにあるアルバート・アインシュタイン医療センターの神経学者であるルースィー・ブラウン氏がこの映像を研究している。氏は実験で被験者に恋人の写真を見せてその人のブレインスキャンを取った所、映像は丁度、麻薬の注射を受けた直後の麻薬患者に似ていてショックを受けたと言う。

「恋をする人の脳中央部にある腹側被蓋核(ventral tegmental area)は活性化していて、コカイン注射をした後の恍惚状態に似ていた」とブラウン氏は言う。これまで、恋は一種の麻薬耽溺状態ではないかと言われて来たが、それが果たして化学物質によるものかどうかは分からなかった。ブラウン氏によれば、我々の報酬回路である腹側被蓋核を見る限り、薬物中毒のそれであった。腹側被蓋核とはドーパミンを生産する脳の重要な部分で、ヘロイン、コカイン、アルコール、ニコチンその他、多くの麻薬性薬物が作用する場所でもある。ドーパミンは自然が作った最も強烈な覚醒剤であり、この腹側被蓋核こそが我々の気持ちを良くし、目的に邁進させる脳の中枢である。

「我々に好きな人が出きると自然は子孫を残すように命令する。ドーパミンが噴出され、何が何でも好きな人を獲得するように仕向ける。この力は強烈であり、恋に落ちた王が、王位を蹴っても彼女に走る理由が分かる。脳の状態はまさに咽喉が渇いて水を求めているそれに近い。人は水を飲むために何でもする」とブラウン氏は言う。

麻薬患者は最初、火曜と木曜にコカインを飲めば良いと考えているが、その内、毎日必要になる。恋はこれに近い。

有名な人類学者であるヘレン・フィッシャー氏は人類進化の過程で我々は子孫を残す最強の手段を獲得したと言う。「ある人が好きになると、最初は1週間に1回会いたいと思う。しかし気が付いたら、結婚以外考えられない状態になっている。恋は終わっていると思っていても、直ぐ再発する。数ヶ月あるいは数年の自制の後でも、電話の一声、あるいは音楽のメロディーでドーパミンが噴出する。可愛さあまって憎さ百倍も同じ現象だ」と続ける。

「ふられて自暴自棄になるのは失った恋に打ち勝ち、子孫を残す戦いを更にする為であろう。自暴自棄が相手を諦めさせ、次の相手をさがさせると私は考える」とフィッシャーは言う。

この新しい科学の発見が恋に苦しんでいる人を救うことになるかも知れない。トロントで精神科医をしているアービン・ウォーコフ氏が言うには、彼の病院に来る患者の内、恋に悩む人達の数がかなりを占めていると言う。「精神医学用語では過敏性拒絶不快症と言い、患者は恋の耽溺状態であるが薬物依存症に近く治すのが難しい。新しいブレインスキャンで得られた知識がこの方面の解決の糸口を提供してくれるかも知れない」とウォーコフ氏は言う。「恋の基本的メカニズムを生物学的に解明すれば、患者の希望をかなえつつ、合理的選択を選ばせる事ができるでしょう。誰でも、この場合間違いを犯しやすいですが、それでもチャンスはあると思う」とウォーコフ氏は言う。

「一方的愛は重大な結果を生みやすく、誰でもストーカーになり得るわけで、ブレインスキャンもそれを示しています。でも我々は自制できる」とフィッシャー氏は言う。

この方面では最近、抗鬱剤を投与する動きがある。でも効果は部分的であり、完全解決への処方箋は無い。今の所、恋煩いへの処方箋はアル中や麻薬中毒治療と同じである。薬物依存症との違いは、彼らは常に新しい恋人見つけて相手の気をひきつけようとすることだ。



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