続LSDによる鬱治療

2021年12月29日


現代は幻覚物質利用のルネッサンスの時代と言われている。長く社会から拒絶されて来たシロシビン(幻覚キノコの成分)やメチレン・ジオキシ・メスアフェタミン(エクスタシーとも呼ばれる)が見直されて、鬱、PTSDの治療に試されるようになった。

先月、心の病気治療を専門とするコンパス・パスウェー社が、シロシビンを治療困難な鬱病の患者に応用して有効であると発表している。この試験は、シロシビンの有効性を調べる試験としては今までで最大であった。

2016年にも、ロンドンのインペリアルカレッジがシロシビンの試験をしていて、これがアメリカ食品薬品局にシロシビン療法を鬱治療に採用するきっかけになっている。採用されればシロシビン利用規制は解除され、鬱治療薬としての研究が加速される。

2016年にThe Lancet Psychiatry誌にシロシビン試験結果が発表されたが、試験を受けた人にカーク・ルッターがいる。今、彼は処方を受けて5年経ち、その経験を語っている。尚、会話は一部編集されています。



私は母親が死んで以来、酷い鬱で苦しんで来ました。彼女は回復が望めない病気を患っていて、生前には死を受け入れると言っていました。それを聞いて私も安心していたのですが、実際母親が死ぬと予想に反して激しく落ち込み、生活が困難になったのです。

私は母の死ばかりでなく、迷惑な隣人にも困っていました。隣人はアル中で物を投げつけて来ます。これが年中続き安心する暇がありませんでした。にも拘らず仕事には行かなくてはならない。そこへ母が死んでから1年目の離婚です。三重苦に至り、最早平常心を維持することが出来なくなりました。

私も一般の鬱治療を受けていましたが、抗鬱剤が与える気分の変化に馴染めなかったのです。気分を薬物で弄っただけで、これは本物ではないと感じたわけです。会話療法も1年ほど受けてみましたが、さっぱりで、そんな時にシロシビン試験を知りました。

シロシビンによる鬱治療は標準治療に反応しない人を対象にしています。インペリアルカレッジとは電話で話して、私の過去の治療が有効でなかったことを確認した後、本格テストに入ることになりました。



ルッターさんは、今まで幻覚剤を試したことありますか。

シロシビンは初めてですし、幻覚剤なんてやったことありません。

試験を受けるに当たって幻覚剤をどうお考えでしたか。
嫌な雰囲気でした。ロンドンのある地区を歩くと、幻覚キノコを売っているでしょう。新聞ではこの薬物をやって窓から飛び降りる人を報道していて、印象は極めて悪かった。

試験では何回シロシビンを投与されましたか。
2回です。最初は10mgで二回目は25mgです。最初の10mgでも十分効果があったから2度目はかなり強かったです。
試験を受ける前に電話で面接があり、当日にも直接面接が3時間にも及び、この際不安になること全て聞きました。最初は不安でしたが、病院に入ったら覚悟が出来て落ち着きました。試験の最中にはセラピストは横に待機していまして、音楽も流れていて心を和ましてくれます。

10mg投与の時は心地よく音楽を聴いていました。ゆっくり橙色の光が揺らぎ始め、次第に強くなり、幻覚トンネルに入って行く感じです。でも、いきなりインド楽器であるシタールの音を聞いた時にはびっくりしました。でも最初のセッションでは大きな変化がありませんでした。

そして一週間後に25mgです。10mgでも十分効いたのに25mgとはと、ちょっと身構えました。やはり物凄く効いて、音楽が毛穴に染み込んでくる感じです。その時、悲嘆にくれる自分が見えた。悲嘆のままでいたいと思うと同時に、悲嘆が消えても母親を失うわけでもないとも感じた。それまでは、悲嘆から回復することは母親への裏切りとも考えていたわけで、これは大きな変化でした。

もう一つ気がついたのは、人間関係を回復しないといけないと感じたことです。セラピストには、頭に固着して離れない嫌な考え、すなわち反芻思考がついにふっ切れたと話した。

いきなり穴から放り出されて身支度を開始するようなもので、まずは基本的組み換えが必要と感じました。前に言ったように、隣人はアル中でドロボーだから、ここから離れる必要があり、アパートを売り、新しい家を購入した。この変化は大きく、仕事も創造的方向に向いた。未だ多少の悲嘆は残っていましたが、自分をコントロールする術を体得して、以前のよな糸の切れた凧ではなくなりました。

シロシビン療法により変わって、元に戻らないと断言できますか。
できます。本質に気づいたということです。幻覚作用とは、何かを知覚して取り込み消化をする心の動作が、同時に起きることではないでしょうか。

シロシビン療法の今後をどう考えますか。
療法をもっと広めるべきです。人間はこの幻覚物質を数千年も使ってきた。幻覚作用の利用とは極めて人間的なのです。



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