脳の映像を撮る最新技術が鬱病や躁鬱病原因解明に大変役立っていると最近報告があった。 「脳画像の研究により、鬱病や躁鬱病の脳の何処に問題が発生しているのかが次第に分かるようになっています」とエレン・リーベンフルトは言う。 本格的鬱病の脳研究 本格的鬱病(Major Depressive Disorder)は広く分布する病気であるが、発症原因に遺伝子因子と環境因子が複雑に絡み合うために、かかり易さ、治療の難易度が人により違いが出ている。研究では未治療の患者の脳に2つの化学系変化が生じているのが分かった。 「2つの化学系変化と調整機能不全が患者に起きているのが分かったが、この不全が患者の症状の激しさ、治療の難しさとどう関係があるのかを研究している」とミシガン大学のジョカズビエタは言う。 研究ではPETスキャンで、セロトニン受容体と体内麻薬とも呼ばれる体内オピオイド受容体を調べた。受容体は神経細胞の中にあり情報伝達の要の役割をしている蛋白質である。17人の未治療の患者の海馬の受容体を調べた所、健康体と比べてセロトニン1A受容体の数が全体的に低下しているのが分かった。(海馬は記憶の中枢であると同時にストレスをコントロールするところでもある) 「セロトニン1A受容体の減少は患者の仕事や家族の関係に影響を及ぼし、特に少ないとその影響は深刻です」とズビエタは言う。 もう一つの研究では18人の本格的鬱病患者の体内オピオイド受容体亜種を調べた。結果は健康体に比べて、視床のミューオピオイド受容体の数が減少していた。視床は感情をコントロールする脳で、ミュー受容体はその中で感情のコントロール及び報酬回路を刺激する分子スイッチの役割をしている。この受容体の減少がストレスホルモンであるコルチゾルを増加させていた。血中に増加したコルチゾルが、ストレスに対する過剰な反応と関係があるかを研究している。また、抗鬱剤であるプロザックに反応しない患者では、感情を処理する脳である前部帯状回のミューオピオイド受容体の数が少なかった。 「次第に本格的鬱病の生物学的多様性が分かってきた。脳の化学系や回路に変化が起きるとストレスや環境に対する反応にも違いが現れ、仕事や社会、家族との関わりに重大な影響を及ぼす事がある。そればかりか、抗鬱剤に対する効果にも違いが現れる」とズビエタは言う 「ミューオピオイド系の不全が標準的抗鬱剤に反応しない原因になっている可能性があるので、将来薬の選択に役立つであろう。もちろん、本格的鬱病に関わる神経伝達物質系はまだまだあるが、上に挙げた2つの系が現在の最新研究です」とズビエタは言う。 正常でない報酬回路 鬱病の症状一つに無快感症と言う症状があるが、PETスキャンとfMRIスキャンを使ってこの症状を研究している。「鬱病を始めとする心の病気を治療するには、どの脳の回路に問題が生じているのかを調べる必要がある」とウェイン・ドリベットは言う。ドリベットは120人の患者を集めて、お金の報酬を得るゲームをしてもらった。ゲームの結果、無快感症の患者の脳ではお金を儲けてもつまらない、あるいは不安と捉えているのが分かった。 我々が喜ぶ時、神経伝達物質であるドーパミンが脳に噴出する。噴出したドーパミンは受容体と呼ばれる特殊蛋白質で受け止められ、報酬学習神経路が形成される。この神経路には扁桃体と海馬が含まれているから、ドーパミンが噴出すると感情が高まり、ゴールに向ける行動を開始し、記憶に蓄積する。 鬱状態の人の無快感は多分報酬学習神経路での反応に問題が生じているのではないかと考え、専門家は PET、fMRIスキャンを使いながら血流の変化、ドーパミンの流れ、感情の抑揚、患者のゲーム中の動きを調べた。 「マネーゲームでは健康な人も鬱状態の人も同じ額のお金を儲けるように設定しているが、健康な人は面白がってやるのに対して鬱状態の人は喜びを感じなかったし、むしろゲームの結果を知らせると逆に気持が沈んだ。お金を貰うと健康な人のグループではドーパミンが噴出されたが、鬱状態の人のグループではドーパミンの噴出が無かった」とドレベッツは言う。 脳スキャンでは、鬱状態の人は勝てばお金が入ると思うと扁桃体の活動が活発になるのが捉えられ、同時にゲームのパフォーマンスが低下した。左の海馬の島と呼ばれる部位も活発になり、勝とうと思う気持が不安をあおり、ゲームの判断能力を低下させていると思われる。 鬱病患者の脳では脳の高度の機能をつかさどる皮質の部分でも活動が違っていて、この部分の活動が健康な人のグループより低下していた。「判断を下す脳皮質の活動の低下の意味する所は、楽しいか面白くないかより失敗した時の不安に心が奪われている」とドレベッツは言う。 その他の研究 イェール大学のヒラリー・ブランバーグは、MRIスキャンを使って躁鬱病患者の脳を調べている。その結果、躁鬱病患者の前頭前野皮質と扁桃体の体積が健康体に比べて低下しているのが分かった。また、感情を刺激した時や衝動的感情をコントロールする時にこの回路に問題が発生していた。 脳の成熟期と躁鬱病の発症時期が一致するのを見ると、躁鬱病は脳の発達障害ではないかとブランバーグは言う。躁鬱病では十代で前頭前野皮質と扁桃体に変化が現れる。この変化を観察すれば診断は可能であろうし、脳の化学機能を回復したり神経細胞成長因子で修復を図れば治療の可能性もある。 それ以外にも拡散異方性画像法(diffusion tensor imaging)や機能的連絡法(measures of functional connectivity)の手段を使って、感情中枢の脳の具合を調べている。「これ等新しい技術と遺伝子解析により躁鬱病の原因解明が期待されています」とブランバーグは言う。 脳科学ニュース・インデックスへ |