PERSONAL HEALTH


楽観主義で仕事を探そう

2012年7月2日
By JANE E. BRODY
ニューヨークタイムズ

 
私は最近、楽観主義についてのコラムを書きましたが、読者から沢山のコメントを頂き、その中で特にカリフォルニア州に住むウィリアム・リッチモンドさんの体験が印象に残りましたので、ここに取り上げます。
彼は現在90歳ですが、彼の体験から”成功するまでは成功した振りをしろ”と言っている。彼の生き方はこれから職を見つけようとする人たちにに大いに参考になるでしょう。

リッチモンドさんは大戦中に海兵隊の戦闘機パイロットとして4年間従軍し、1946年に一般社会に復帰した。その時の心構えは”狙ったものはすべてものにする”だったという。
手始めに、6時間パイパーカブ(単発の軽飛行機)の操縦を練習後、一人で離着陸した。翌年にはパイロットになるために訓練を開始した。”とにかくやってみて、それから学習です。それが海兵隊で得た教訓で、実社会でも応用できるでしょう”と彼は書いている。

リッチモンド氏はまたジャズが大変好きだった。中学時代には学校のバンドでドラムを弾いていた関係で、ロス・アンジェルスに行きプロの音楽家になる決意をする。
”最初はあまり上手くなかったですが、真剣さが認められ、数ヶ月後には盛り場で大きなバンドで演奏していました”と言う。
しかし彼は音楽的限界を感じたために、音楽大学に入り直し、プロのドラマーを目指す。それ以後15年間有名バンドで、ペギー・リー、エラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ等ショービジネスのトップと共演し、最後にジェリー・ルイスとも仕事をしている。

ジェリー・ルイスは、リッチモンドさんの人を笑わせる才能に気がつき、彼にジョークの台本を書くようにすすめ、映画の脚本も薦めた。1961年に書いた”レイディーズマン”はメル・ブルークスと共著のはずであったが、ブルークスが早い段階で引き上げてしまったので、彼一人で書いた。映画脚本の専門教育を受けた後、ジェリー・ルイスのために6本の映画を書き、それ以後30年間もテレビ・ショーのコメディーライターとして活躍して73歳でリタイアした。
”大事なのは何をしたいか、どうそれを具体化するかを心で描いて、後は自分に思わぬ才能を発見するのです”と彼は言う。

イギリスのエセックス大学の心理学者であるイレイン・フォックスは、プラス思考が必ずしも楽観主義の本質ではないと言う。
”本当に大事なのは行動であり、座っていて受身で待っていても思う仕事が見つかるわけがない”と言う。
イレイン・フォックスはマダム C. J. ウォーカー (1867-1919)の本を著している。ウォーカーは奴隷の家族に生まれ、7歳には孤児になり、14歳で結婚し、20歳で離婚した女性です。人種差別、女性差別にも屈しないで、アメリカで最初の黒人大富豪になった。彼女が起したヘアーケアー商品を作る会社が当たったのだ。
”彼女の成功物語は彼女の「やれば出来る」の確信から来ています。倦むことのないエネルギーで挫折を乗り越えている”と彼女は言う。

白熱電灯の製作に取り組むエジソンは、10,000通り以上の方法で白熱電灯の製作を試みたが上手くいかず、その時に彼が言った言葉が有名になった。「私は失敗していない。10,000通りの上手くいかない方法を発見したのだ」とフォックスは書いている。

”大事なのは自分の困難、運命を改善できると信じる心です。これがあれば困難に直面した時にも前進するわけです”とインタビューでフォックス氏は述べている。
”楽観主義とは、「すべては上手く行っている」と復唱するのではなく、上手く行かなくなったときでも前進する態度です。楽観主義者は逆風が吹く時でも、決して挫けません”と彼女は書いている。

たまにハッタリも役に立つ。リッチモンドさんは「自分は名の知れたドラマーだ」と言って最初の仕事をつかんだ。それ以来、仕事がぽつぽつ入るようになり、ある時6ヶ月の巡業の仕事を得た。
”残念ながら最初の晩にクビになりました。未だ私の技量がついていけなかったのですね。しかし代役が見つかるまでそのままやるようにと言われて、やっている内に上達して、クビは撤回されたわけです”と彼は言う。

多くの人は仕事を探す時に、多少収入は下がっても自分にあった仕事が結果的に長続きするし成功すると考える。
マンハッタンに住むロビン・セリグマン・シュミットは、学校では芸術、インテリアーデザインを習ったので、その知識を生かす仕事を探そうと52歳のとき一念発起した。
まず彼女はニューヨークにあるレオ・ベック図書館でボランティアとして働き始めた。この図書館はドイツ系ユダヤ人の文書、芸術作品を保管していて有名である。
”私は芸術の責任者と一緒に芸術作品の分類やそれに伴う雑用をしたのです”
ある時「上海に逃れたユダヤ人」という展示会が開催され、その説明担当として始めて給料をもらい始めた。この展示会では、第二次世界大戦中に中国に逃れたユダヤ人の作品や苦難を展示していた。

”ボランティアとは言え、開始すると今まで考えもしなかったものにぶつかります。とにかく何かやってみるのですね。貴方にぴったりなものを発見するかも知れません”とセリグマン・シュミットさんは、これから仕事を探す人にアドバイスする。



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