記憶の移しかえ


2006年11月14日

毎日の出来事は最初に古い脳である海馬に記憶される。この記憶を長期に保存する為に、海馬から新皮質(海馬の上を覆うように被さっている灰色物質)に睡眠時に記憶が移されると今までは考えられて来た。

専門家は今までこの理論で研究を進めてきたが、実際検証するのは難しかった。しかし、ブラウン大学の神経学者であるマヤンク・メータ氏は、ノーベル賞受賞者である生理学者のバート・サックマン氏と共同で、古い脳と新しい脳の対話を示す画期的実験結果を発表した。この発見は記憶の解明に影響を及ぼす事になるであろう。

「長期の記憶の形成プロセスは、我々が今まで考えていたのとは大分違うかも知れない。今回発見した現象は記憶の形成の一部なのか、あるいは今まで考えられていた記憶の移動は睡眠時には起きていないのか。何れにせよ、従来考えられていた皮質と海馬の睡眠時中の対話理論に疑問が生じた」とブラウン大学の神経科学科助教授のメータ氏は言う。

ノルウェー大学教授であるエドワード・モーザー氏は、海馬での記憶プロセス研究の一人者であるが、「この発見は、睡眠時記憶定着での海馬と新皮質の相互作用の考え方に重大な影響を与える」と氏言う。

実験では、ネズミの脳に電極を挿入し電気変化を調べた。ネズミに麻酔をかけて深い眠りを誘導し、脳には2つの電極が装着された。1つは新皮質の数千の神経細胞の電気変化を調べ、2つ目は海馬のたった一個の抑制細胞の動きを調べる。抑制細胞とは細胞間の交信を遮断する細胞である。

この1個の細胞の電気変化を記録する手法は、マックス・プランク医学研究所のサックマン研究室により開発されている。このやり方により、今回重要な発見が行われたわけだが、深い眠りにおいては海馬と新皮質は互いに規則的交信をしているのが分かった。交信は同期していて、脳波計では同じピークと谷が記録された。

過去の実験では、深い睡眠時に新皮質の細胞がリズムのある活動を開始すると、海馬の細胞は不規則に反応をした。眠りの中で両者が対話をするなら、何故同じ言葉を交わさないのであろうかの疑問が残っていたが、実は同じ会話を交わしていたのが分かった。細胞活動のタイミングは海馬側で少し遅れているだけて、会話は完全に同期していた。あたかも新皮質側で会話がこだましているようであった。

同期された古い脳と新しい脳の会話は、フェーズ・ロッキングと呼ばれる現象で、2つの重要な事実を示唆をしている。即ち、最初に会話を仕掛けるのは新皮質の側であることと、抑制細胞がこの会話を統御している事である。

この発見は、過去の実験データの解釈方法と、今後の研究の進め方に影響を及ぼすとメータは言う。

「2つの脳がどう会話するかが実験的にも理論的にも分かったので、今後学習と記憶を理解する上で役立つと思う。また、2つの違った脳で、2つの違った働きをする神経細胞の動きを同時に調べる事が出来たので、知覚、感情、動作等を研究する上で役に立つと思う。基礎研究と応用研究の両方で新しい分野が誕生しそうだ」とメータは語る。



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