ある特定の遺伝子を欠如したノックアウトマウスが強迫行為を起すのを発見した。そのネズミに抗鬱剤を処方すると症状が軽減し、欠如した遺伝子を注入すると強迫行為が発生しなかった。 遺伝子操作されたネズミは人の強迫行為のように強迫的毛づくろいを繰り返し、顔に皮膚が露出した禿げが出現した。又、不安行動も示した。このネズミに欠如している遺伝子を挿入した所、ネズミの強迫行為は停止し、回路の欠陥も修正された。 遺伝子SAPAP3はある種の蛋白質を生産し、その蛋白質は神経伝達物質であるグルタミン酸エステルを使って神経伝達に関与している。 「今回の研究は、強迫行為様の行動がグルタミン酸エステル系の欠陥によるものであるとする最初の研究で、新しい薬剤の開発の可能性が出て来た。遺伝子SAPAP3の異常により神経回路に問題が発生し、強迫行為が起きると考えられる」とデューク大学のゴーピン・フェン氏は言う。 「日常の基本的研究の繰り返しから、このような思わぬ発見がなされて大変難しい病気の治療に結びつくのです」とアメリカ国立神経病、卒中研究所のストーリー・C・ランディス氏は言う。 「この新事実から、アメリカには220万人いると言われる強迫行為の患者を救う治療法に結び付けたい」とトーマス・インセル氏は言う。インセル氏自身、若い頃強迫行為の研究を行っている。 今までに、強迫行為では脳の中央にまたいで立つ線条体(striatum)が関与している事までは分かっていた。線条体は前頭前野皮質で決定された情報を処理する役割をするが、何故、線条体の回路に異常が起きるのかは全く分っていなかった。 最初、フェン氏の研究チームは、遺伝子SAPAP3が作り出す蛋白質の機能を研究していて、強迫行為研究を目的にしていなかった。この蛋白質は、皮質と線条体間の神経伝達に関連している。 フェン氏等は、SAPAP3を持たないネズミを遺伝子工学で作り上げて蛋白質の機能を調べようとした。最初はネズミに何も変化が見られなかったが、4〜5ヵ月後に全てのネズミの顔に、強迫的引っかき行為によると思われる毛の抜けた赤い皮膚が出現した。ビデオの観察でも、ネズミの強迫的毛づくろいを映していた。 「ネズミが強迫行為をしているでは無いかと我々は衝撃を受けた」とフェン氏は言う。 このネズミは、強迫行為患者が示すような不安症状も同様に示した。即ち危険な環境に対しては入る事を躊躇し、入ったら出きるだけ出ようとした。人間同様にSSRI(プロザック)の服用により症状が軽減された。 遺伝子SAPAP3は、線条体に多く存在するグルタミン酸エステル系神経伝達物質をコントロールする唯一の蛋白質をコードする遺伝子で、神経伝達物質を受け入れる受容体メカニズムに関連している。 研究では遺伝子SAPAP3が欠如すると、グルタミン酸エステルで通常誘起される細胞活動が低下し、回路の発展が阻害された。 生まれてから7日経ったネズミの線条体に遺伝子SAPAP3を注入した所、4〜6ヶ月経った時点で強迫行為や不安症状が見られなかった。回路の異常も修正された事からも、線条体中の遺伝子SAPAP3の欠如が強迫行為様の症状を起こす事が分った。 研究では、線条体中のグルタミン酸エステル系メカニズムの故障が強迫行為と不安症状引き起こしているのだろうと示唆している。なお、線条体は前頭前野皮質と感情の中枢を結ぶ重要な役割をしている。 フェン氏等の研究チームは、遺伝子SAPAP3以外にも回路に故障を起す可能性のある遺伝子を調べている。臨床の専門家はSAPAP3の変異体を持つ人が強迫行為の一種であるトリコチロマニア(抜毛癖)を起しているか調査している。 脳科学ニュース・インデックスへ |