扁桃体内の微小回路 2010年11月10日 |
我々は映画館で怖い場面を見たり、夜中に怪しげな物音を聞いたりするとぎくっとしてその場に釘付けになる。心臓は高鳴り、鳥肌が立つこの反応は、脳の中の扁桃体と言う小さな器官から発せられる恐怖信号による。 今週のNature誌にカリフォルニア技術研究所から、扁桃体の中にある神経細胞の微小回路についての発表があった。この中でデービッド・アンダーソン氏は、恐怖シグナルの出口をふさぐ神経微小回路の存在を示している。この回路には2つの神経細胞があって、各々が逆に反応してシーソーのような動きをしているとしている。 「シーソーの片方が下がっていて水撒きホースの一端を押しつぶしている状態を考えて下さい。この場合、水即ち恐怖はホースから流れ出ない。ここに恐怖の信号が到達すると、シーソーのもう一端が押されてシーソーの反対側が上がるから、ホースの押しつぶしが解かれて水、恐怖がホースから噴出する。恐怖がいったん流れ始めるとその刺激は脳の全般に伝播し恐怖反応が惹起される。このメカニズムの研究を更に進めればPTSD、恐怖症、神経症の治療に役立つかも知れない」とアンダーソンは言う。 今回の研究のポイントは、扁桃体の中の神経細胞同士の違いを際立たせるマーカーと呼ばれる遺伝子を発見することであった。アンダーソン等は、プロテインキナーゼC-deltaと呼ばれる酵素をコードする遺伝子がマーカーになることを発見した。プロテインキナーゼC-delta は、扁桃体のある部分では半数ほどの神経細胞で表現されていて、この部分は恐怖の発生をコントロールしている。 研究では、プロテインキナーゼが表現されている神経細胞を蛍光で発色させて、神経細胞の連結状態を調べた。その結果、シーソーの片方の端にプロテインキナーゼC-deltaプラス細胞が形成されていて、扁桃体の中央にある神経細胞と連結しているのが分かった。この扁桃体中央にある神経細胞は表現が抑制されたプロテインキナーゼC-deltaマイナス細胞であるから、プロテインキナーゼC-deltaプラスが扁桃体からの信号を抑制して、水巻ホースの端を塞いでいるシーソーの役割をしていた。 では恐怖で体が硬直したときはシーソーはどう動くのであろうか。アンダーソン等は、扁桃体からの恐怖の信号がシーソーの反対側を押して、シーソーの片側を持ち上げ、ホースから恐怖が噴出すると考えた。 一方、スイス、ブラッセルにあるフリードリッヒ・ミーシェル研究所のアンドレアス・ルーチー等は、アンダーソンの研究とは別個に恐怖反応時の扁桃体から出る電気信号を捉えることに成功した。面白いことに扁桃体の神経細胞には2つのタイプがあり、恐怖シグナルで活動を活発化させるタイプと、その逆に活動を抑制する2つのタイプがあった。 そこで2つの研究チームは共同で、この活発化するタイプと抑制するタイプの細胞がアンダーソン等が発見したプロテインキナーゼC-delta+、あるいは−と同じであるか調べた。結果は、恐怖の刺激で不活性化した細胞はプロテインキナーゼC-delta+に、逆に活発化した細胞はプロテインキナーゼC-delta−に一致した。以上により、プロテインキナーゼC-delta+は、シーソーの下りている側で水、恐怖の噴出を抑える役割をしていた。 「分子生物学と電気生理学が共同で作業した結果、扁桃体の恐怖回路が一段と分かりやすく見えてきた。丁度グーグルマップを見るときに、大陸から国が見え、州、市、町、通り、家と見えてくるように、扁桃体の微小な部分である家まで見えるようになった。今まではせいぜい町くらいまでしか見えなかったから大変な進歩です。これからは扁桃体の中の各部屋にある細胞同志のやり取りや、それと脳の他の部分とのやり取りを研究して心の病気の解決に向けたい」とアンダーソンは言う。 脳科学ニュース・インデックスへ |