統合失調症、躁鬱病を起すマイクロRNA

2007年 8月10日

統合失調症、躁鬱病、自閉症その他の心の病を起す脳の病変は、遺伝子欠陥により起きていると考えられているが、今まで疑われていた遺伝子内の蛋白質をコードする部分ではなく、マイクロRNAと呼ばれる、謎めいた短い遺伝子物質に問題が潜んでいると最近は考えられている。マイクロRNAとは短いRNAで、ゲノムの内で蛋白質生産コードを持たない遺伝子である。しかし蛋白質を作る遺伝子のスイッチをオンオフして、遺伝子表現をコントロールしている。

「人間のゲノムの98%が非コード遺伝子で、非コード遺伝子は生物が複雑になればなるほどその役割は大きくなる。今やっとこの巨大な遺伝子部分の研究が始まったばかりです」とトーマス・レーナー氏は言う。

注目はリボ核酸(RNA)と呼ばれる遺伝子物質で、DNAコードを転写して蛋白質を合成するプロセスに関わっているが、更にそれ以外の役割もあるとされている。マイクロRNAを含む小さいリボ核酸は、リボ核酸干渉と呼ばれるプロセスで遺伝子表現をコントロールしている。マイクロRNAの異常は癌、脆弱X症候群の原因では無いかと考えられている。

奨励補助金を受けた研究の1つは、最近マイクロRNAの表現の変化を統合失調症に発見している。ノースカロライナ大学のダイアナ・パーキンス等の研究チームは、亡くなった15人の統合失調症と統合失調情緒障害(統合失調と情緒障害の両方が現れる精神障害)の患者の脳を、21人の亡くなった健康な人の脳と比較して、その違いを発見した。違いは高度の思考と決断をする前頭前野皮質にあり、この脳の異常が統合失調症発症に関連しているとされている。

統合失調症の脳の中の264個のマイクロRNAの内、15個のレベルが健康な脳より低く、1個のレベルが高かった。統合失調症ではマイクロRNAに問題が生じていて、蛋白質を上手く生産出来ない事を意味している。パーキンス等はこの研究結果を2007年2月号のゲノムバイオロジー誌に発表した。

やはり奨励補助金を受けたロックフェラー大学のトーマス・タッスル氏は、リボ核酸干渉が哺乳類の細胞で遺伝子のスイッチをオンオフする事を発見している。この発見により、遺伝子発見に新たな道が開き、新しい治療法の可能性が出て来た。今までの所、500個ほどのマイクロRNAが発見されていて、更に数千があると思われるが、脳の中での役割は全く分っていない。

タッスルは精神障害に関わるマイクロRNAの表現図解表を制作し、その役割を特定したいと考えている。「特定のマイクロRNA間の相互作用と、そのマイクロRNAが作用する遺伝子の相互作用を解明すれば、精神障害の治療に大きく貢献すると思う」とタッスルは言う。

同様に研究補助金を受けているラットガー大学のリンダ・ブルーストウィック氏も、統合失調症と躁鬱病におけるマイクロRNAの表現の仕方の研究をし始めている。ここでは障害の発生に結びつくマイクロRNAの変異体を探し出し、どのように関わっているかを研究する。

同じく補助金受賞者のクイーンズランド医学研究所のマイケル・ジェームズ氏は、オーストラリアの双子の記録を調べて、605個の障害を起すであろうと思われる遺伝子の変異体を調べている。この遺伝子変異体はマイクロRNAがターゲットとする場所を変化させている可能性がある。

補助金を受けている別の研究には、ニューメキシコ大学のシンユー・ツァオ氏の研究があり、ここではマイクロRNAと鬱病の関連を調べている。彼女の研究はマイクロRNAが後成的(epigenic)プロセスに重大な影響を与えているのではないかとしている。後成的プロセスとは母親の行動が子供の遺伝子表現に作用して、そのストレス回路や行動に持続的影響を与える事である。

注:マイクロRNA
マイクロRNAはRNA干渉の過程で遺伝子のスイッチをオンオフするのを助ける。このプロセスではマイクロRNAの文字の連なりが、鏡対称をもつより大きなメッセンジャーRNAに結びつく。文字配列が完全に符合した場合はメッセンジャーRNAは破壊されて蛋白質は合成されない。完全に符合しない時は遺伝子表現を単に妨害するに過ぎない。その場合、細胞が蛋白質を必要とした場合はマイクロRNAがメッセンジャーRNAから離れ、遺伝子表現が回復される。数千のメッセンジャーRNAがあるが、その1つ1つは特定の複数のマイクロRNAにコントロールされている。



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