2021年8月17日 |
瞑想と言うと人は集中力が向上し、感情が安定し精神的柔軟性を増すと考え勝ちだ。しかし自己中心性の増加と言う、思わぬ落とし穴があるのを知っているだろうか。自己内部に注意を向けたために他者の声が聞こえなくなる現象だ。そのため、心理学者の一部は瞑想に対する警笛を鳴らし始めている。 "俺が"瞑想 ニューヨーク州立大学のマイケル・ポーリンも瞑想の効果を研究している一人で、特に人がどう自分を捉えているか、即ち瞑想と自己観の側面に興味を持った。 独立的自己観を持つ人は、己の知識とかユーモアのセンスを強調する傾向があるのに対して、相互依存観を持つ人では自分は子供であり父であり、学生でありと、他者との関わりの中で己を表現する。但し、どの社会も、二つの自己観で成り立っていて、アジアでは相互依存観が目立つがアメリカ、イギリス、ヨーロッパでは独立的自己観を持つ人が多い。 ポーリンは自己観と瞑想の効果を調べるために、366人の大学生に被験者になってもらい、彼らがどのグループ、独立自己観か相互依存的自己観に入るかを調べた。次に半分の学生は呼吸法による瞑想をし、残りの学生は偽物の瞑想をする。偽物瞑想とは、15分間自由連想しながら座るだけで注意の集中はない。 次に学生には社会活動参加のテストをしてもらう。具体的にはホームレスを助ける基金の設立運動で、印刷物を封筒に詰める作業であるが、あくまでも自由意志で、止めたいときは何時でも止めて良い。 その結果、瞑想の効果はその人の価値観により違うことが分かった。相互依存の人の場合、瞑想後、より慈善活動に勤しむようになる。即ち封筒詰め作業を17%多くコントロールグループよりやり、独立思考の人は、瞑想後、慈善活動にあまり興味を示さず、封筒詰めはコントロールグループに比べて15%少なかった。 更にこの実験結果が正しいかどうか確かめるために、次の実験をする。被験者には一人称単数である”私”または一人称複数である”われわれ”で書かれた短文が渡されそれを読む。その時、全ての代名詞をクリックする。これである程度彼らが独立思考か相互依存思考かわかる。瞑想実施後、ホームレスを救う慈善活動に加わるかどうかを聞く。 確証実験で分かったのは、瞑想は各人の思考傾向を増進させていたことだ。相互依存傾向にある人は利他主義に傾き、独立思考の人は利他主義に興味をなくしていた。アメリカ人の多くが独立性思考であることを考えると、瞑想が社会に与える影響は重大と言わざるを得ない。 瞑想大安売り この発見は瞑想を批判する人たちに追い風となった。サンフランシスコ大学のロナルド・パーサーは批判派の中でも有名であるが、彼の書いた本で、瞑想は資本主義と結び付き、古代から伝わる瞑想の本来の目的から脱線していると非難している。 「瞑想の本来の目的は、相互依存関係にあるわれわれ自身の覚醒にあるが、古来瞑想の化身の形で現れた西洋瞑想は、生産性を単に上げて個人のパフォーマンス向上の手段になっている。何の事はない日曜大工の簡易版ではないか」とパーサーは言う。 フロリダ州立大学のトーマス・ジョイナーは更に語気を強めて、「瞑想とは、ナルシシズム文化に起きた腐敗現象である。仏教の修行がその本道を忘れて自分中心の自己賛美になっている。これでは化け物が出来上がってしまう」と言う。 中間を行く 以上はパーサーとジョイナーの考えで、心理学者の中には瞑想の良い面を認識している人もいるが、もう一つ気になるのは、瞑想は不安を増大し、人によってはパニックを起こすという報告もある事だ。 「瞑想についてはもっと情報開示が必要だ。特に瞑想を指導している人たちには、逆効果にも気づいてもらいたい」とポーリンは言う。 瞑想には色々のやり方があり、呼吸法はその一つである。 ドイツ・ライプツィヒにあるマックスプランク研究所のタニア・シンガーは、各種瞑想とその効果を調べた。ここでは従来型の呼吸法を主とする瞑想と、愛と思いやりを強調する瞑想の効果を比較した。 愛と思いやり瞑想とは、瞑想しながら親友あるいは他者との関係を考える。瞑想の後は二人一組になり、感情表現に特に注意を払いながら互いに聞きあう。この瞑想の結果、思いやりが大いに増したがそれ以外にも、ストレスにも大いに強くなったのが収穫であった。 「親身になって相手の苦しみを聞くと、自分自身のあやうさにも気が付くのだろう。今後彼らの生活に大いに役立つに違いない」とシンガーは言う。 「他の瞑想方法もあるのを忘れないように。最も気がかりなのは、誇大宣伝する瞑想で、簡単にできる案内はそこいら中にあるし、企業内でも薦めている所もある。瞑想モラルの低下が酷い」とポーリンは言う。 心を弄るというのは重大な意味を持ち、われわれの生き方、行動に変化を及ぼす。安っぽいハウツーものを避ける意味でも、瞑想すべきかどうか瞑想してじっくり考えるときではないだろうか。 脳科学ニュース・インデックスへ |