BBC  Future


ナルコレプシー(睡眠病)

BBC Future
2017年11月1日
By Henry Nicholls


私は前にライオンの監視と言う変わった仕事をしていた。動物学専攻の22歳の学生で、南アフリカのカラハリ砂漠で、ミーアキャットを調査していた。仕事は2人一組で、一人はミーアキャットと一緒に歩き、もう一人はジープに乗り、地平線を見ながらライオンの気配を監視する。今だから言えるが、気が付いてみたらハンドルにうつ伏せになっていたという事が度々あった。調査の相棒も見えない。ああ、どうしようの経験を何度かした。幸いにも誰もライオンに襲われることがなかったが、ナルコレプシー(睡眠障害)の患者が最もしてはならない仕事であった。

20歳になるまでは経験すらしなかったが、21歳になるころからナルコレプシーの症状が現れ始めた。この病気は稀ではあるが、2,500人に一人の割合で世界中に見られる。一般的には激しい睡眠発作に襲われるが、実際は、激しい感情の乱れと共に筋肉が麻痺し、縫いぐるみ人形のように崩れ落ちる。超現実的な夢、睡眠麻痺、幻想、分断された眠りが襲う。そして現在まで治療法はない。

1995年にカラハリ砂漠にいた頃は、この病気の知識は全くなかった。当然人生を消耗させる睡魔との闘いなんて思いもよらなかった。分からないのは私だけではない。普通の医師は知らないし、患者を見たこともないだろう。睡眠の専門家でも、この病気が何故15歳ころに突然発症するのか説明できない。

原因
まだ、ナルコレプシーを治す療法はない。しかし過去20年間に事態は進展し、ナルコレプシーを発症する原因は、自己免疫の攻撃であるらしいことが分かって来た。体の免疫系が呼吸感染症で暴走し、脳の中心にある30,000個の神経細胞を破壊するために起きていると最近は説明している。

1000億の細胞からなる脳の内、30,000個の細胞の喪失は大したことないように見える。しかしこの30,000個は普通の細胞ではなく、視床下部に存在する進化的には古い細胞で、生命の基本を維持する役目を担っている。
この細胞は、オレキシンあるいはヒポクレチンと呼ばれるペプチド(アミノ酸からなる短い物質)を感知して、睡眠を引き起こす。この細胞は、私が診断された1995年には発見されていなかった。1970年代の始めに遡るこの発見物語は、まさに、幸運、先見性、発見競争が織りなしている。尚、発見にはナルコレプシーを患うドーベルマン犬が参加している。

ナルコレプシー犬
1972年にカナダで小さなプードル犬が4匹の子供を産んだ。早速複数の家族が犬を引き取るが、その内の一匹はねずみ色をした雌で、間もなくおかしな症状を示し始めた。遊ぼうとすると、瞬間に腰が抜けて視線が空を切る。一見眠りについたように見えるが、実は体の部分麻痺で、後ろ足の力が抜けて尻もちをつく。特に食事をする時に起きる。
サスカチュワン大学の獣医に見せた所、カタプレクシーと呼ばれる情動脱力発作で、ナルコレプシーと診断した。丁度この時、スタンフォード大学の睡眠専門家であるウィリアム・デメントがナルコレプシー犬を求めていた。サスカチュワン大学の研究スタッフは、家族の同意を得て直ぐ犬をカリフォルニアに送る手はずを整えたが、問題が持ち上がった。

ウィリアム・デメントに会う
現在89歳になるウィリアム・デメントに会って、昔の思い出話を聞いた。数年前に退職し、スタンフォード大学キャンパスの淵にある、緑の生い茂る場所に住んでいる。彼の事務所は母屋に隣接する納屋のような部屋で、壁は木製で、ポスター、写真、睡眠医学の経歴を示す思い出の数々で飾られていた。
デメントの机には、研究関係書類が乱雑に積まれていたが、水鉄砲が一つ置いてあるのが面白い。何でこんなものがと聞くと、授業中生徒が居眠りしたら、これでひっかけるという。1970年代の学生を沸かせた授業を彷彿とさせる。

1973年にデメントはウェスターン航空に交渉して問題の犬を乗せるように要求した。しかし航空会社は病気の犬はお断りという。「病気じゃないんだ。脳に構造上の障害を抱えた犬だ。研究のため、是非サンフランシスコまで乗せたい」と主張した。政府関係の要請もあり、最後はOKになる。サンフランシスコに到着すると、この犬は一挙に有名人になった。

「ご紹介する犬はモニークと言います。モニークは生まれた時からナルコレプシーを患っていて、好きなご馳走を食べたり、はしゃぎまわって走る時、外で新鮮な花の匂いを嗅ぐと発作を起こします。この犬を使ってナルコレプシーの原因を究明したい」とデメントの同僚であるメリル・ミトラーはAP通信社の記者に語った。

ミトラーは現在ワシントンDCに居を構える検死官で、疲労事故を専門としている。私はミトラーに、ナルコレプシー犬に始まった物語は本当に良かったのか聞いた。すると彼は「その通りです。70年代は大体ナルコレプシーについては何も分からなかった」と言う。あの頃、ナルコレプシー犬の研究から、どれほど予期せぬ結果が出るか誰も想像できなかった。出来る事は色々な薬を試して、症状が軽減するか、死後、犬の脳を検査して目に見える変化が観察できるかであった。

噂は広まり、研究にはチワワとテリアの混血、硬毛のグリフォン、マラミュート、ラブラドール・レトリーバー、ドーベルマン・ピンシャーも加わった。犬のナルコレプシーを見ると、血統により違いがある事が分かり遺伝子が疑われた。
間もなくパズルの謎が解明する時が来た。「ドーベルマンが生んだ子犬7匹全部がナルコレプシーを発症した。あの時、沢山の人が現場にいたが、皆、床にまで腰を下げてじっと子犬を見守りました」とミトラーは言う。

遺伝子
ラブラドールとドーベルマンでは、遺伝が色濃くでていた。デメントはドーベルマンに注目し、70年代の終わりには一つの劣性遺伝子で起きるとした。1980年代に入ると遺伝子解析技術も進歩し、欠陥遺伝子の発見は時間の問題になった。

私の場合は、どのような理由でナルコレプシーになったか説明出来ないが、偶然に最初のナルコレプシー犬がサスカチュワンで生まれた時、自分も生まれている。私は HLA-DQB1*0602と呼ばれる遺伝子を親から受け継いだ。この遺伝子は体に入り込んだ異物を判断する役割をするが、ヨーロッパでは4人に一人の割合で存在して珍しくない。しかし、ナルコレプシー病患者では98%と高率に見られる。

季節の影響
しかし、遺伝子の他に季節もある。多くの患者は3月に生まれていて、自分もそうだ。生まれた時期の影響は、他の自己免疫病にも見られるが、多分、感染病が成長過程にある脳に影響を与えるのであろう。
実際、私は1993年の年末に、インフルエンザか連鎖球菌による感染症を発病している。これがきっかけで、自己免疫がオレキシン系を攻撃し、急激に崩壊し始めたのではないか。ナルコレプシーは、偶然の出来事の連鎖で発病する。

同じころ、スタンフォード大学のドーベルマン犬プロジェクトチームも、ナルコレプシー遺伝子の発見間近であった。この時の研究責任者はエマニュエル・ミグノットで、デメントの後を引き継いでスタンフォード大学の睡眠科学センターの責任者になっていた。

私はミグノットに事務所であった。彼は当時ナルコレプシーのチワワ犬をを飼っていて、私を見ると警戒し、唸った。屈んで近づくと、キャンキャンと吠えてよけい警戒した。しかし、このチワワ犬も、私と同じように睡眠発作と筋肉麻痺を経験しているのだろう。私を見る瞼は、重そうに開いたり閉じたりしていた。一時吠えた後、寝床に入って面接の最中は体を丸めて寝ていた。

1980年代は、犬のナルコレプシー遺伝子の発見熱で世の中は沸騰していた。ドーベルマンのナルコレプシー犬作りは予想以上に難しい。何故なら、性交の最中に発作が起きてしまうからだ。「皆私は頭がおかしいのではないかと言った」とミグノットは言う。それもそのはずで、10年以上もかけて数百匹のナルコレプシー犬を生産し、1億円の巨費を投入し、彼は破産寸前であった。そして、当時は未だヒトゲノムの読み取り以前の時代であった。

新しいペプチド
ナルコレプシー犬発見から10年以上経った1998年の1月に、サンディエゴのスクリップス研究所の若い神経科学者であるルイス・レシアが、脳に存在する新しいペプチドを発表した。このペプチドは脳内で神経伝達物質として働き、ヒポクレチンとセクレチンと名付けられた。

その数週間後、テキサス大学の柳沢の率いる研究チームが、マウスを使って同じペプチドを発見して、これをオレキシンと名付けた。柳沢は、そのペプチド受容体の構造まで発表している。柳沢によると「オレキシンはマウスの食欲に関係しているのではないかと考えていた」と述べている。彼は今は筑波大学で、睡眠医学研究所の責任者をしている。
ミグノットは、この2つの研究発表は知っていたが、それがナルコレプシーと関係があるとは考えてもいなかった。1999年の春、ミグノットは2つの遺伝子変異に注目した。「一つは陰茎包皮に関連し、これはナルコレプシーと関係があるとは思えない。もう一つの遺伝子がオレキシン受容体の一つをコードしていた」とミグノットは言う。

熱い競争
柳沢がオレキシンを欠損しているマウスを遺伝子工学で作りあげ、それがナルコレプシーの症状を示すのをミグノットが嗅ぎつけると、熱い競争が始まった。
数週間内にミグノットの研究チームは雑誌”細胞”に、ナルコレプシーでは、オレキシン受容体をコードしている遺伝子に欠陥があると発表した。オレキシンが睡眠をコントロールする神経伝達物質で、ここにナルコレプシーを解くカギがあるとしている。柳沢もその2週間後、同じく雑誌細胞に彼らの実験結果を発表した。

神経伝達物質とは化学物質で、情報を細胞から細胞に伝える役割をする。この物質が受容体に入った時に情報伝達が完結するが、互いの関係は、神経伝達物質が鍵で、受容体が錠になる。ナルコレプシー犬では、遺伝子変異のためオレキシン受容体が作動しない。即ちオレキシンで錠を開ける事が出来なくなっている。オレキシン受容体が作動不良になる原因として、腫瘍の場合もあれば脳が受ける外傷もある。しかし多くの場合、偶然の成り行きで起きている。

オレキシン神経細胞は、脊椎動物全般に存在する。1998年に、デレシアが最初にオレキシンを発見した時は未だ彼も20代の中ごろで、スペインのバルセロナからサンディエゴに移り住んだばかりだった。2006年にスタンフォード大学に移り、睡眠の研究に取り組んだ。「当時は全て分かったような気がしていた」とデレシアは言う。

光遺伝学
しかし、実際は光遺伝学の手法で、始めて秘密が解き明かされることになった。デレシア自身がこの新技術は開発している。ここでは、ウイルスと、藍藻から取り出された遺伝子とプロモーターを使い、光を当てて目標の神経細胞を活性化させる。
デレシアは分かりやすく説明するために、コンピューター上にビデオを映した。籠の中のマウスは遺伝子工学で出来た特殊なマウスである。そのマウスに光を当てると、オレキシン神経細胞が信号を発射する。「今、マウスは寝ている」と彼は言う。パソコンのモニターに眠り特有の波形が表示されている。ネズミの脳には細い光ケーブルが装着されていて、その光ケーブルから青い光が10秒間発射されると、いきなりマウスは眠りから覚める。光が消えると、起きた時と同じテンポで眠りにつく。その瞬間、うあー、私もあのように成りたいと内心叫んだ。

デレシアは、オレキシンが眠りに作用するばかりでなく、他の重要な神経ネットワークにも働きかけていると言う。ある例では神経細胞に働きかけ、ノルエピネフリンと言うホルモンを分泌させていた。オレキシンはまたホルモンのように振る舞い、ドーパミン、セロトニン、ヒスタミン等の神経伝達物質に影響をあたえる。

「多くの神経ネットワークでは、幾重にも安全装置があり、何か問題があってもバックアップが作動して事なきを得る。しかし、オレキシンの場合はバックアップが殆どない。即ち反応が単純に現れるから、神経ネットワーク研究する上でこれほど便利なものはない」とデレシアは言う。道理で、たかが数万の神経細胞を失うだけで、ナルコレプシーのような重大な症状が起きる分けだ。ひょっとすると、オレキシン系を研究すれば、広範な脳の動きが解明されるかも知れない。

オレキシン発見は、DNAの2重らせん構造発見に比べられるほど重要だ。「オレキシンは、遺伝学、生化学、生物物理学、神経学、心理学をまとめる何かになる可能性がある」とクラークソン大学のステファン・キャスパーは言う。「しかし、難病研究が科学に貢献しても、必ずしもその難病に苦しんでいる人達に幸せをもたらすとは限らない」とキャスパーは言う。

患者への応用
確かにナルコレプシー研究も、まだ患者の幸せに結びついていない。オレキシンを発見しても、どうやって脳の必要箇所に送り届けるのか。飲み込めば消化器がペプチドをアミノ酸に分解してしまうし、筋肉注射すれば、血液脳関門を通り抜けるのが難しい。鼻から吸い込むと、嗅覚神経を通り視床下部に到達できるかも知れないが、未だ研究は十分ではない。

製薬会社も、ナルコレプシーの薬剤開発を諦めている分けではない。オレキシン発表5年後に、アメリカ食品薬品安全局が、メルクの新薬ベルソムラに許可を出している。この物質は血液脳関門を通過し、オレキシン受容体の活動を抑制するから、ナルコレプシーとは反対の睡眠導入剤である。オレキシンがその受容体に結び付くのを阻止することにより、ナルコレプシー症状を敢えて作り出す。しかし朝にはその効果が消えるように設計されている。
現在の不眠治療薬は、主に脳中央神経系全体に働きかけてその活動を抑制すると、メルク研究所のポール・コールマンは言う。「ベルソムラは厳密な選択性があり、覚醒状態には影響しない。だから、ふらふらしたり、記憶、認識がぼやける事はない」と彼は言う。

コールマンは沢山の薬の開発に携わってきた。「中でもオレキシンは際立っていて、覚醒と睡眠と言う脳の基本であり、また誰もの問題であるから、私としても非常にやりがいのある仕事であった」と言う。ベルソムラは、夜間作業の人の日中の眠りの問題、アルツハイマー病患者の睡眠改善、PTSD、麻薬依存症、パニック障害と応用は広い。一方睡眠導入剤の開発に比べて、消化器を無事に通り抜け、血液脳関門を通過し、オレキシン受容体を活性化させる物質を作るのは比較にならないほど難しい。

今年の始め、長い研究の後に柳沢はYNT-185と言う有力な物質を発表した。この物質をナルコレプシーマウスに注射した所、覚醒状態を飛躍的に延ばした。YNT-185はREM睡眠状態(夢を見る睡眠状態でナルコレプシーに特徴的)を防止している。YNT-185はオレキシン受容体との親和性が弱いので臨床テストにまで至ってないが、既にYNT-185より千倍も強い物質を見つけている。
「ナルコレプシー患者の共通点は、オレキシンが存在しない事。もしこの物質が作用すれば患者全員に作用するわけで、他の臨床テストに比べて簡単である」と柳沢は言う。

幹細胞
幹細胞を使うやり方もある。セルギウ・パスカは、2015年に皮膚細胞から多能性幹細胞を作る方法を開発した。「この方法だと脳から色々な組織を取り出し、ペトリ皿の上で神経回路を作成できる」とパスカは言う。最近彼の研究室がナルコレプシーに効く神経回路作成に成功した。
理論的には、この段階で脳に移し、脳の機能を回復することは可能である。しかし、先ず細胞そのものがオレキシン細胞と完全に一致するか、脳に安全に届けられるか、免疫拒否反応が起きないかと未解決問題が多い。

費用の問題
基礎医学の知見を臨床に応用するのは猛烈に難しいとキャスパーは言う。現在行われているナルコレプシー治療に、ガンマーヒドロキシ酪酸療法があるが、費用がかかり過ぎ限られた人しか受けられない。

一般にはナルコレプシーは稀な難病とされていて、製薬会社も開発費用を回収できないのではと考えるが、それは間違っている。診断された人は氷山の一角であり、10代で発病して、80歳まで生きるとして、生涯に飲む薬の量は25,000服にもなる。

また、オレクシンの研究成果が社会に及ぼす影響は大きい。ナルコレプシーばかりでなく、肥満、鬱、PTSD,痴呆と膨大なものになる。ナルコレプシーの解決が甚だ遅れている原因は、眠気を単に鬱陶しい程度としか見てないためではないか。不眠は万病の元で、良い睡眠を取るかどうかは健康維持の基本である。睡眠の科学に投資をすると言うのは、一人一人の健康のためでもある。



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