統合失調症新薬の登場

2024年9月26日

アメリカ食品医薬品局は木曜日に、長らく待たれていた統合失調症治療の新薬を発表した。この薬の特徴は、従来の薬の副作用である体重増加をなくしていることにある。

既存の薬品は、ドーパミン受容体に働きかけて幻覚や妄想を抑制するが、体重増の副作用があり、心臓病を引き起こしてしまう。この他にも、だるさ、倦怠感で服用を止めてしまう人が多かった。

新薬はコベンファイと呼ばれ、ドーパミンに作用するが直接でなく、アセチルコリンと言う神経伝達物質に作用してドーパミンレベルを変化させる。これにより、やる気、喜び感の消失を改善するのではないかと期待されている。

「久しぶりの新薬にわれわれも興奮している」とジョーンホプキンス大学のフレデリック・ヌシフォラは言う。

しかし批判的意見もある。
  「この新薬の試験は3つだけで、期間も数週間と短い。5週間を超える結果がないと患者も医師も安心して使えない」とthe Institute for Clinical and Economic Reviewのデイビッド・リンドは言う。
コベンファイを売り出したブリストル・マイヤーズ・スクウィブ社は、1年間飲んだ試験でもメタボに変化が現れなかったし、動作障害も出なかったと言う。

この新薬の発表は、ウォールストリート、製薬会社に歓迎されている。ウィリアム・ブレア社のマット・フィップスは、「もしこの薬が認知症患者にも効果があるなら5000億円ほどの価値がある。長い間進歩がなかったので大変な朗報である」と言う。

ブリストル・マイヤーズ・スクウィブ社のアダム・レンコウスキーは、卸売り価格を他の抗精神病薬と同じの月26万円、年間312万円程度にしたいとしている。
「統合失調症では80%の患者が副作用で苦しんでいて、誰もが新しい薬を待ち望んでいる」と彼は言う。

他の抗精神病薬と違ってコベンファイの瓶には強い警告文がない。しかし臨床試験ではむかつき、便秘、胃痛等の胃腸障害が報告されている。アメリカ食品医薬品局は、肝臓に障害を起こす可能性があるため、肝臓に障害のある人には適さないと言う。

映画製作者であるパティー・マルケイは、2019年に統合失調症の診断を受けた。薬を飲んでいて妄想、幻覚は消えているが、震え、瞬きが止まらないと言う。
「薬の量を減らしているが、頭がぼんやりして生きる楽しみがない。来年早々、新しい薬を試したい。すっきり目覚めて青空が見えるようになるだろうか」と彼女は言う。

統合失調症は国民の1%から3%が罹患している。アメリカでは社会の援助不足で、深刻な問題になっている。家族の協力がない人は、道端と刑務所を行ったり来たりの状態だ。

「精神科医に取って不満なのは、既存の治療薬は効果が限られていて、幻聴と言う問題も解決していない。幻聴から逃れたくて橋から飛び降りる患者もいるのです」とヌシフォラは言う。アメリカ食品医薬品局は、統合失調症の患者の5%は自殺していると警告している。

「世界的に見て、統合失調症は人々が生活困難になる原因になっている」とアメリカ食品医薬品局  のティファニー・ファーチオンは言う。

「現状の抗精神病薬は陽性症状には効くが、引きこもり、認知障害、やる気の喪失等の陰性症状には効果がない」とヌシフォラは言う。
「統合失調症の患者の治療には困難が付きまとう。薬が陽性症状にしか効果がないのが分かっていて、どうやって患者を救うのか」とヌシフォラは言う。

新薬の開発も楽ではない。イーリーライリー社はゼノメリンと言う物質を1990年代に認知症の治療に開発した。しかし副作用のむかつき、吐き気の解消が難しく製品化を断念している。

2012年にカルナ・セラピューティックが、ゼノメリンの特許をライリー社から買い取り副作用をなくす研究を始めた。アルゴリズムを使ってゼノメリンの副作用がない物質を7410種類から探しだした。これがカー XTであったとカルナ社の創業者であるアンドリュー・ミラーは言う。

カルナ社は、252人の統合失調症患者にコベンファイを5週間服用させて、幻覚、敵意、緊張、失見当識等の改善を調べた。コベンファイを飲んだ患者では症状が20ポイント低下して、偽薬を飲んだグループの10ポイント低下より大幅に良かった。副作用として約20%の人がむかつき、便秘、胃痛を報告している。The Lancet medical journal誌によると、研究をした9人の研究者の内の7人はカルナ・セラピューティックの株式を所有している。

ブリストル・マイヤーズ・スクウィブ社は、134人の患者に1年間コベンファイを投与した結果を今年の終わりまでに報告する。略式の報告では、患者は体重を減らし、メタボの変化、動作の異常は現れなかった。しかし62%の人がむかつき、嘔吐、便秘を経験している。

抗精神病薬であるクロロプロマジンは70年前に登場し、以後新しい薬も現れたが全て脳のドーパミン経路に働きかけた。その間、巨額の資金が統合失調症解明に投入されたが問題解決には至らなかった。

「巨額の資金にも関わらず関連遺伝子の発見はできなかった。だからこの新薬にかける期待は大きいのです」とシェバ医療センターのマーク・ワイザーは言う。



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