ノスタルジア

2013年7月8日
コンスタンチン・セディキデス氏は、ノースカロライナ大学からイギリス、サウザンプトン大学に移籍して間もなく、大学の心理学の友人に彼の不思議な経験を話した。彼は、1週間に数度以前のノースカロライナ大学の情景や友達、バスケットボールの試合、オクラのフライ揚げ、チャペル・ヒルの秋の香り等、懐かしい思い出を思い起こすと言う。心理学の友人はけげんに思い、ひょっとすると彼が鬱状態にあるのではないかと疑った。

しかし、彼はノースカロライナ大学にも母国であるギリシャにも切実に戻りたいなんて思ってない。「私は前向きに生きているし、自分にも満足している。ノスタルジアは自分のルーツを思い、人生の連続性を語ってくれる」と彼は言う。

彼はサウザンプトン・ノスタルジア・スケールと呼ばれるノスタルジア専門の質問表を作成し、研究を開始した。その後の10年間の調査で、ノスタルジアは病気ではなくて、心を支える有力な力であるのが分かって来た。
ノスタルジアは孤独、退屈、不安に対抗する力があり、他人に対して寛容になり、恋人同士を近づけ、寒い日には体を温かくする。ノスタルジアはまた人生を豊にする。ノスタルジアをすると楽観的になり、死をも恐れなくなる。

セディキデス氏によれば、歴史上最初のノスタルジストはギリシャ神話の英雄であるオデュッセウスであると言う。オデュッセウスは、長い帰還の途で困難に立ち向かうために、敢えて家族や故郷の思い出した。オデュッセウスの場合は単なるホームシックではなかったのだ。

ノスタルジアという言葉は、17世紀のスイスの医師ヨハネス・ホッファーが、ギリシャ語で故郷を思う心を意味するノトスと、苦痛を意味するアルゴスから作成した。彼は、ノスタルジアを悪霊にとりつかれた神経障害と診断する。軍医の彼は、スイスの傭兵がよくノスタルジアをするのを見て、アルプスで絶え間なく聞く牛の鈴の音で、鼓膜と脳の細胞に障害が起きたためだろうと説明している。19世紀から20世紀にかけては、ノスタルジアは移民がかかる鬱病あるいは抑圧的強迫的精神障害とされた。

しかし、サウザンプトン大学の研究チームが調べたところ、ノスタルジアは世界中何処にも見られ、7歳の子供も経験しているのが分かった。
「イギリスのノスタルジアは、アフリカや南アメリカのノスタルジアと変わらない。内容は友達、家族、休日、結婚、歌、夕日、湖等であり、本人は何時も親しい友達に囲まれている」とサウザンプトン大学のワイルドシャットは言う。多くの人はノスタルジアを1週間に1度は見るし、二人に一人は1週間に3回から4回見る。

ノスタルジアの効果を確かめるために、被験者に悲惨な事故の記事を読んでもらい、次に過去を思い出してノスタルジアの効果を見たところ、気持ちの落ち込みが大分和らいでいるのが分かった。
「古い思い出は苦しいものから始まるが、最後は友人に助けられて、めでたしで終わる。ノスタルジアにより我々は社会との連帯を感じ、他人により寛容になる」とセディキデスは言う。

ノスタルジアを起す簡単な方法は音楽を聴くことだ。オランダ・ティルバーグ大学のヴィンジャーホイト等は音楽を聞いて実験している。
中国広州にある中山大学ではノスタルジアと体温の上昇を研究している。研究によると、人は寒い日によりノスタルジアを経験しやすい。20度の部屋の方が、それより温かい部屋よりノスタルジアを経験しやすかった。また、ノスタルジアは体を温かくする。この心と体のリンクは、ワイルドシャットによれば進化よって形成されたのだろうと言う。

「もし人が過去を思い出して生理学的に楽になれれば、それが例え主観的であっても有利に働く。それだけ長く食べ物を探せるだろうし、避難生活にも耐えられるであろう」と彼は言う。

1970年代、1980年代の専門家は、ノスタルジアは自己断絶感を引き起こすとしている。この感覚はステファン・スティルズ作詞の”ジュディ・ブルー・アイズ”の歌詞に似ている。「もうそれは昔話だ。思い出させないでくれ」と歌っているが、この手の断絶、喪失感をノスタルジアが起すと考えられていた。しかしノスタルジアは断絶感を起さない。

ノスタルジアが人を元気づけるかどうか確かめるために、ノースダコタ大学のクレイ・ルートレッジ等はイギリス人、オランダ人、アメリカ人に昔のヒットソングを聞いてもらった。次に、オックスフォード大学の哲学者と思われる人物が書いたエッセイを読んでもらう。そのエッセイの内容とは、生きることにどれほどの意味があるか、一人の人間が世の中に与える影響なんて空しいほど些細なものではないかというものだ。被験者はエッセイ読後、よりノスタルジアを感じるようになった。おそらくサルトル的絶望を和らげるためであろう。そればかりでなく、エッセイを読む前にノスタルジアを前もって経験すると、エッセイにあまり影響されなかった。少なくてもイギリスの学生はそのように反応した。(気難しいフランスのインテリはどうか分からない)。

「ノスタルジアは我々の存在に欠かせない。我々に過去を思い起こさせ、喜びを与え、人生に意味を与えてくれる。定期的にノスタルジアを経験する人は、死さえもあまり恐れなくなる」とルートレッジ氏は言う。

ノスタルジアは年齢とも関連している。イギリス・サリー大学のエリカ・へッパーによると、若い人と高齢の人にノスタルジアがよく現れて、中年ではそれほどでもない。「ノスタルジアは我々が変化する時にその役割が大きい。人が大人になるときは両親の家を離れる。彼等は両親を思い出して新しい人生の困難に向かい合うのだろう」とヘッパーは言う。

セディキデスは現在54歳であるが、今も昔の大学のノスタルジアを楽しんでいる。過去10年の間にノスタルジアの幅も広がり、今はノスタルジアのために意図的に記憶する。「ノスタルジアになりそうだなと思ったら機会を逃しません。これをノスタルジアの先取りと呼び、その効果のほどを今研究開始した所です。もう一つノスタルジアを利用する方法は、気分がすっきりしない時、頭がさえない時します」とセディキデスは言う。

「多くの人は、ノスタルジアを過去と現在の比較と捉えているようですが、それは正しくない。老人ホームにいる人など比較したら辛いだけです。過去を見つめて自分の人生とは何であったかを考えると、そこから何かの喜びが得られます」とセディキデスは言う。この比較をしないノスタルジアを大学1年生に教えているし、老人ホームや、癌の手術をした人にも試している。

ノスタルジアを薦めるべきでない人とは、心理学で言うアボイダント性格と呼ばれる人達で、彼等は人間を遠ざけたいと思っているから、あまり良い効果は得られないだろう。また、神経症の人はノスタルジアをやり過ぎる傾向がある。

「貴方がアボイダント性格や神経症でないなら、週に2、3回ノスタルジアをして構わない。ノスタルジアは心の宝です。映画スターのハンフリー・ボガードも次のように言う。”我々の心の何処かにパリがある。パリは心のダイアモンドだ。誰も奪うことができない”」とセディキデスは言う。



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