使い道があったジャンクDNA

2012年9月6日
タイム Healthlandから

およそ10年前、歴史上初めてヒトのDNAの全ての読み取りに成功したが、ゲノム全体の98%を占めるDNAは、意味不明のガラクタ、荒地、ダーク・マターと呼ばれて来た。
ヒューマン・ゲノム・プロジェクトが2001年に発表したヒトゲノムのデーターでは、我々の 21,000の遺伝子を構成する30億の塩基対はゲノム全体のわずか2%だけで、残りは生物化学的に不活性で不毛の地であるとしている。地球上の生物進化の頂点に立つ人間の青写真であるから、当然重要な蛋白をコードする遺伝子がいっぱいに詰っているだろうと予想されたが、実際はその反対であった。

しかし最近の研究によると、これは間違っていたようだ。ネイチャー、ゲノムリサーチ、ゲノムバイオロジー、サイエンスと細胞等の雑誌に掲載された報告によると、この膨大なジャンクDNAと呼ばれる部分は、遺伝子をコントロールする重要な部分で、この部分に起きる変異が数百の病気の原因になっていると言う。

この新しい考え方は、2003年に開始された”DNA構成要素の百科事典プロジェクト”から生まれた。アメリカ・ヒトゲノム研究所が開始したこのプロジェクトは、世界各国から32の研究所と442人の研究者が参加する壮大な研究で、遺伝子スイッチの地図作りを目指した。

この研究から、人間のゲノムの80%は生物化学的に活性であることが分かった。「これほど沢山のゲノムが何かをしていたのには驚いた。以来、私のゲノムに対する考えが大きく変わった」と分析を担当するヨーロッパ・バイオ・インフォマチック研究所のイワン・バーニー氏は言う。

意味がないはずのDNAの多くは、400万の遺伝子スイッチを制御していたのだ。このスイッチは、遺伝子が何時活動を開始して何時停止し、どの蛋白をどれほど作るかを決めている。DNA80%のどこかに胎児の脳細胞の成長を開始するスイッチがあり、食事を食べた後、すい臓の細胞にインシュリンの生産を命令するスイッチがあり、皮膚細胞に発芽を促すスイッチがある。

「”DNA構成要素の百科事典プロジェクト”から学んだのは、ヒトゲノムの複雑な仕組みです。莫大なジャンクDNAが遺伝子を振付けていた。この振り付けをするメカニズムの研究に我々は着手した」と国立ヒトゲノム研究所のエリック・グリーンは言う。
ヒューマン・ゲノム・プロジェクトはヒトゲノムの文字の読み取りに成功したが、”DNA構成要素の百科事典プロジェクト”は、この一連の文字列を意味ある文章に変えて小説にした。

2001年、全ヒトゲノム読み取り成功以来、心臓病、糖尿病、分裂病、自閉症等の病気と遺伝子の関係が研究されてきた。しかし、数百にものぼる研究から分かったのは、病気は遺伝子変異だけで起きるのではなく、ジャンクDNAと呼ばれる特定の蛋白をコードしない部分にも変化が起きて、病気発症につながっていることだった。しかし、今のところこの部分が何をしているのか詳しくは分かっていない。

「この研究をもう一度詳しく調べる必要がある。一般には10から15の変異が病気の発症に重要な役割をしていると言われている。しかし”DNA構成要素の百科事典プロジェクト”はそんな少ないものではないと示している。多分数十、あるいは数百の変異が遺伝子スイッチに関与している可能性がある。そうなると膨大な情報がまだ我々の目に見えてないことになる」とワシントン大学のジョーン氏は言う。

ワシントン大学は、既に分かっている17種類の癌を引き起こす遺伝子変異は、DNAからRNAに転写するプロセスに20箇所以上影響しているらしいとしている。この遺伝子変異は卵巣癌、大腸癌、乳癌等の17種類の癌の転写要素に関わっている。
「多くの癌が共通する遺伝子性向を持つことを意味していて興味深い」とジョーン氏は言う。

糖尿病、心臓病、高血圧等の病気は、一つの遺伝子変異で起きているのではなく、沢山のホルモン、酵素、代謝の不全から起きている。
「大体、まれな病気は遺伝子変異で起きていると思う。しかし、一般の成人病などはおそらく遺伝子スイッチの部分に変化が生じて起きているのでしょう」とグリーン氏は言う。

もう一つの発見は、クローン病と呼ばれる自己免疫障害の遺伝子スイッチ異常が見つかったことだ。この病気では免疫が自分の腸細胞を攻撃する。
「最近、専門家が私を尋ねてくることが多くなった。こんな事は前はなかった。この先2,3年が楽しい」とバーニーは言う。

”DNA構成要素の百科事典プロジェクト”は新しい治療の可能性を秘めるばかりか、我々の体の基本的疑問にも答え始めている。我々の毛だとか爪の細胞には全ゲノム情報が詰っているのに、このように見かけも機能も違ったものに変化する。それは遺伝子スイッチが決めていたのだ。それにしても、この巧みな遺伝子振り付けに科学者は驚嘆している。

「DNAには遺伝子そのものより、遺伝子を制御するスイッチの部分が大変多いのが分かった」とスタンフォード大学のゲノムセンターのマイケル・スナイダー氏は言う。
”DNA構成要素の百科事典”はそっくりそのままインターネット上に公開されて、専門家は無料で閲覧できる。この公開原則はヒトゲノムプロジェクト以来守られている。

ゲノム全コード読み取りに成功してから、いくつかの遺伝子治療が試みられたが多くが失敗した。その理由の一つに、遺伝子をどう制御するかを専門家も分かっていなかったためだろう。
「ジャンクDNAの解明は21世紀の科学です。我々は初めて人間の体がどう出来るのか分かり始めた。さあ、これから多くの病気の原因解明です」とバーニー氏は言う。



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