強迫行為が骨髄移植で治る可能性

2010年5月27日

発達に関係する遺伝子の一つであるホックス遺伝子に異常があるねずみでは、奇妙な症状を起こすのが既に分かっている。この変異遺伝子を持つねずみは、強迫的に毛づくろいをして皮膚がむき出しになるまで続ける。今回の研究で、Hoxb8遺伝子と呼ばれる遺伝子が人間の強迫行為に大変良く似た行為をねずみに起こしているのが判明した。

5月28日号の「細胞」誌に記載された今回の研究で注目されるのは、そのねずみの強迫行為が骨髄移植で治療に成功した事だ。問題のHoxb8遺伝子は、脳に存在するマイクログリアと呼ばれる免疫細胞の発達に重要な役割をしている。研究では、Hoxb8細胞と呼ばれる細胞が骨髄由来のマイクログリアの中に特に発見された。健康なねずみから骨髄移植で正常な遺伝子を強迫行為ねずみに移植すると、ねずみの脳に4週間かかって正常なマイクログリアが形成され、ひっきりなしの毛づくろいが停止して3ヵ月後には毛が生えそろった。

では、何故強迫行為がホックス遺伝子に関係するのだろうか。マイクログリアは骨髄に存在する造血幹細胞から発生していて、最終的に脳に到達する。Hoxb8はこの造血幹細胞に大いに関与しているとハワード・ヒューズ医学研究所のマリオ・カペッチ氏は言う。

「我々は今まで神経細胞が行動をコントロールすると考えてきたが、免疫細胞が行動をコントロールすると言う今回の発見に驚いている」と彼は言う。

「マイクログリアの今まで分かっている役割と言うのは、その数は神経細胞より多いから脳全体を調べて問題を発見する役割だろう。何か問題を発見したとき、例えば病原菌が侵入したとか、脳溢血を起こしたとかした時、マイクログリアはその形態を変えて患部に侵入して障害を取り除くと私は考える」とカペッチは言う。

マイクログリア免疫細胞は予想以上に複雑な作業をしているのだろう。いわゆる活動を停止しているマイクログリアも常時脳全体を無作為にスキャンしている。マイクログリア細胞は脳全体を動き回っていて、神経細胞のシナップスで突然止まる。活動しているシナップスには停止するが活動していないと見るとどこかに去る。「何かの目的から、マイクログリア細胞は神経細胞の活動をモニターしているのだろうが、何もしないのにモニターするわけがない」とカペッチは言う

マイクログリア細胞と強迫行為の関係が明らかになったことから、マイクログリア細胞は単にモニターをしているだけでなく、神経細胞が行動をコントロール出来なくならないように、問題があれば干渉して修繕しているのではないか。Hoxb8変異遺伝子を持つねずみのような場合、マイクログリア細胞による修繕が出来ないから強迫行為が発生してしまうのではないかとカペッチは推測する。

マイクログリア細胞が脳にどのような影響を与えるかは未だ推定の域を出ないが、今回の発見により心の病に一般の免疫系が関わっている疑いが増した。

鬱病、自閉症、アルツハイマー、強迫行為等の病気は皆免疫異常が関わっているとカペッチは言う。統合失調症、強迫行為のゲノム全体の調査では、免疫系遺伝子の関わりが指摘されているからだ。でも免疫異常が先なのか、病気があったから免疫異常になったのか、今のところはっきりしない。

「何故、毛づくろいが免疫系に関係するのかは進化論的にも意味がある。免疫系とは体に備わる細胞の機構で、病原を取り除くシステムであるからだ」と専門家は言う。


「結論を言うと、Hoxb8変異遺伝子を持つねずみの異常毛づくろいは、マイクログリアの欠陥により引き起こされている。この強迫行為が骨髄移植により成功したのは収穫であった。これにより人間の強迫行為の治療の可能性は出てきたと思う」とカペッチは続ける。

現段階では、骨髄移植は大変な危険を伴うので、カペッチも骨髄移植を人間の心の病治療に使うことを考えていない。問題は、専門家は免疫系は良く知っているが脳を余り知らない事だ。今後、免疫系の改善は脳にも恩恵があると専門家も知るべきだろう。



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