種の起源?

2012年12月1日

”汚物の中にお金がある”と言うイギリス格言があるが、最近の遺伝学にはこれがぴったり当てはまる。10年ほど前にヒトゲノムの読み取りが完了して、その時言われたのは、DNAの99%はジャンク(ゴミ)で、わずか1%だけが我々の体の蛋白質をコードしていると言う説明であった。もしこのジャンクDNAに何か役割があるとすれば、単なるDNA間の隙間を埋めるだけと言われた。

しかし、実際にはジャンクDNAには役割があるのが次第に分かってきた。2012年9月に発表された”ENCODE プロジェクト”によると、およそ3分の2のDNAがRNAにコピーされていると言う。RNAは細胞内の工場に蛋白を合成する情報を持ち込み、蛋白を生産させる。ならば、遺伝子の数は23,000ではなくて数百万ということになる。

ではこの新しく発見された遺伝子はどんな役割をしているのだろうか。ハーバード大学のデイビッド・ケリーとジョーン・リンが”Genome Biology”誌で、lincRNAと呼ばれる新しい遺伝子群を説明している。もしその説明が事実だとすると、遺伝学は予想をはるかに超えた難しいものになる。

lincRNAの分子構造はメッセンジャーRNAの構造に似ているが、蛋白はコードしていない。今まで9,000以上発見されているが、その役割はDNAスイッチに付着して遺伝子をコントロールするのが分かっている。LincRNAはおかしな遺伝子で、第2級の遺伝子をその中に包含している。その遺伝子とは転移因子で、俗に飛び跳ね遺伝子とも言われていて、ゲノムの中を自由に移動する。転移因子には数種類のタイプがあるが、注目されるものに内因性レトロウィルスと呼ばれるものがある。これは人類が大昔に感染したウィルスの子孫であり、我々のゲノムの中に隠れていて全体のゲノムと一緒に遺伝してきた。ケリーとリンは、ゲノムの中で転移因子が動く現象を一種の遺伝子変異とし、種の進化はLincRNAによる可能性があると考えている。

転移因子とlincRNAの関係を調べると、興味深いパターンを発見する。
  • lincRNAは蛋白をコードする遺伝子に比べて転移因子を断然多く含んでいる。80%のlincRNAが転移因子を含んでいるのに比べて、蛋白コード遺伝子ではわずか6%しか含んでいない。
  • 転移因子は内因性レトロウイルスであるらしいこと。
  • このレトロウィルスは、RNAがDNAから転写を始める部分の遺伝子に潜んでいるので、lincRNAは遺伝子のスイッチをオンオフしていると予想される。
  • ある種の内因性レトロウイルスを含むlincRNAは、特に多能性幹細胞の中で活発であった。多能性幹細胞とは胚細胞ですべての臓器の細胞に発展する。その意味でlincRNAは胎児の成長に関わっている。
これまでの研究から、lincRNAは組織の違いを作る役割をしているのではないかと考えられている。なぜならlincRNAはたった2,3種類の細胞にしか存在せず、他の遺伝子のスイッチをコントロールしているからである。面白いことに、人間、ショウジョウバエ、うじ虫から取り出したlincRNAでは、種の違いが蛋白をコードする遺伝子に比べてはるかに大きかった。言い方を変えれば、lincRNAは種に特化しているわけで、種の違いを際立たせる役割をしていることになる。内因性レトロウイルスは自由勝手に遺伝子の中を飛び回っていて、生物に有害、無害の影響を与えているが、時にそれが生物の進化の原動力になっている可能性がある。

未だ推測の段階ではあるが、lincRNA遺伝子の変異で生じた個体が自然淘汰で生き残り、進化をもたらすと考えてよさそうだ。チャールズ・ダーウィンが種の起源を発表してから150年以上経つが、まだ専門家は種がどのように進化して来たか良く説明できていないからこの説は有力である。多分、遺伝学は今まで間違った場所を探していたのだろう。何十年も専門家は蛋白コード遺伝子ばかりに気を取られていたが、実際にはゴミ箱の中に宝石があったのだ。



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